第五章 そして横浜で
あれから、それぞれに家に戻り。
一晩明けた今朝、惰眠を貪る悠だ。
「悠、早く起きなさい。朝ご飯片付けるわよ」
母の由季子の声が、階下の台所から飛んでくる。
「もう少し寝かせて・・・」
時間を確かめようと時計を見る。
・・・10時か。朝抜いてもいいな。
掛け布団を顔まで持ち上げようとすると、不意に部屋のドアが開いた。
「よお、悠さんよ。もう起きねえと知らねえよ」
そこにはなぜか、作務衣姿の悟が居た。夢かと思い、眠い目を擦り、2度見したがやはり彼だった。
「伯父さん、なんでこんな所に」
「お前が、祖父様の話を聞きてえって言うから、話してやってくれねえかってさ、高志が朝っぱらから電話掛けてきたからな。しかたねえ、来てやったてえ訳だ」
「そりゃそりゃ、どうも」
確かに、帰宅早々お風呂をためている間。ずっと祖父の高志に、二郎の話をしてくれとせがんだのは自分だ。実際、父親の事なのにほとんど話しを聞いていなくて、大地震の話も「大地震に遭ったと言っていた」それだけだった。
じゃあ、誰なら知っているのか、と問えば悟なら知ってるだろう。そういうので、近いうちに行くからって連絡しておいて。とは言ったが・・・。
まさか、土曜日の朝っぱらからご当人が来るとは悠も思っては居なかったようだ。
窓のカーテンを開けて、しかもご丁寧に窓まだ開けて深呼吸をする彼を、まだ目覚めきれない頭で悠は迷惑そうに眺める。窓からの光に眩しそうに目を細めると「伯父さん、着替えるから出てって」と彼女は髪をかき上げたが、それを遮る様に「いや、ここで話すか。高志がテレビを大音量で見ていてウルセえし」とベッド脇にドカッと座った。
「確かに、ここでも聞こえるね」
最近、少し耳が遠くなった高志のテレビの音は異常なほど大きい。確かに、あの横では話しは出来そうに無い。
彼女は、カーデガンを羽織ると座布団を2つ持ってきて彼に渡し、自分も床に座った。
「高志が言うには、横浜の話を聞きたいって言ってたな」
「うん、それもそうなんだけど。福一さんの家に逃げた2人はそれからどうしたの」
「ああ、そこから俺も良く聞いてねえんだがな。海側ではなく、山の方の道を通って逃げたって話しだな」
「山側から抜け道なんてあるの」
「あれ、お前知らねえのか。今もあるぞ、ゐくさんの地元の清水から52号線通って、磯さんの地元に行くだろ。そこから、まだずっと山梨に向かっていくとな、白鳥神社の所で190号線に枝分かれしててな。そこから富士川の方へぬけられるんだな」
そう聞いて、悠は自分のスマホを取りだしてGoogleマップを開く。
「えっと、清水の港から52号線を北上するのよね。この興津の郵便局から上に上がって行くのが52号線って書いて有る」
「どれどれ、おお。これな。これをずっと北に向かう」
「あっ、お墓のあるお寺さん発見。って、こんな距離を、ゐくさんは1人で歩いたの」
「そうらしいな、実際に何キロあるんだろうな」
「ちょっと待って、ルート検索してみる」
「何だそれ、おもしれえな」
「えっとね・・・」
スマホのGoogleマップを開き、ポンポンと画面を何タップかすると、ルート検索が実行され結果表示には、20.6km 徒歩で4時間18分と表示が出た。
「凄い、私じゃあこんなに歩けない」
驚く彼女に
「意外と近いな、昔の人はこのくらいは平気で歩いたもんさ」
「そういう物なの」
「まあなあ、俺の親世代だけんな」
ふうん、というと。元の
位置に戻り、また北に向かってスマホの画面を動かす。
「あった、白鳥神社」
「おお、ここだ。ここから東に向かって富士川を越えて芝川に出て、富士宮経由で吉原に出たとか聞いてるな。まあ、富士川からは道もしっかりしていて交通も便利だっただろうし、横浜に出るなら。そんなに大変では無かっただろうな」
「それにしても、凄い移動距離」
「まあ、東海道線も有る時代だったし。沼津辺りから電車移動だったと思うぞ。追っ手から逃げるじゃ無けりゃ、興津から乗りゃ早ええんだけどな」
「へえ、今とかなり違うと思ったのに。そんなに変わらないよね」
「電車の速度は違っただろうから、時間は掛かったな」
「それも気になる」
そういう彼女の頭に手をぽすっっと乗せて。
「俺も午後から近所の爺さん仲間と遊びに行くからよ、話しを進めろよ」
「あ、ごめん伯父さん。えっと、昨日話してた大地震の話しってどんな話かなって思って」
「高志は何て言ってたんだ」
「お祖父ちゃんは、単に『オヤジが小さい頃に、大地震に遭ったそうだ』って言う一言だけ」
「ダメすぎるなアイツは」
「孝之は何だって」
「大ジイの額の傷は、その時のだって聞いてたって」
「まあ、あいつらは爺さんの話はテキトーに聞いてたって事か」
「興味無かったしって」
「まあ、人間興味が無い物にはそんなもんだ。そういう、お前さんもぜってーに聞いてるぞ」
「絶対に、聞いてません!」
そういう、彼女を笑い飛ばすと悟は話し始めた。
「そうさなあ、二郎さんが小学校何年か知らんけど。9歳の時の話だ。数えだから、8歳さな、今で言やあ」
「うん、8歳の時ね」
いつの間にかメモを取りはじめていた。
「学校の帰りか行きかは知らんが、登校中に突然転んだそうだ。なぜ、転んだか分からずに呆然としていたら、地震だって気がついたってえ話さ」
「転ぶって・・・。やっぱり大地震なんだよね。気がつかないで子供が転ぶって、相当揺れたよね」
「まあ、そうさ。でな、道路脇の物干しから物干し竿が落っこって来てな。二郎さんのデコにガツンと当たったって話さ。で、デコに大きな傷跡があるって言ってたな」
「ふーん」
「お前本当に聞いてないのか」
そう言われて、悠は何か引っかかる物を感じて首を捻る。
「あっ!それって、大きな池の所を歩いていたら、めまいがして転んだってヤツ。もしかすると、で怪我して家に血を流しながら戻ったって」
「俺は知らん、池とか何とかは知らん」
「でもさあ、全部話しを合わせるとこうならない?
学校の登校中か下校中に、大地震があって。大きな池のあるところの近くで転んだ、大ジイはめまいだと思ったけれど、転んだら揺れていて大地震だって気がついた。そこに、揺れで外れた物干し竿が落ちてきて、おでこに当たって額を怪我して。そのまま家に帰った。多分、帰ったから下校中」
それを聞くと、悟は楽しそうに笑う
「名探偵さん、それ証明してみるのも楽しいぜ」
「どうやって、証明するのよ。だって大ジイは死んじゃったし、イタコの所にでも行って尋ねるとか」
「バカモン、そんな怪しいのは辞めとけ」
「じゃあ、どうやって調べるのよ」
「それは、お前が考えるんだ。じゃあ、俺は帰るぞ」
サッサと立ち上がると、ドアを開けたと思ったら「高志、車で送れ」と叫んで消えていった。その後ろ姿を見ながら「何よ、人が寝ている所に来て、さっさと帰るとか」と彼女は手元のメモを放り投げた。
結局、朝ご飯を今食べると昼が食べられない事に気がつき、悠は味噌汁だけ飲んで終わりにした。
「悠、悟さんから何か良い話しでも聞けたの」
由季子が聞く
「良い話しかどうか分からないけれど、何か良く分からないことが分かったよ」
「何それ、なんか分からない事って」
「だからさあ、大地震の話。推測は立てられたのよね。大ジイが8歳くらいの時、下校中に大地震に遭っておでこに怪我をしたって感じかな」
「へえ、面白いね。他には何か分かったの」
「全然、全員細切れの話しをくっつけたらこうなっただけ。だいたいこれも、本当かどうか怪しいし」
こりゃ駄目だ、とばかりにソファーに倒れ込む彼女を母は笑う
「悟さんは何て言ってたの」
「お前が、それを調べて見ろって」
「で、悠は調べるのかしら」
「調べようが無いでしょ、もう大ジイも死んじゃったし。あーん、死んじゃう前に聞いとくんだった。もう何も情報ないじゃん」
そういう悠の横に、由季子がやってきて座ると相続関係の書類を開く。
「二郎さんは、大正4年生まれ。地震があったのは、8歳として大正12年。大正12年!あらまあ、悠。大正の大地震といえば」
「はあ、大正の大地震って。何か有ったっけ・・・って関東大震災!!」
「そう、関東大震災って、何年だったかしらね」
「ちょっと待って、いまググるから」
机の上のスマホを手にして、サッと調べると
「やだあ、大正12年じゃん。まさかね」
「分からないわよ、そのまさかの可能性高くない」
「そんな怖い思いをしたのなら、もう少し話してくれそうなんだけど。たしか、関東大震災って東京が酷い目に遭ったって言ったよね。清水の田舎も少しはゆれたのかもね。でも、転ぶって大ジイ大袈裟だな」
そこまで言って、親子で顔を見合わせて「あっ!」っと声を挙げた。
「これって、もしかして!」
「そうよ、もしかして!」
そこまで言うと、二人の声が「横浜の話」と重なった。
「悠、だとしたら横浜も相当揺れたんじゃ無い」
「ママ、そうだよきっと。東京と神奈川って近いし」
「ちょっと戸籍かして!何か書いて有るかも」
「ママにも見せて」
2人とも、戸籍を読み始める。
「生まれた所と場所は書いて有るけれど」
「うん、引っ越したとか書いてないのよね。なぜ」
足をジタバタさせて、悔しがる娘に由季子はこう説明する。
「今もそうだけれど、本籍地とか書いて有るのが戸籍であるこれ。えっとね、戸籍謄本って言うのね。で、それとは別に住民票という本人の居住地に登録する物があってね。それは別なのよ。」
「じゃあ、古い住民票は無いのママ」
「住民票ってのは、亡くなったら消しちゃうから無いのよ。しかも、引っ越したら、それも消しちゃうから残ってないと思うわ」
「そんなあ・・・」
「お手上げよね」
「そんな気がする」
「なんか楽しそうだなと思ったのに残念ね」
机の上に相続関係の書類を置くと、由季子は家事に戻って行く。
「これにて終了って感じよね」
悔しい思いを忘れようと、彼女はスマホに視線を移した。
いつも通り、朝のTwitterチェックを始めた悠だがやはり気になるのは二郎の記憶だ。思わず、検索ワードで関東大震災 横浜と入れてしまう。少しは、揺れたのかしら。そんな考えが、頭の中でぐるぐるしていたからだ。
しかし、検索に出て来た写真を見て悠は息を飲む。倒壊しそうに傾いた家に、脱線した路面電車の様な小さな車両の映った白黒写真。斜めになった電柱。
あまりに酷い光景に、胸が苦しくなって来る。
「ママ!」
母の由季子に声を掛けないと、不安になってしまうほど衝撃的な風景だった。
「どうしたの悠」
振り向いた母に
「横浜・・・関東大震災の時、かなり酷かったみたい」
「そう、二郎さんが転んで頭に怪我をしたのも不思議じゃない感じ?」
「うん、それ以上に死ななくて良かったレベルよこれ」
「えっ、そんなに酷いの。ちょっと待って、ママにも見せて」
ガスの火を消すと、由季子も横に来て座る。
「これは酷いわね」
「もしかして、あまりに怖い目に遭いすぎて話せなかったのかも」
「トラウマになると、そう言うこともありそうね」
調べれば、調べるほど深みに嵌まり始める。
「死んだ人には、話しは聞けないしね。ママだったらどうする」
由季子はしばらく考えると
「そうね、取りあえずTwitterでヘルプを出してみるかも。色々な人がいるからね。ほら、最近。Twitterで人捜しとか、行方不明のペットのツイート良く見るじゃない。こういう事も聞いてみたら分かったりして」
「Twitterかあ」
「さすがに、分からないかも知れないけれど。私ならそうするかな」
「ママ、ありがとう。試してみる」
返事をすると、スマホでTwitterを立ち上げるとこう書き始めた。
『曾祖父が亡くなりました。曾祖父を懐かしんで、親戚で話しをしていたら関東大震災に遭ったらしいことが分かりました。その当時、横浜に住んでいたかどうかを調べたいのですが
何か良い方法をご存じの方がいらっしゃいませんか。 #拡散希望』
何を書いたら良いか分からず、ストレートに聞きたい内容を書いて送信した。
どうせ直ぐには、誰も反応しないだろうとしばらくスマホを机に置き、色々と思考を整理しながら、紙に書き出す。
●大ジイの両親→磯吉さんとゐくさん。
●2人は、駆け落ちして横浜に行った。
●磯吉さんは、港で荷物の上げ下ろしの仕事をしていた。
●子供・長男→悟さんのお父さん、二男は二郎さん。兄弟は2歳違い。
●戸籍情報→子供達は横浜生まれ。
●ゐくさんは、大正13年に死亡。場所は、清水。
●関東大震災(大正12年)どこに居たのか。
●いつ静岡の田舎に戻ったのか。
ここまで書いて、ふっと気がつく。
大地震に遭って、田舎に戻ってきたのでは無いのだろうか。だとしても、いつ戻ったかは誰も知らないのよね。
「ああ、やっぱり分からない」
絶望感に打ちひしがれながら、スマホを取りTwitterを開くと通知が有るようで⑤と青くバーの所に文字が出ている。
「まさかね、イイネだけだよね」
先ほどの自分のツイートを見ると、幾つか返信が着いていた。
『はじめまして、フォロー外から失礼します。関東大震災の時、曾祖父様はどのくらいの年齢でしたか。それによって、調べることが出来るかも知れません。』
『お調べの件ですが、親戚の方に色々と聞いて見てはいかがでしょうか。どなたかご存じかも知れません。』
そんな返事だ。
「親戚には聞いたから、これはお礼を書いてっと」
目にも止まらぬ、若者特有のフリック入力であっと言う間にお礼を書き終える。
「で、この方には期待っと」
『お返事ありがとうございます。曾祖父は8歳か9歳だったようです、生まれた場所は分かりますが、震災当時住んでいた場所は明確にはわかりません』
そこまで打ち込み、送信する。
詳しく教えたくて待っていたらしく、まるでチャット状態で返信が届いた。
『それでしたら、調べる方法が有るかも知れません。小学校には学籍簿という物が存在します、在校時の記録といえば分かるかも知れません。
それを調べることで、どこに在学していたかが分かります。逆を言えば小学校が分かれば大まかな住居地は分かるでしょう。』
「そうか!小学校の名簿。これなら行けるかも」
ガタッっと立ち上がると、玄関まで走り祖父の高志の車を確認する。まだ悟を送りに行って、戻っていないようだ。
「くうううう、まだ戻って無いんだ」
玄関口までサンダルで出て来た悠を見て、庭の水やりをしていたまち子が声を掛ける
「悠どうしたのお祖父ちゃんは、そのままボーリングに行くって言ってたわよ」
ボーリングが趣味の高志は、マイボールを持って休みの日は居なくなるのを彼女は思い出していた。
「そうだった、お祖母ちゃんはさすがに二郎さんの小学校は知らないよね」
「ん、二郎さんの小学校?小河内小学校だけど、どうして?」
「嘘お、どうして知ってるの」
「何言ってるの、大ジイはそこの卒業生よ。アンタ知らなかったの」
「うん、知らなかった」
「で、そんなの聞いてどおするの」
「まあね、それは後で説明する」
忙しそうに、玄関を上がるとスマホを引っつかんで階段を登ると自分の部屋に入って、またTwitterを開いた。
あれから、それぞれに家に戻り。
一晩明けた今朝、惰眠を貪る悠だ。
「悠、早く起きなさい。朝ご飯片付けるわよ」
母の由季子の声が、階下の台所から飛んでくる。
「もう少し寝かせて・・・」
時間を確かめようと時計を見る。
・・・10時か。朝抜いてもいいな。
掛け布団を顔まで持ち上げようとすると、不意に部屋のドアが開いた。
「よお、悠さんよ。もう起きねえと知らねえよ」
そこにはなぜか、作務衣姿の悟が居た。夢かと思い、眠い目を擦り、2度見したがやはり彼だった。
「伯父さん、なんでこんな所に」
「お前が、祖父様の話を聞きてえって言うから、話してやってくれねえかってさ、高志が朝っぱらから電話掛けてきたからな。しかたねえ、来てやったてえ訳だ」
「そりゃそりゃ、どうも」
確かに、帰宅早々お風呂をためている間。ずっと祖父の高志に、二郎の話をしてくれとせがんだのは自分だ。実際、父親の事なのにほとんど話しを聞いていなくて、大地震の話も「大地震に遭ったと言っていた」それだけだった。
じゃあ、誰なら知っているのか、と問えば悟なら知ってるだろう。そういうので、近いうちに行くからって連絡しておいて。とは言ったが・・・。
まさか、土曜日の朝っぱらからご当人が来るとは悠も思っては居なかったようだ。
窓のカーテンを開けて、しかもご丁寧に窓まだ開けて深呼吸をする彼を、まだ目覚めきれない頭で悠は迷惑そうに眺める。窓からの光に眩しそうに目を細めると「伯父さん、着替えるから出てって」と彼女は髪をかき上げたが、それを遮る様に「いや、ここで話すか。高志がテレビを大音量で見ていてウルセえし」とベッド脇にドカッと座った。
「確かに、ここでも聞こえるね」
最近、少し耳が遠くなった高志のテレビの音は異常なほど大きい。確かに、あの横では話しは出来そうに無い。
彼女は、カーデガンを羽織ると座布団を2つ持ってきて彼に渡し、自分も床に座った。
「高志が言うには、横浜の話を聞きたいって言ってたな」
「うん、それもそうなんだけど。福一さんの家に逃げた2人はそれからどうしたの」
「ああ、そこから俺も良く聞いてねえんだがな。海側ではなく、山の方の道を通って逃げたって話しだな」
「山側から抜け道なんてあるの」
「あれ、お前知らねえのか。今もあるぞ、ゐくさんの地元の清水から52号線通って、磯さんの地元に行くだろ。そこから、まだずっと山梨に向かっていくとな、白鳥神社の所で190号線に枝分かれしててな。そこから富士川の方へぬけられるんだな」
そう聞いて、悠は自分のスマホを取りだしてGoogleマップを開く。
「えっと、清水の港から52号線を北上するのよね。この興津の郵便局から上に上がって行くのが52号線って書いて有る」
「どれどれ、おお。これな。これをずっと北に向かう」
「あっ、お墓のあるお寺さん発見。って、こんな距離を、ゐくさんは1人で歩いたの」
「そうらしいな、実際に何キロあるんだろうな」
「ちょっと待って、ルート検索してみる」
「何だそれ、おもしれえな」
「えっとね・・・」
スマホのGoogleマップを開き、ポンポンと画面を何タップかすると、ルート検索が実行され結果表示には、20.6km 徒歩で4時間18分と表示が出た。
「凄い、私じゃあこんなに歩けない」
驚く彼女に
「意外と近いな、昔の人はこのくらいは平気で歩いたもんさ」
「そういう物なの」
「まあなあ、俺の親世代だけんな」
ふうん、というと。元の
位置に戻り、また北に向かってスマホの画面を動かす。
「あった、白鳥神社」
「おお、ここだ。ここから東に向かって富士川を越えて芝川に出て、富士宮経由で吉原に出たとか聞いてるな。まあ、富士川からは道もしっかりしていて交通も便利だっただろうし、横浜に出るなら。そんなに大変では無かっただろうな」
「それにしても、凄い移動距離」
「まあ、東海道線も有る時代だったし。沼津辺りから電車移動だったと思うぞ。追っ手から逃げるじゃ無けりゃ、興津から乗りゃ早ええんだけどな」
「へえ、今とかなり違うと思ったのに。そんなに変わらないよね」
「電車の速度は違っただろうから、時間は掛かったな」
「それも気になる」
そういう彼女の頭に手をぽすっっと乗せて。
「俺も午後から近所の爺さん仲間と遊びに行くからよ、話しを進めろよ」
「あ、ごめん伯父さん。えっと、昨日話してた大地震の話しってどんな話かなって思って」
「高志は何て言ってたんだ」
「お祖父ちゃんは、単に『オヤジが小さい頃に、大地震に遭ったそうだ』って言う一言だけ」
「ダメすぎるなアイツは」
「孝之は何だって」
「大ジイの額の傷は、その時のだって聞いてたって」
「まあ、あいつらは爺さんの話はテキトーに聞いてたって事か」
「興味無かったしって」
「まあ、人間興味が無い物にはそんなもんだ。そういう、お前さんもぜってーに聞いてるぞ」
「絶対に、聞いてません!」
そういう、彼女を笑い飛ばすと悟は話し始めた。
「そうさなあ、二郎さんが小学校何年か知らんけど。9歳の時の話だ。数えだから、8歳さな、今で言やあ」
「うん、8歳の時ね」
いつの間にかメモを取りはじめていた。
「学校の帰りか行きかは知らんが、登校中に突然転んだそうだ。なぜ、転んだか分からずに呆然としていたら、地震だって気がついたってえ話さ」
「転ぶって・・・。やっぱり大地震なんだよね。気がつかないで子供が転ぶって、相当揺れたよね」
「まあ、そうさ。でな、道路脇の物干しから物干し竿が落っこって来てな。二郎さんのデコにガツンと当たったって話さ。で、デコに大きな傷跡があるって言ってたな」
「ふーん」
「お前本当に聞いてないのか」
そう言われて、悠は何か引っかかる物を感じて首を捻る。
「あっ!それって、大きな池の所を歩いていたら、めまいがして転んだってヤツ。もしかすると、で怪我して家に血を流しながら戻ったって」
「俺は知らん、池とか何とかは知らん」
「でもさあ、全部話しを合わせるとこうならない?
学校の登校中か下校中に、大地震があって。大きな池のあるところの近くで転んだ、大ジイはめまいだと思ったけれど、転んだら揺れていて大地震だって気がついた。そこに、揺れで外れた物干し竿が落ちてきて、おでこに当たって額を怪我して。そのまま家に帰った。多分、帰ったから下校中」
それを聞くと、悟は楽しそうに笑う
「名探偵さん、それ証明してみるのも楽しいぜ」
「どうやって、証明するのよ。だって大ジイは死んじゃったし、イタコの所にでも行って尋ねるとか」
「バカモン、そんな怪しいのは辞めとけ」
「じゃあ、どうやって調べるのよ」
「それは、お前が考えるんだ。じゃあ、俺は帰るぞ」
サッサと立ち上がると、ドアを開けたと思ったら「高志、車で送れ」と叫んで消えていった。その後ろ姿を見ながら「何よ、人が寝ている所に来て、さっさと帰るとか」と彼女は手元のメモを放り投げた。
結局、朝ご飯を今食べると昼が食べられない事に気がつき、悠は味噌汁だけ飲んで終わりにした。
「悠、悟さんから何か良い話しでも聞けたの」
由季子が聞く
「良い話しかどうか分からないけれど、何か良く分からないことが分かったよ」
「何それ、なんか分からない事って」
「だからさあ、大地震の話。推測は立てられたのよね。大ジイが8歳くらいの時、下校中に大地震に遭っておでこに怪我をしたって感じかな」
「へえ、面白いね。他には何か分かったの」
「全然、全員細切れの話しをくっつけたらこうなっただけ。だいたいこれも、本当かどうか怪しいし」
こりゃ駄目だ、とばかりにソファーに倒れ込む彼女を母は笑う
「悟さんは何て言ってたの」
「お前が、それを調べて見ろって」
「で、悠は調べるのかしら」
「調べようが無いでしょ、もう大ジイも死んじゃったし。あーん、死んじゃう前に聞いとくんだった。もう何も情報ないじゃん」
そういう悠の横に、由季子がやってきて座ると相続関係の書類を開く。
「二郎さんは、大正4年生まれ。地震があったのは、8歳として大正12年。大正12年!あらまあ、悠。大正の大地震といえば」
「はあ、大正の大地震って。何か有ったっけ・・・って関東大震災!!」
「そう、関東大震災って、何年だったかしらね」
「ちょっと待って、いまググるから」
机の上のスマホを手にして、サッと調べると
「やだあ、大正12年じゃん。まさかね」
「分からないわよ、そのまさかの可能性高くない」
「そんな怖い思いをしたのなら、もう少し話してくれそうなんだけど。たしか、関東大震災って東京が酷い目に遭ったって言ったよね。清水の田舎も少しはゆれたのかもね。でも、転ぶって大ジイ大袈裟だな」
そこまで言って、親子で顔を見合わせて「あっ!」っと声を挙げた。
「これって、もしかして!」
「そうよ、もしかして!」
そこまで言うと、二人の声が「横浜の話」と重なった。
「悠、だとしたら横浜も相当揺れたんじゃ無い」
「ママ、そうだよきっと。東京と神奈川って近いし」
「ちょっと戸籍かして!何か書いて有るかも」
「ママにも見せて」
2人とも、戸籍を読み始める。
「生まれた所と場所は書いて有るけれど」
「うん、引っ越したとか書いてないのよね。なぜ」
足をジタバタさせて、悔しがる娘に由季子はこう説明する。
「今もそうだけれど、本籍地とか書いて有るのが戸籍であるこれ。えっとね、戸籍謄本って言うのね。で、それとは別に住民票という本人の居住地に登録する物があってね。それは別なのよ。」
「じゃあ、古い住民票は無いのママ」
「住民票ってのは、亡くなったら消しちゃうから無いのよ。しかも、引っ越したら、それも消しちゃうから残ってないと思うわ」
「そんなあ・・・」
「お手上げよね」
「そんな気がする」
「なんか楽しそうだなと思ったのに残念ね」
机の上に相続関係の書類を置くと、由季子は家事に戻って行く。
「これにて終了って感じよね」
悔しい思いを忘れようと、彼女はスマホに視線を移した。
いつも通り、朝のTwitterチェックを始めた悠だがやはり気になるのは二郎の記憶だ。思わず、検索ワードで関東大震災 横浜と入れてしまう。少しは、揺れたのかしら。そんな考えが、頭の中でぐるぐるしていたからだ。
しかし、検索に出て来た写真を見て悠は息を飲む。倒壊しそうに傾いた家に、脱線した路面電車の様な小さな車両の映った白黒写真。斜めになった電柱。
あまりに酷い光景に、胸が苦しくなって来る。
「ママ!」
母の由季子に声を掛けないと、不安になってしまうほど衝撃的な風景だった。
「どうしたの悠」
振り向いた母に
「横浜・・・関東大震災の時、かなり酷かったみたい」
「そう、二郎さんが転んで頭に怪我をしたのも不思議じゃない感じ?」
「うん、それ以上に死ななくて良かったレベルよこれ」
「えっ、そんなに酷いの。ちょっと待って、ママにも見せて」
ガスの火を消すと、由季子も横に来て座る。
「これは酷いわね」
「もしかして、あまりに怖い目に遭いすぎて話せなかったのかも」
「トラウマになると、そう言うこともありそうね」
調べれば、調べるほど深みに嵌まり始める。
「死んだ人には、話しは聞けないしね。ママだったらどうする」
由季子はしばらく考えると
「そうね、取りあえずTwitterでヘルプを出してみるかも。色々な人がいるからね。ほら、最近。Twitterで人捜しとか、行方不明のペットのツイート良く見るじゃない。こういう事も聞いてみたら分かったりして」
「Twitterかあ」
「さすがに、分からないかも知れないけれど。私ならそうするかな」
「ママ、ありがとう。試してみる」
返事をすると、スマホでTwitterを立ち上げるとこう書き始めた。
『曾祖父が亡くなりました。曾祖父を懐かしんで、親戚で話しをしていたら関東大震災に遭ったらしいことが分かりました。その当時、横浜に住んでいたかどうかを調べたいのですが
何か良い方法をご存じの方がいらっしゃいませんか。 #拡散希望』
何を書いたら良いか分からず、ストレートに聞きたい内容を書いて送信した。
どうせ直ぐには、誰も反応しないだろうとしばらくスマホを机に置き、色々と思考を整理しながら、紙に書き出す。
●大ジイの両親→磯吉さんとゐくさん。
●2人は、駆け落ちして横浜に行った。
●磯吉さんは、港で荷物の上げ下ろしの仕事をしていた。
●子供・長男→悟さんのお父さん、二男は二郎さん。兄弟は2歳違い。
●戸籍情報→子供達は横浜生まれ。
●ゐくさんは、大正13年に死亡。場所は、清水。
●関東大震災(大正12年)どこに居たのか。
●いつ静岡の田舎に戻ったのか。
ここまで書いて、ふっと気がつく。
大地震に遭って、田舎に戻ってきたのでは無いのだろうか。だとしても、いつ戻ったかは誰も知らないのよね。
「ああ、やっぱり分からない」
絶望感に打ちひしがれながら、スマホを取りTwitterを開くと通知が有るようで⑤と青くバーの所に文字が出ている。
「まさかね、イイネだけだよね」
先ほどの自分のツイートを見ると、幾つか返信が着いていた。
『はじめまして、フォロー外から失礼します。関東大震災の時、曾祖父様はどのくらいの年齢でしたか。それによって、調べることが出来るかも知れません。』
『お調べの件ですが、親戚の方に色々と聞いて見てはいかがでしょうか。どなたかご存じかも知れません。』
そんな返事だ。
「親戚には聞いたから、これはお礼を書いてっと」
目にも止まらぬ、若者特有のフリック入力であっと言う間にお礼を書き終える。
「で、この方には期待っと」
『お返事ありがとうございます。曾祖父は8歳か9歳だったようです、生まれた場所は分かりますが、震災当時住んでいた場所は明確にはわかりません』
そこまで打ち込み、送信する。
詳しく教えたくて待っていたらしく、まるでチャット状態で返信が届いた。
『それでしたら、調べる方法が有るかも知れません。小学校には学籍簿という物が存在します、在校時の記録といえば分かるかも知れません。
それを調べることで、どこに在学していたかが分かります。逆を言えば小学校が分かれば大まかな住居地は分かるでしょう。』
「そうか!小学校の名簿。これなら行けるかも」
ガタッっと立ち上がると、玄関まで走り祖父の高志の車を確認する。まだ悟を送りに行って、戻っていないようだ。
「くうううう、まだ戻って無いんだ」
玄関口までサンダルで出て来た悠を見て、庭の水やりをしていたまち子が声を掛ける
「悠どうしたのお祖父ちゃんは、そのままボーリングに行くって言ってたわよ」
ボーリングが趣味の高志は、マイボールを持って休みの日は居なくなるのを彼女は思い出していた。
「そうだった、お祖母ちゃんはさすがに二郎さんの小学校は知らないよね」
「ん、二郎さんの小学校?小河内小学校だけど、どうして?」
「嘘お、どうして知ってるの」
「何言ってるの、大ジイはそこの卒業生よ。アンタ知らなかったの」
「うん、知らなかった」
「で、そんなの聞いてどおするの」
「まあね、それは後で説明する」
忙しそうに、玄関を上がるとスマホを引っつかんで階段を登ると自分の部屋に入って、またTwitterを開いた。

