そこからは、2人ともゆっくりと馬を走らせながら里に向かった。向かう先は、安右衛門の自宅ではなく、ゐくを逃がした叔父宅だ。
畠中と地元では呼ばれる地域で、番戸地域の端に位置し村内では北部に当たる。そこに安右衛門の弟が、婿養子に入り婿している。
谷沿いの道路から、少し斜面を登った場所に叔父である福一の自宅はあった。磯吉には叔父宅と言ったが、安右衛門の弟の婿入り先で宮城一族の家では無い。だから、探されにくいと、ゐくを逃がしたのだろう。馬で近づく彼を、少し高台になっている自宅から直ぐに見つけたらしい。福一が、坂を駆け下りてきた。
「兄者そちらの御仁はどなたですか」
人一倍身体の大きな彼は声も大きい。実は福一は、村内では有名人である。力自慢で、川まで風呂桶を担いで行き、水を満タンにした物を持って帰った。そんなことが、村内で噂になっている。どこに行っても190cm以上ある身長は目立つ為、尾ひれ目ヒレがついての噂だろう。
安右衛門は弟を確認すると、手を振り「大丈夫だ、この方は問題無い」叫んだ。だが、声が届いているか自信は無かった。
馬で、斜面を駆け上り途中で落ち合うと満面の笑顔で福一が2人を迎えた。
「兄者、突然に女子どんを寄越されたら、この福一とて驚きまする。何が起きましたか。母上からは、ただ黙って女子どんを匿えと御文にはあり。この福一、当惑しておりまする」
困っていると言う割りに、満面の笑顔だ。
「福一、すまなんだ。磯吉の思い人が、先ほどお願いしたゐく殿でのお」
「まさか、あの磯吉がですか。だとしたら、あの物腰の柔らかなお嬢さんは駆け落ちの相手ということでございましょうな」
直ぐに状況を推測して口にするのは彼の長所でもあり、短所でもある。母つ祢が『福一は武士には向かん』といつも笑うのはこう言う理由だ。
だが、その気性を買られて男子の居ない良家の婿に入っているのだ。良い面もあると言えるだろう。
「駆け落ち云々は、どうでも良い。こちらの御仁は、柴田殿だ。ゐく殿の父上で、味方だ」
そう紹介されると、長太は馬から降りて深々と頭を下げるとこう言った。
「娘が御迷惑をおかけしております、柴田長太と申します」
「柴田様、まさか浜の柴田様では」
「御推測の通りです、浜の柴田です」
「兄上、それでは磯吉が好いた相手というのは兵役の際に見染めた女子どんということですか」
浜の柴田家は、村では有名で知らない人は居ない。
「まあ、そういうことだ」
「この福一、全く事情が理解できませぬ」
事情を話すように、促す彼の背中を押して
「立ち話も何だ、目立ったらゐく殿が連れ戻されかねん。お前の家に上がっても構わないか」
「ええ、それは構いませぬが」
「では、長太殿。行きましょう」
1人だけ事情が分からず蚊帳の外と言った感じで、不満げな福一と彼の家へ向かった。
福一の家に到着すると、ゐくが顔を出した。当然、奥に声を掛けたからだ。しかし、ゐくは土間の上がり口に腰を下ろしている来客が、父親だと知ると大きく息を吸い込んだまま動けなくなった。
「お父様、なぜここに」
そんな彼女を見て長太は微笑んだ。
「なぁに、ゐく、心配せずとも良い。父はそなたの味方だ」
「それは、存じておりますが。お祖父様に連れ戻す様に言われたのですね」
聡明な彼女は、既に事情を理解していた。
「取りあえず、ゐく。しばらく、黙っておくれ。この家の屋主に事情を説明せねばなんのでな」
「はい・・・」
消え入らんばかりの声で、返事をすると彼女はそこに座り込んだ。
・・・と言うわけでございます。
しばしの事情説明の後、やっと事情が飲み込めた福一が大きく頷く。
「確かに、長太殿でなくても・・・この縁組みは潰したくなりまする。こんなうら若き女性を、年増のこぶ付きが貰おうなんて許せませぬな」
拳を床にたたきつけると、顔を真っ赤にして怒る福一だ。
「まあまあ、落ち着け。お前は感情が顔に出すぎる」
「兄上、しかし」
「お二人とも、娘に親身になっていただき感謝もうしあげます」
素直な反応をし過ぎる兄弟に少し困惑気味の長太だ。
「でだ、ゐく。お前は、俺の口車に乗り本当に磯吉殿の所へ逃げたということは、そういう事だと理解して良いのだな。ただ、縁談を断りたいだけなら、まだ間に合うぞ。だから父は、こちらに参ったのだ」
彼女は、力強く頷くと
「しかし、お父様。お祖父様がお怒りになりましょう。お立場が悪くなるのではありませんか。逃げておいて今更ですが」
「それがな、ゐく。お祖父様も実は、お前の事を心配している可能性があると私は気がついたのだ。安右衛門どのあれを出して貰えますか」
そう言えば、返していなかったことを思い出し。安右衛門は、懐に入れた封筒を彼女に手渡した。素直に手をだし、封筒を受け取り中を見た彼女は目を丸くする。
「こ・・・これは」
「お祖父様から、お前に手渡す様にと言付かった物だ。申し訳無いが、中を改めさせて貰った。お前は、これをどう見る?」
少しイタズラな表情をして首を傾げる父に、彼女は真っ直ぐな瞳を向けてこう答えた。
「お祖父様は、これを持って好きな男と逃げて良いと伝えたかったのですね。良い年格好の良家の旦那さんを見つける為に、私を連れて歩いた。所が、予測しえない方から縁談が舞いこんだ。さすがに、立場上断れないから逃げるが良いと仰っている」
「私もそう思ったが、取り方によっては磯吉殿への手切れ金か、口止め料と取る事もあるだろう。お前は、どう思う」
「お祖父様に限って、そんな汚い手は使いません。あれでも、性根は良い方ですわ。お父様や叔父様、叔母様にはきつく当たったかも知れませんが。孫には、ただただ甘いだけのジジ様でしたのよ」
ゐくは、楽しそうにコロコロと笑う。それを見て、長太は立ち上がると安右衛門と福一に頭を深々と下げた。
「ということですので、大事な後継ぎ殿を取りあげてしまうことになりましょう。それでも、この娘の我が儘をお許し戴けますでしょうか」
その後ろで、ゐくもキッチリと正座すると床に頭が着かんばかりに頭を下げそのまま止まった。
それを見て、2人は意外にも大声で笑い合った。その声に驚き、顔を挙げて父と娘をは豆鉄砲を喰らった鳩の様な顔をしていた。
「長太殿、わが実家は後継ぎ云々と言えるような格式高い家ではございませぬよ」
福一がそういうと
「弟の言う通りでございます。柴田殿さえ構わなければ、ゐく殿を磯吉の嫁に戴きたく存じます」
そこまで言うと、安右衛門は土間に座ると頭を下げた。
「安右衛門殿!それは困りまする、頭をお上げください」
長太も急いで、土間に座って頭を下げた。福一は2人の間に屈むと。
「さあ、兄上と柴田様。堅苦しいのは辞めませぬか。柴田様はご存じ無いとは思いますが、磯吉は出来損ないにございます。身体ばかり大きくて、少年の様な所があり。それが長所であり、短所である。そんな磯吉を好いてくれて、一緒になりたいと仰る嫁御が出来たというのは祝わなければならぬ。ただそれだけでございましょう」
「そうじゃ、福一の言う通りじゃ」
「ただ、兄上様。柴田様からの追っ手が来ると良く無かろうし。まずは、磯吉をこちらにお呼びなされ。話しは、そこからにいたしませぬか。その間、柴田様には娘御との別れを惜しんで戴きましょう」
福一は長太とゐくを連れて奥の間に消えていき、安右衛門は軒先に繋いで置いた馬に乗って自宅に向かった。
大きな窓から差し込む陽射しも、少しずつ夕刻の優しい物になってきた。
奥から「はい、3番さんもり2つ」と厨房の声が聞こえてくる。
「おっ、俺の蕎麦が来るぞ。悠、話しはここまでだ」
悟は、割り箸入れから割り箸を取りだし待ち遠しそうに厨房の入り口を見ている。
「伯父さん、ここで終わりなんて蛇の生殺しだよ」
「何を言ってるんだ、俺はここまでしか知らん」
「ええ、だって横浜がどうとかって言ってたじゃん」
「おう、ここまでは祖父様・・・磯吉さんに聞いた話な。ここから先はお前の曾祖父様、二郎さんに聞いた話だ。だがな、横浜の話はとんと、俺にはせなんだ」
そこまで話すと、高志と悟のもりが運ばれてきた。
「お待たせしました、もりでございます」
それぞれに、自分が注文した物だと言う感じで手を挙げ置かれると直ぐに2人は手をつけだす。
「お父さん!お父さんは聞いてるよね」
今度は、相手にして貰えそうな父孝之に話しを振る。
「いや、俺も横浜の話は聞いてないなあ」
「じゃあ、伯父さん!知っている事だけでも、細切れでも良いから聞きたい」
ジタバタと足を動かして駄々をこねる彼女に、今度は祖父の高志がこう言う。
「悠、ちょっと飯を食わせてくれ。俺はな、オヤジに横浜というか・・・。大地震の話は聞いてるぞ。お前にオヤジは話さなかったのか」
「祖父ちゃん、大地震の話って。何よ、それ」
「何だ、高志も聞いていたか」
「悟さんもですか、ただアレってあやふやな話ですよね」
「そうだな、実際の所。磯さんとオヤジ達がいつまで横浜で暮らし、いつから静岡に戻ったのか誰も知らねぇんだよな」
その話に、悠が頭を抱えたところで、残りの注文が提供された。
「あーん、ここでご飯なのお。食べた気がしないよ。大地震ってなんのよ。地震なんて聞いたこと無いよ」
悠は嘆きながらも、フウフウと、目の前に来た鍋焼きうどんを食べ始める。
「本当に悠は、食い意地が張ってるんだから」
母の由季子が笑うと
「まだまだ、悠は色気より食い気だな。俺は安心したよ」
父の孝之が笑う。
しかし、大地震って何よ。悠は頭の中で思考を巡らしながらも、食べ出すと鍋焼きうどんを食べる事に夢中になっていた。
畠中と地元では呼ばれる地域で、番戸地域の端に位置し村内では北部に当たる。そこに安右衛門の弟が、婿養子に入り婿している。
谷沿いの道路から、少し斜面を登った場所に叔父である福一の自宅はあった。磯吉には叔父宅と言ったが、安右衛門の弟の婿入り先で宮城一族の家では無い。だから、探されにくいと、ゐくを逃がしたのだろう。馬で近づく彼を、少し高台になっている自宅から直ぐに見つけたらしい。福一が、坂を駆け下りてきた。
「兄者そちらの御仁はどなたですか」
人一倍身体の大きな彼は声も大きい。実は福一は、村内では有名人である。力自慢で、川まで風呂桶を担いで行き、水を満タンにした物を持って帰った。そんなことが、村内で噂になっている。どこに行っても190cm以上ある身長は目立つ為、尾ひれ目ヒレがついての噂だろう。
安右衛門は弟を確認すると、手を振り「大丈夫だ、この方は問題無い」叫んだ。だが、声が届いているか自信は無かった。
馬で、斜面を駆け上り途中で落ち合うと満面の笑顔で福一が2人を迎えた。
「兄者、突然に女子どんを寄越されたら、この福一とて驚きまする。何が起きましたか。母上からは、ただ黙って女子どんを匿えと御文にはあり。この福一、当惑しておりまする」
困っていると言う割りに、満面の笑顔だ。
「福一、すまなんだ。磯吉の思い人が、先ほどお願いしたゐく殿でのお」
「まさか、あの磯吉がですか。だとしたら、あの物腰の柔らかなお嬢さんは駆け落ちの相手ということでございましょうな」
直ぐに状況を推測して口にするのは彼の長所でもあり、短所でもある。母つ祢が『福一は武士には向かん』といつも笑うのはこう言う理由だ。
だが、その気性を買られて男子の居ない良家の婿に入っているのだ。良い面もあると言えるだろう。
「駆け落ち云々は、どうでも良い。こちらの御仁は、柴田殿だ。ゐく殿の父上で、味方だ」
そう紹介されると、長太は馬から降りて深々と頭を下げるとこう言った。
「娘が御迷惑をおかけしております、柴田長太と申します」
「柴田様、まさか浜の柴田様では」
「御推測の通りです、浜の柴田です」
「兄上、それでは磯吉が好いた相手というのは兵役の際に見染めた女子どんということですか」
浜の柴田家は、村では有名で知らない人は居ない。
「まあ、そういうことだ」
「この福一、全く事情が理解できませぬ」
事情を話すように、促す彼の背中を押して
「立ち話も何だ、目立ったらゐく殿が連れ戻されかねん。お前の家に上がっても構わないか」
「ええ、それは構いませぬが」
「では、長太殿。行きましょう」
1人だけ事情が分からず蚊帳の外と言った感じで、不満げな福一と彼の家へ向かった。
福一の家に到着すると、ゐくが顔を出した。当然、奥に声を掛けたからだ。しかし、ゐくは土間の上がり口に腰を下ろしている来客が、父親だと知ると大きく息を吸い込んだまま動けなくなった。
「お父様、なぜここに」
そんな彼女を見て長太は微笑んだ。
「なぁに、ゐく、心配せずとも良い。父はそなたの味方だ」
「それは、存じておりますが。お祖父様に連れ戻す様に言われたのですね」
聡明な彼女は、既に事情を理解していた。
「取りあえず、ゐく。しばらく、黙っておくれ。この家の屋主に事情を説明せねばなんのでな」
「はい・・・」
消え入らんばかりの声で、返事をすると彼女はそこに座り込んだ。
・・・と言うわけでございます。
しばしの事情説明の後、やっと事情が飲み込めた福一が大きく頷く。
「確かに、長太殿でなくても・・・この縁組みは潰したくなりまする。こんなうら若き女性を、年増のこぶ付きが貰おうなんて許せませぬな」
拳を床にたたきつけると、顔を真っ赤にして怒る福一だ。
「まあまあ、落ち着け。お前は感情が顔に出すぎる」
「兄上、しかし」
「お二人とも、娘に親身になっていただき感謝もうしあげます」
素直な反応をし過ぎる兄弟に少し困惑気味の長太だ。
「でだ、ゐく。お前は、俺の口車に乗り本当に磯吉殿の所へ逃げたということは、そういう事だと理解して良いのだな。ただ、縁談を断りたいだけなら、まだ間に合うぞ。だから父は、こちらに参ったのだ」
彼女は、力強く頷くと
「しかし、お父様。お祖父様がお怒りになりましょう。お立場が悪くなるのではありませんか。逃げておいて今更ですが」
「それがな、ゐく。お祖父様も実は、お前の事を心配している可能性があると私は気がついたのだ。安右衛門どのあれを出して貰えますか」
そう言えば、返していなかったことを思い出し。安右衛門は、懐に入れた封筒を彼女に手渡した。素直に手をだし、封筒を受け取り中を見た彼女は目を丸くする。
「こ・・・これは」
「お祖父様から、お前に手渡す様にと言付かった物だ。申し訳無いが、中を改めさせて貰った。お前は、これをどう見る?」
少しイタズラな表情をして首を傾げる父に、彼女は真っ直ぐな瞳を向けてこう答えた。
「お祖父様は、これを持って好きな男と逃げて良いと伝えたかったのですね。良い年格好の良家の旦那さんを見つける為に、私を連れて歩いた。所が、予測しえない方から縁談が舞いこんだ。さすがに、立場上断れないから逃げるが良いと仰っている」
「私もそう思ったが、取り方によっては磯吉殿への手切れ金か、口止め料と取る事もあるだろう。お前は、どう思う」
「お祖父様に限って、そんな汚い手は使いません。あれでも、性根は良い方ですわ。お父様や叔父様、叔母様にはきつく当たったかも知れませんが。孫には、ただただ甘いだけのジジ様でしたのよ」
ゐくは、楽しそうにコロコロと笑う。それを見て、長太は立ち上がると安右衛門と福一に頭を深々と下げた。
「ということですので、大事な後継ぎ殿を取りあげてしまうことになりましょう。それでも、この娘の我が儘をお許し戴けますでしょうか」
その後ろで、ゐくもキッチリと正座すると床に頭が着かんばかりに頭を下げそのまま止まった。
それを見て、2人は意外にも大声で笑い合った。その声に驚き、顔を挙げて父と娘をは豆鉄砲を喰らった鳩の様な顔をしていた。
「長太殿、わが実家は後継ぎ云々と言えるような格式高い家ではございませぬよ」
福一がそういうと
「弟の言う通りでございます。柴田殿さえ構わなければ、ゐく殿を磯吉の嫁に戴きたく存じます」
そこまで言うと、安右衛門は土間に座ると頭を下げた。
「安右衛門殿!それは困りまする、頭をお上げください」
長太も急いで、土間に座って頭を下げた。福一は2人の間に屈むと。
「さあ、兄上と柴田様。堅苦しいのは辞めませぬか。柴田様はご存じ無いとは思いますが、磯吉は出来損ないにございます。身体ばかり大きくて、少年の様な所があり。それが長所であり、短所である。そんな磯吉を好いてくれて、一緒になりたいと仰る嫁御が出来たというのは祝わなければならぬ。ただそれだけでございましょう」
「そうじゃ、福一の言う通りじゃ」
「ただ、兄上様。柴田様からの追っ手が来ると良く無かろうし。まずは、磯吉をこちらにお呼びなされ。話しは、そこからにいたしませぬか。その間、柴田様には娘御との別れを惜しんで戴きましょう」
福一は長太とゐくを連れて奥の間に消えていき、安右衛門は軒先に繋いで置いた馬に乗って自宅に向かった。
大きな窓から差し込む陽射しも、少しずつ夕刻の優しい物になってきた。
奥から「はい、3番さんもり2つ」と厨房の声が聞こえてくる。
「おっ、俺の蕎麦が来るぞ。悠、話しはここまでだ」
悟は、割り箸入れから割り箸を取りだし待ち遠しそうに厨房の入り口を見ている。
「伯父さん、ここで終わりなんて蛇の生殺しだよ」
「何を言ってるんだ、俺はここまでしか知らん」
「ええ、だって横浜がどうとかって言ってたじゃん」
「おう、ここまでは祖父様・・・磯吉さんに聞いた話な。ここから先はお前の曾祖父様、二郎さんに聞いた話だ。だがな、横浜の話はとんと、俺にはせなんだ」
そこまで話すと、高志と悟のもりが運ばれてきた。
「お待たせしました、もりでございます」
それぞれに、自分が注文した物だと言う感じで手を挙げ置かれると直ぐに2人は手をつけだす。
「お父さん!お父さんは聞いてるよね」
今度は、相手にして貰えそうな父孝之に話しを振る。
「いや、俺も横浜の話は聞いてないなあ」
「じゃあ、伯父さん!知っている事だけでも、細切れでも良いから聞きたい」
ジタバタと足を動かして駄々をこねる彼女に、今度は祖父の高志がこう言う。
「悠、ちょっと飯を食わせてくれ。俺はな、オヤジに横浜というか・・・。大地震の話は聞いてるぞ。お前にオヤジは話さなかったのか」
「祖父ちゃん、大地震の話って。何よ、それ」
「何だ、高志も聞いていたか」
「悟さんもですか、ただアレってあやふやな話ですよね」
「そうだな、実際の所。磯さんとオヤジ達がいつまで横浜で暮らし、いつから静岡に戻ったのか誰も知らねぇんだよな」
その話に、悠が頭を抱えたところで、残りの注文が提供された。
「あーん、ここでご飯なのお。食べた気がしないよ。大地震ってなんのよ。地震なんて聞いたこと無いよ」
悠は嘆きながらも、フウフウと、目の前に来た鍋焼きうどんを食べ始める。
「本当に悠は、食い意地が張ってるんだから」
母の由季子が笑うと
「まだまだ、悠は色気より食い気だな。俺は安心したよ」
父の孝之が笑う。
しかし、大地震って何よ。悠は頭の中で思考を巡らしながらも、食べ出すと鍋焼きうどんを食べる事に夢中になっていた。

