その晩は、ゐくの実家に泊まることになった。
港から連れてこられた子供達は、あまり厳つい門構えに
「うわああああ、でっかい」
「本当にお母さまは、お嬢様なんですね」
などと、謎な納得しかたをしていた。
ゐくの兄、清重の所には、正一や二郎と同年代の子供達がおり。まるで幼稚園の様に、家の中が賑やかになっていた。
「兄上様、お姉様が大変だったのでは」
そう聞きたいくらいの子沢山だ。7歳を頭に、5歳、2歳、0歳と2人でも大変なのにと言いたいゐくだった。
「家はお手伝いも乳母もいるから。そんなにキワは大変では無いよ」
「まったく、兄上様といい磯さんといい。女性の出産がどれだけ大変なのかお分かりになって居られない」
そんな愚痴が飛び出る。大家族に囲まれ、大らかに子育てが出来る兄嫁と。都会でワンオペに近い状態で育てたゐくとは大変さがかなり違うのか、兄嫁は昔と変わらず苦労無しのお嬢様育ちで母らしさも少ないままだ。
そんな賑やかな夜も更け、翌朝。
朝早くに、宮城の家から馬2頭で人がやってきた。
「朝早くに失礼いたします。姉上が戻られたと伺い、急ぎ参上いたしました」
そんな優しく少し高い声と共に、門戸の所で人の気配がしている。
ゐくは窓を開けると、そこには何度か横浜まで遊びに来てくれた磯吉の弟。勘蔵が立っていた。視線に気がつき、目が合うと彼は律儀に頭をきっちりと下げた。
「姉上様、お久しゅうございます。ご無事で何よりです」
ハキハキとした声が、響いてくる。磯吉と本当に兄弟だろうかと首を傾げるほど、繊細なタイプで色白で背も人並み。中肉中背というよりは、細身に近い彼は顔付きも母に似たのか、細面で優しい顔付きの美男だ。
後ろに居る、丸顔で団子鼻の男は、確か磯吉の妹婿。金太郎だ。どうやら、3人が横浜から戻ったと聞いて、急いでやってきたらしい。昨日、柴田家から使者が行ったはずなので、一晩置いてやってきたに違い無い。
子供達は、まだ布団の中で寝息を立てている。こういう礼儀という点では、元武家であった宮城の家の方が上だと彼女は感じていた。多分、立場が反対であったら、柴田家だったら手狭な家に嫁を迎えには来ないだろう。それどころか、広い実家があるのなら、しばらく置いて貰おうと思うはずだ。
宮城家は、我が家の嫁と孫が実家に世話になるのは間違っている。そう思っているに違い無い。ただ、一晩くらいは親と水入らずの時間は過ごさせてやりたい。そう思ったのだろう。磯吉と既に連れ添って10年が経過しようとしている今、彼女には婚家の家風がよく分かっていた。
しばらくすると、バタバタと廊下で足音が近づき、義姉の声がした。
「ゐく様、ご主人のご実家からどなたかいらっしゃったようです」
「はい、窓の外を見ておりました。今参ります」
まだこの騒ぎの中、寝息を立てる息子達を残して彼女は部屋を出た。
客間に行くと、勘蔵が座って彼女を待っていた。既に、父の長太も来て歓談していたようだ。
「遅くなりました、お父様、勘蔵さん」
彼女は下座である入り口に近い場所に座る。
「義姉さま、この度は大変でございました。ご無事で何よりです」
「ありがとうございます、勘蔵様。磯さんも、数ヶ月後には戻られると思います。横浜の港からの救援物資を、荷揚げする作業に従事するために残られましたので」
「先ほど、お父様より伺いましたが。兄らしいなと、誇らしく思っております」
ゐくは、それを聞いて軽く頭を下げた。
「で、ゐく。勘蔵さんが言うには、早々に実家に戻られたら良いとのことだ。手狭ではあるが、勘蔵さんご夫妻にもお子さんがいらっしゃって、いとこを楽しみにしているとのこと。また、彼が実家で嫁を迎えたことで、同居していた姉君と婿殿が村内に別に家を構え。独立されたそうだ。だから、一部屋は工面できるとのこと」
「義姉様、実は父が春先から寝込んでおります。医師が言うには、そう長くは無いかも知れぬとのこと。孫を見せてやりたいという気持ちもありますし、何よりも申し訳無いのですが父の介護で女手が欲しいので戻っていただけたらというのが本音でございます」
彼女はうなずくと、父の方に身体を向け
「お父様、既に私は宮城の嫁ですので。名残惜しくはありますが、あちらに参ってよろしいでしょうか」
「それが良いだろう、嫁にやった娘をいつまでも置いておくのは世間体も悪い」
少し寂しそうに微笑むと、上座から彼が頭をさげてこう言った
「勘蔵殿、ふつつかな娘ですが。どうか、ご指導お願いいたします」
「とんでもない、父の介護のお願いをしに来た体です。そんなことを仰らないでください。折角の親子水入らずの時間を奪いましたこと、お許し下さい」
彼も、深々と頭を下げた。
「さて、話しはまとまった事だ。早く子供達を起こして、朝食を食べなさい。勘蔵殿は、朝飯はどうされましたかな」
「お恥ずかしながら、母が早く行けというので何も腹には入れておりませぬ」
「では、勘蔵殿もご一緒に朝食を取っていってください」
そこまで言うと「おい、キワ!お客様にも朝食を、もう一膳用意させなさい」と奥に声を掛ける。「はい、義父様」小さな声が聞こえて来た。
「しかし、今日も暑くなりそうですなあ」
長太は、縁側に視線を移すと少し寂しそうな顔をした。
9月の山道は、意外と快適だった。横浜の街中と違い、緑に囲まれ川から吹いてくる風はどことなく秋の気配すら感じるほどだ。
勘蔵が手綱を持ち、前にゐくが座る。勘蔵とゐくの間に二郎を座らせ母親にしがみつかせる。一方、正一は金太郎の前に座り5人で宮城の家を目指した。
馬に乗り慣れない女子供を連れての行程は、普段の数倍の時間を掛けての移動になった。一昔前は、移動手段としての馬を飼っていたが。最近では、農馬としてしか使っておらず。馬そのものも、人を乗せて走る事に慣れていないのも1つの理由だった。
やっと、宮城の家に到着したのは昼前だった。
茶畑の間を抜け、少し高台にある平屋が宮城の家だ。
「ただいま帰りました」
勘蔵が中に声を掛けると「お父さま」と子供達がわらわらと走りでてきた。勘蔵に良く似た細面の女の子、多分正一と同じくらいだろうか。そして、丸顔の女の子、二郎と同じくらいだろう。それを追って、2歳半くらいの丸顔の男の子。この子も、母親似だろう。
「おとうさまあ、だっこ」
手を差し出すのを、彼は抱き上げて「ただいま、博」と満面の笑顔を見せた。
博を追うように、奥から丸顔の色白の女性が出て来て頭を下げた。ゐくも、つられるように頭を下げる。
「あ、義姉さま。妻のはるよです」
奥から赤ん坊の泣き声もする、どうやらまだ子供がいるようだ。
「はじめまして、ゐくです。この度、こちらにお世話になることになりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
頭を下げると、正一と二郎も一緒に頭を下げる。
「義姉さま、よして下さい。元々、この家は長男さんの物ですから。我々が、留守を預かっているだけですので」
そう言うと「ほら、ご挨拶なさい」と子供たちに声を掛ける。
「この子が長女」肩に手を掛けると「藤乃です」と自分で名前を言って頭をぴょこんと下げる。
「そして、二女」「登美子です、よろしくね!」意外とお茶目な性格の様だ。妻の目配せで、勘蔵が頷くと。
「この子が、長男で博。奥で泣いているのが、三女のスミジです。まあ、家もそれなりの子沢山ですから、毎日戦争の様ですが男の子はこの子だけです。ですから、いとこが男の子と知って娘達が楽しみにしていたのです」
「じゃあ、我が家もご挨拶しましょう」
ゐくに促されるように、正一が背筋を伸ばして立つと
「宮城正一です、十になりました。よろしくお願いいたします」
「宮城二郎です!8歳です。数えで9歳」
まだ数えと、満年齢が入り交じる事を知っての自己紹介に一同がどっと笑う。
「とすると、勘蔵様。正一さんが、うちの藤乃と同じ学年ですね」
「ああ、で・・・。二郎君で、登美子だな。登美子は二郎君の1つ下だ」
その賑やかな声を聞きつけて、磯吉と勘蔵の母であるつ祢が顔をだした。磯吉とゐくが横浜に駆け落ちをした際、手引きをした祖母 はつ はあの後直ぐに亡くなり。すでに、この家の裏の主は、つ祢に変わっていた。
先ほどから泣いていた赤子が泣き止んだかと思ったら、赤子を抱いたつ祢が出て来た。
「お母様、申し訳ありません」
はるよが近づくと「良いんですよ」と言うと。
「ゐくさん、お疲れ様でした。磯吉も無事の様で、安心しました。長旅でしたね。大事な宮城の後継ぎを無事連れて戻ってお手柄です」
子供達2人は、祖母と言っても初めて逢った相手に少し身体を小さくする。
「2人共、おばあ様ですよ。お父様のお母様です、お顔を見せに行きなさい」
母の言葉にオドオドと、前に進むと
「はっ、はじめまして。おばあ様」
「こんにちは、おばあ様」
2人はかちんこちんの状態で挨拶をした。
「良い顔立ちじゃ、磯吉に良く似ておるの。なぜ、別嬪さんの母に似なんだか」
楽しそうに笑う。
「ところでじゃ、ゐくさん。話しは聞いて居ろうが、ジジ殿・・・いや、安右衛門殿が昨年暮れに突然倒れてのお。一時は、危ないと言われていたのだが。何とか命だけは助かった。で、そちらには知らせずに居ったのじゃ」
そこまで話すと、外で遊んできなさいと子供達に声を掛ける。藤乃が「正一君行こう」と手を取ると、正一が真っ赤になって頷く。
「沢には行かないようにしなさい」母のはるよが言うと、子供達は「はーい」と一斉に答えると二郎も連れて出ていった。
「さあ、こちらへ」
招かれるがままに、平屋の1番奥に位置する部屋に案内した。
「安右衛門殿、入りますよ」
そう言うと、返事を待たずに障子を開ける。そこには、以前の筋骨隆々とした逞しかった彼の姿はなく。痩せ細って、布団に横になる姿があった。
「今は、時々目を醒ます様な状態で。ほぼ寝てらっしゃいます。食事もまともに取れずいつまで生きておられるやら。ただ、この身体の大きなジジ様をはるよと2人で、子等にも目を光らせながら面倒を見るのはそろそろ限界でした。大地震のおかげというと、不謹慎ですが。帰って来てくれて助かりました」
うつむくつ祢の目に、少し光る物が見て取れる。
「義母さま、そのように思い詰められては駄目だと申したでは無いですか」
「そうね、貴女には助けられていますよ」
その姿をみて、ゐくは自分が必要とされていると知りほっとしていた。夫が不在のまま居候するのは、少し気が引けていたからだ。
「お母様、はるよ様、何か出来るか分かりませぬが。出来る限りお手伝い致します。ご安心ください」
しっかりと、義母のつ祢に視線を合わせながら彼女は言った。
「頼りにしておりますぞ」
そう答えたのをまるで聞いていたかの様に、安右衛門が目を醒ましたようだ。
「つ・・・祢、なにごとか・・・」
顔をゆっくりと、声のした方に向ける。
「おおおお、そこに居るのは・・・ゐく・・どのか・・・」
身体は弱っているものの、頭はまだしっかりしているようだ。
「はい、義父様。大変ご無沙汰しております。横浜より戻りました」
そう言うと、とても嬉しそうに笑い。起き上がろうと必死に身体を動かす。
「ジジ殿寝ていた方がよろしゅうございますよ」
妻の言葉も聞かず、余りに必死に身体を起こそうとするのでつ祢とはるよが、脇を支えて座らせる事にした。
「磯吉は・・・どうした。孫たちは・・・」
「磯さんは、まだ横浜においでです。港で支援物資を荷揚げして、人助けをしております。子供達は、勘蔵様のお子さんたちと外で遊んでおります」
それを聞くと、彼はゆっくりと微笑み。
「孫たちを・・・みたい」
そう言うと、すうっと意識が遠のいたのか眠ってしまった。急いで、ゐくも支えに走り、3人でこの大男を布団に寝かせた。
「いつもこの調子なのです」
はるよの説明に、これは大変だとゐくは思ったのだった。これから始まる、夫の家族との同居に一抹の不安を抱える彼女だった。
港から連れてこられた子供達は、あまり厳つい門構えに
「うわああああ、でっかい」
「本当にお母さまは、お嬢様なんですね」
などと、謎な納得しかたをしていた。
ゐくの兄、清重の所には、正一や二郎と同年代の子供達がおり。まるで幼稚園の様に、家の中が賑やかになっていた。
「兄上様、お姉様が大変だったのでは」
そう聞きたいくらいの子沢山だ。7歳を頭に、5歳、2歳、0歳と2人でも大変なのにと言いたいゐくだった。
「家はお手伝いも乳母もいるから。そんなにキワは大変では無いよ」
「まったく、兄上様といい磯さんといい。女性の出産がどれだけ大変なのかお分かりになって居られない」
そんな愚痴が飛び出る。大家族に囲まれ、大らかに子育てが出来る兄嫁と。都会でワンオペに近い状態で育てたゐくとは大変さがかなり違うのか、兄嫁は昔と変わらず苦労無しのお嬢様育ちで母らしさも少ないままだ。
そんな賑やかな夜も更け、翌朝。
朝早くに、宮城の家から馬2頭で人がやってきた。
「朝早くに失礼いたします。姉上が戻られたと伺い、急ぎ参上いたしました」
そんな優しく少し高い声と共に、門戸の所で人の気配がしている。
ゐくは窓を開けると、そこには何度か横浜まで遊びに来てくれた磯吉の弟。勘蔵が立っていた。視線に気がつき、目が合うと彼は律儀に頭をきっちりと下げた。
「姉上様、お久しゅうございます。ご無事で何よりです」
ハキハキとした声が、響いてくる。磯吉と本当に兄弟だろうかと首を傾げるほど、繊細なタイプで色白で背も人並み。中肉中背というよりは、細身に近い彼は顔付きも母に似たのか、細面で優しい顔付きの美男だ。
後ろに居る、丸顔で団子鼻の男は、確か磯吉の妹婿。金太郎だ。どうやら、3人が横浜から戻ったと聞いて、急いでやってきたらしい。昨日、柴田家から使者が行ったはずなので、一晩置いてやってきたに違い無い。
子供達は、まだ布団の中で寝息を立てている。こういう礼儀という点では、元武家であった宮城の家の方が上だと彼女は感じていた。多分、立場が反対であったら、柴田家だったら手狭な家に嫁を迎えには来ないだろう。それどころか、広い実家があるのなら、しばらく置いて貰おうと思うはずだ。
宮城家は、我が家の嫁と孫が実家に世話になるのは間違っている。そう思っているに違い無い。ただ、一晩くらいは親と水入らずの時間は過ごさせてやりたい。そう思ったのだろう。磯吉と既に連れ添って10年が経過しようとしている今、彼女には婚家の家風がよく分かっていた。
しばらくすると、バタバタと廊下で足音が近づき、義姉の声がした。
「ゐく様、ご主人のご実家からどなたかいらっしゃったようです」
「はい、窓の外を見ておりました。今参ります」
まだこの騒ぎの中、寝息を立てる息子達を残して彼女は部屋を出た。
客間に行くと、勘蔵が座って彼女を待っていた。既に、父の長太も来て歓談していたようだ。
「遅くなりました、お父様、勘蔵さん」
彼女は下座である入り口に近い場所に座る。
「義姉さま、この度は大変でございました。ご無事で何よりです」
「ありがとうございます、勘蔵様。磯さんも、数ヶ月後には戻られると思います。横浜の港からの救援物資を、荷揚げする作業に従事するために残られましたので」
「先ほど、お父様より伺いましたが。兄らしいなと、誇らしく思っております」
ゐくは、それを聞いて軽く頭を下げた。
「で、ゐく。勘蔵さんが言うには、早々に実家に戻られたら良いとのことだ。手狭ではあるが、勘蔵さんご夫妻にもお子さんがいらっしゃって、いとこを楽しみにしているとのこと。また、彼が実家で嫁を迎えたことで、同居していた姉君と婿殿が村内に別に家を構え。独立されたそうだ。だから、一部屋は工面できるとのこと」
「義姉様、実は父が春先から寝込んでおります。医師が言うには、そう長くは無いかも知れぬとのこと。孫を見せてやりたいという気持ちもありますし、何よりも申し訳無いのですが父の介護で女手が欲しいので戻っていただけたらというのが本音でございます」
彼女はうなずくと、父の方に身体を向け
「お父様、既に私は宮城の嫁ですので。名残惜しくはありますが、あちらに参ってよろしいでしょうか」
「それが良いだろう、嫁にやった娘をいつまでも置いておくのは世間体も悪い」
少し寂しそうに微笑むと、上座から彼が頭をさげてこう言った
「勘蔵殿、ふつつかな娘ですが。どうか、ご指導お願いいたします」
「とんでもない、父の介護のお願いをしに来た体です。そんなことを仰らないでください。折角の親子水入らずの時間を奪いましたこと、お許し下さい」
彼も、深々と頭を下げた。
「さて、話しはまとまった事だ。早く子供達を起こして、朝食を食べなさい。勘蔵殿は、朝飯はどうされましたかな」
「お恥ずかしながら、母が早く行けというので何も腹には入れておりませぬ」
「では、勘蔵殿もご一緒に朝食を取っていってください」
そこまで言うと「おい、キワ!お客様にも朝食を、もう一膳用意させなさい」と奥に声を掛ける。「はい、義父様」小さな声が聞こえて来た。
「しかし、今日も暑くなりそうですなあ」
長太は、縁側に視線を移すと少し寂しそうな顔をした。
9月の山道は、意外と快適だった。横浜の街中と違い、緑に囲まれ川から吹いてくる風はどことなく秋の気配すら感じるほどだ。
勘蔵が手綱を持ち、前にゐくが座る。勘蔵とゐくの間に二郎を座らせ母親にしがみつかせる。一方、正一は金太郎の前に座り5人で宮城の家を目指した。
馬に乗り慣れない女子供を連れての行程は、普段の数倍の時間を掛けての移動になった。一昔前は、移動手段としての馬を飼っていたが。最近では、農馬としてしか使っておらず。馬そのものも、人を乗せて走る事に慣れていないのも1つの理由だった。
やっと、宮城の家に到着したのは昼前だった。
茶畑の間を抜け、少し高台にある平屋が宮城の家だ。
「ただいま帰りました」
勘蔵が中に声を掛けると「お父さま」と子供達がわらわらと走りでてきた。勘蔵に良く似た細面の女の子、多分正一と同じくらいだろうか。そして、丸顔の女の子、二郎と同じくらいだろう。それを追って、2歳半くらいの丸顔の男の子。この子も、母親似だろう。
「おとうさまあ、だっこ」
手を差し出すのを、彼は抱き上げて「ただいま、博」と満面の笑顔を見せた。
博を追うように、奥から丸顔の色白の女性が出て来て頭を下げた。ゐくも、つられるように頭を下げる。
「あ、義姉さま。妻のはるよです」
奥から赤ん坊の泣き声もする、どうやらまだ子供がいるようだ。
「はじめまして、ゐくです。この度、こちらにお世話になることになりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
頭を下げると、正一と二郎も一緒に頭を下げる。
「義姉さま、よして下さい。元々、この家は長男さんの物ですから。我々が、留守を預かっているだけですので」
そう言うと「ほら、ご挨拶なさい」と子供たちに声を掛ける。
「この子が長女」肩に手を掛けると「藤乃です」と自分で名前を言って頭をぴょこんと下げる。
「そして、二女」「登美子です、よろしくね!」意外とお茶目な性格の様だ。妻の目配せで、勘蔵が頷くと。
「この子が、長男で博。奥で泣いているのが、三女のスミジです。まあ、家もそれなりの子沢山ですから、毎日戦争の様ですが男の子はこの子だけです。ですから、いとこが男の子と知って娘達が楽しみにしていたのです」
「じゃあ、我が家もご挨拶しましょう」
ゐくに促されるように、正一が背筋を伸ばして立つと
「宮城正一です、十になりました。よろしくお願いいたします」
「宮城二郎です!8歳です。数えで9歳」
まだ数えと、満年齢が入り交じる事を知っての自己紹介に一同がどっと笑う。
「とすると、勘蔵様。正一さんが、うちの藤乃と同じ学年ですね」
「ああ、で・・・。二郎君で、登美子だな。登美子は二郎君の1つ下だ」
その賑やかな声を聞きつけて、磯吉と勘蔵の母であるつ祢が顔をだした。磯吉とゐくが横浜に駆け落ちをした際、手引きをした祖母 はつ はあの後直ぐに亡くなり。すでに、この家の裏の主は、つ祢に変わっていた。
先ほどから泣いていた赤子が泣き止んだかと思ったら、赤子を抱いたつ祢が出て来た。
「お母様、申し訳ありません」
はるよが近づくと「良いんですよ」と言うと。
「ゐくさん、お疲れ様でした。磯吉も無事の様で、安心しました。長旅でしたね。大事な宮城の後継ぎを無事連れて戻ってお手柄です」
子供達2人は、祖母と言っても初めて逢った相手に少し身体を小さくする。
「2人共、おばあ様ですよ。お父様のお母様です、お顔を見せに行きなさい」
母の言葉にオドオドと、前に進むと
「はっ、はじめまして。おばあ様」
「こんにちは、おばあ様」
2人はかちんこちんの状態で挨拶をした。
「良い顔立ちじゃ、磯吉に良く似ておるの。なぜ、別嬪さんの母に似なんだか」
楽しそうに笑う。
「ところでじゃ、ゐくさん。話しは聞いて居ろうが、ジジ殿・・・いや、安右衛門殿が昨年暮れに突然倒れてのお。一時は、危ないと言われていたのだが。何とか命だけは助かった。で、そちらには知らせずに居ったのじゃ」
そこまで話すと、外で遊んできなさいと子供達に声を掛ける。藤乃が「正一君行こう」と手を取ると、正一が真っ赤になって頷く。
「沢には行かないようにしなさい」母のはるよが言うと、子供達は「はーい」と一斉に答えると二郎も連れて出ていった。
「さあ、こちらへ」
招かれるがままに、平屋の1番奥に位置する部屋に案内した。
「安右衛門殿、入りますよ」
そう言うと、返事を待たずに障子を開ける。そこには、以前の筋骨隆々とした逞しかった彼の姿はなく。痩せ細って、布団に横になる姿があった。
「今は、時々目を醒ます様な状態で。ほぼ寝てらっしゃいます。食事もまともに取れずいつまで生きておられるやら。ただ、この身体の大きなジジ様をはるよと2人で、子等にも目を光らせながら面倒を見るのはそろそろ限界でした。大地震のおかげというと、不謹慎ですが。帰って来てくれて助かりました」
うつむくつ祢の目に、少し光る物が見て取れる。
「義母さま、そのように思い詰められては駄目だと申したでは無いですか」
「そうね、貴女には助けられていますよ」
その姿をみて、ゐくは自分が必要とされていると知りほっとしていた。夫が不在のまま居候するのは、少し気が引けていたからだ。
「お母様、はるよ様、何か出来るか分かりませぬが。出来る限りお手伝い致します。ご安心ください」
しっかりと、義母のつ祢に視線を合わせながら彼女は言った。
「頼りにしておりますぞ」
そう答えたのをまるで聞いていたかの様に、安右衛門が目を醒ましたようだ。
「つ・・・祢、なにごとか・・・」
顔をゆっくりと、声のした方に向ける。
「おおおお、そこに居るのは・・・ゐく・・どのか・・・」
身体は弱っているものの、頭はまだしっかりしているようだ。
「はい、義父様。大変ご無沙汰しております。横浜より戻りました」
そう言うと、とても嬉しそうに笑い。起き上がろうと必死に身体を動かす。
「ジジ殿寝ていた方がよろしゅうございますよ」
妻の言葉も聞かず、余りに必死に身体を起こそうとするのでつ祢とはるよが、脇を支えて座らせる事にした。
「磯吉は・・・どうした。孫たちは・・・」
「磯さんは、まだ横浜においでです。港で支援物資を荷揚げして、人助けをしております。子供達は、勘蔵様のお子さんたちと外で遊んでおります」
それを聞くと、彼はゆっくりと微笑み。
「孫たちを・・・みたい」
そう言うと、すうっと意識が遠のいたのか眠ってしまった。急いで、ゐくも支えに走り、3人でこの大男を布団に寝かせた。
「いつもこの調子なのです」
はるよの説明に、これは大変だとゐくは思ったのだった。これから始まる、夫の家族との同居に一抹の不安を抱える彼女だった。

