プロローグ

 青い空が、少しだけまぶしすぎる5月の連休明け。
悠は、学校が終わったその足で電車に飛び乗った。
「なんか実感無いのよね、大じいちゃんがもういないなんて」
コロナ渦とはいえ、ガラス越しの対面が出来る老人ホームに入居していた曾祖父・二郎の顔を思い浮かべながら窓の外をつらつらと眺める。
 今日は、両親と祖父母が亡くなった二郎の家を片付けている。自宅で製菓店を営む悠の家族は平日が休みなのだ。朝から、4人掛かりで片付けているというから、もうあらかた片付け終わっている頃だろう。まだ、4人がそこで作業をしているのか、少し心配になってLINEを先ほど送って置いたのだ。
 手にしたスマホが、振動してLINEの着信を知らせたのはその時だ。
「悠、まだ2時間くらいは掛かりそうよ。帰りにお祖母ちゃんがお夕飯に連れて行ってくれるって言うからこっちに来なさい」
母の由季子からだった。次にポンポンポンと、画像が届きピースしている父の孝之の姿や、縁側で座ってお茶をすする祖母まち子の姿。が届く。
「のんびりやってるなあ、こりゃ当分終わらないな」
くすくす笑いながら、また空を眺めると、曾祖父二郎のことを思い出していた。

 悠の家は、彼女が生まれた時には4世代同居の大家族だった。曾祖父母、祖父母、両親に一人っ子の悠。まだジジババは現役で忙しく働いていたから、子供だった悠は大ジイにベッタリな子供だった。大バアは、ご近所さんと遊び歩くのが好きでほとんど家にいたことが無い。
(ゆう)が、大きくなる頃には爺ちゃんは死んじまうかも知れんな。しっかり覚えていてくれ」
そんなことを言いつつ、大ジイは昔の話をいつもしてくれた。子供の頃に、大地震に遭ったときの話、学生時代の話、戦争に行ったときの話。祖父が子供だった頃の話。
そんな昔話が大好きだった。その中でも、1番好きだったのが曾祖父(そうそふ)とその兄が若い頃に自分のルーツを調べていたという話。
「家の先祖はなあ、落ち武者だったらしいよ。で、落ちて来て今の場所に住みついた。だから家は武士なんだよ」
まあ、それが本当かどうか知りたくて調べたらしいが結局何も分からなかったらしい。
「大ジイ、なんで分からなかったの。そんなの悠がチョチョイのチョイで調べちゃうから、大きくなるのを待っててね」
とか何とか、言ったらしい。悠本人は全く記憶に無い。

 小説だったら、これが伏線で曾祖父はその直後に亡くなる物らしいが。当然、これはリアルなお話で・・・。大ジイはその後も、年老いて益々元気!という状態で、曾孫(ひまご)の悠が高校に入ったのを見届ける様にこの世を去った。
106歳の大往生、誰も泣かなかったし「じゃあそろそろ行くよ、良い人生だった」と本人が伝えられるほど安らかだったから葬式は和気あいあいと笑顔で溢れていたけれど。
こうやって、49日が済み。納骨が終わり、二郎の家を片づける段になってやはり、悠の心の中も言葉にはし難い寂しさが沸いていた。きっと、祖父母も両親もそうなのだろう。そうで無ければ、家を壊してしまうと言っているのだから、全てゴミにして業者に一括で頼んだだろう。
それを、休みの日を利用して、総出で家を片付けているのは、きっと遺品を整理して心の整理をする時間が欲しかったのだろう。かく言う悠も、同じ気持ちで、今電車に乗っている。
「大ジイ、今頃天国で大バアとお茶でもすすりながら、こっち見てるのかな」
手をかざして、雲1つ無い空を見上げた所で、目的地に到着するというアナウンスが入った。