その昔、時は妖歴元年。
突如として現れた人間を食らう『怪異』によって、人々は生存の危機に瀕した。
それを颯爽と現れ退けたのが、人の姿を象った『あやかし』たちである。
手も足も出ない怪異を跡形もなく屠ってみせた彼らは、人類に提案を持ちかけた。
――怪異の脅威から逃れたくば、我らに国土を委ねよ、と。
***
年月は流れ――妖歴、二百五十年。
あやかしが支配する現代。
知らず知らずのうちに文明は徹底して制限され、ある『言葉』と『血筋』が永久に葬られた。
人が権利を握っていたのは遠い昔の時代。歴史書に綴られているだけの、今は誰も想像がつかない世界である。
現在、国を統制しているのは、あやかしだ。
なかでもあやかしの頂点『妖五大家門』は、天や神に等しい存在として君臨している。
紅の鬼家、青の龍家、黄の九尾家、黒の大天狗家、白の大蛇家。
この五家紋が国の柱であり、最高権力者となって国を治めていた。
また、あやかし達に階級があるように、支配される人間側にも位が定められている。
上位、中位、下位。その区別は、あやかしに関わる程度の差で大きく変わっていた。
上位の人間はいわゆる国政に身を置く者たちだ。
それすなわち、立場は人間であるものの、あやかしの配下として何代にも渡り忠誠を誓う人間たちのことを指している。
中位は国政以外の、あやかしと繋がりがある人間たちが当てはまった。
あやかしに嫁や婿として嫁いだ一族も、ほとんどが中位に該当する。
下位の人間は、あやかしとは何の関わりも持っていない一般庶民のことをいった。
この世を生きるうえで、あやかしは重要な存在。人間は決して彼らに逆らうことなどできないのである。
文明は激しく入り乱れ、夜闇を照らす光は、電灯よりも怪火という無害なあやかしの明かりが遥かに多い。
街ゆく人々の格好は、現在関わりを絶っている西洋のデザインと、和装を混ぜたような独特な文化を形成している。
主な連絡手段は手紙。移動手段は蒸気の力によって走る車と路面電車、その他に馬車や手軽な自転車があった。
澄み渡る川の美しさ、力強く根を生やし広がる山や森、空を彩る煌びやかな星々の輝き。
それがこの国、旧日本国――またの名を、夜ノ国。
あやかしと人間で成り立つその国は、昼間が十時間、夜間が十四時間と――少しずつ世の在り方を変えていたのだった。