「……せ、正解、よ」

 絞り出したような声でカタリナが答えた。

 本当に渋々といった感じだが、その気持は俺にもわかる。モニカに全部かっさらわれてしまった感がハンパない。

「ええっ? 本当にレモンのはちみつ漬けだったんですか? やった! やったぁ! わたしって超ラッキー! いえーいブイブイ!」

 両手で交互にピースサインを繰り出すモニカ。そのおめでたい頭を思いっきり叩きたい衝動に駆られてしまう。

 その隣でカタリナがガックシと、それはそれはわかりやすく肩を落とした。

 あの、カタリナさん。傍から見てすっごく落ち込んでいるのがわかるので、もう少し自重してくれませんかね。

「むぅ、非常に残念だが、この勝負はモニカの勝ちのようだな」

「残念って、ガーランドもカタリナに食べさせてもらいたかったのか?」

「あたりまえだろう。親睦を深めるためには、そういったことも必要だ」

「でも、カタリナにあ〜んしてもらっているところを奥さんに見られたらぶっ殺されるんじゃねぇか?」

 遅く家に帰ってきただけで怒鳴られるくらいなんだから。

「……はっ!?」

 殺気を察知したのか、とっさに身をすくめるガーランド。

 俺よりも一回りは大きい体をしているはずなのに、なんだかモニカよりも小さくなったような気がする。

 というか、今頃気づいたのか。油断しすぎだろ。

「ではでは、わたしがカタリナさんから報酬をもらう前に、みなさんには約束を果たしてもらいましょう〜」

 モニカが嬉しそうにニコニコと笑う。

「約束? なんだそりゃ。知らねぇなぁ?」

 こうなりゃ奥の手だ。屁理屈カマして逃げきるしかない。

「ちょっと、ボケちゃったんですかピュイさん? 最初に話したじゃないですか。負けたサティちゃんとガーランドさんとピュイさんには、カタリナさんの好きなところをひとつずつ言ってもらいま〜す」

「何言ってんだ。お前が正解したのは認めるが、俺たちは外してないだろ」

 だってほら、答えてないしさ。

「いやいや、そんな子供みたいなこと言わないでくださいよ。『外したイコール負け』ってことは『負けイコール外した』ってことですよ? つまり、『正解できなくて勝負に負けたピュイさんたちは、外した』ってことです」

「え……おま、そ、う、ぐっ」

 なんだそれは。何かしらんけど反論できない。天然娘のくせに急に難しい理論を展開しやがって。くそう! なんだかメチャクチャ悔しい!

 それで納得したのか、ガーランドも「負けは負けだな」なんて言い出す始末。

 こうなったら、いつもの辛辣なカタリナに期待するしかない。「くだらないことに時間を使わせないで頂戴」なんて言えば、モニカも大人しくなるだろう。

 さぁ、凍てつく言葉を吐け、辛辣の乙女よ。

 そんな期待を胸にカタリナを見たのだが──彼女はまんざらでもなさそうに、モジモジと何かを期待している様子だった。

 ……あれぇ〜? いつものカタリナさんはどこに行った?

「じゃ、じゃあ、わたしから」

 サティが小さく手を挙げた。

「カタリナさんの好きなところは……いつも依頼の前にわたしを気にかけて声をかけてくれてるところです。あの、ありがとう……ございます」

「……っ」

 カタリナの頬がかすかに赤くなる。

「べ、別に気にかけているわけじゃないわ。なんていうか、ガチガチのまま戦闘になったら、わたしがサポートしないといけなくなるでしょ? だからよ」

 ツンとそっぽを向くカタリナ。それでも、サティは満足そうにニコニコと笑っている。なんだかサティの頭をナデナデしてやりたい気分になった。

「俺がカタリナの好きなところは、やはり剣の腕だな」

 ガーランドが唸るように続ける。

「いつも積極的に前に来てくれるので、間近でお前の剣技を見ることができているが、いつ見ても惚れ惚れする美しさだ。いつかあのような立ち回りができるようになりたいものだ」 

「あ、ありがとう」

 カタリナの目が泳ぎまくっている。

 さっきから動揺しまってるけど、もしかして最強冒険者なのに褒められるのに慣れていないのか?

 そんな攻撃でたじろぐくらい、お前の心の守りは稀薄で脆かったのかよ。

「……それで、あなたは?」

 カタリナがちらりと俺を見た。

「ついでだから聞いてあげなくもないけど」

 口では辛辣な言葉を吐いてるしているくせに、目がキラキラと輝いている。

 そんな目で見られると余計に話しづらいわ。どうせなら、いつものゴミを見るような目で見てくれ。

「あ、念の為言っておくけど、変なこと言ったらぶっ飛ばすからね?(本当にぶっ飛ばすからね)」

 おおぅ、めずらしく声と心がリンクしてやがる。

 急に難易度を上げてくるなよ。適当なこと言えなくなっちまったじゃねえか、クソ。

 命の危機を感じた俺は真剣に考える。

 というか、カタリナの好きなところって、どこだ?

 ツンツンしてるくせに、俺にだけデレるところ……とか?

 正直なところ、たまに可愛いなぁと思うことはある。「わたしにかまわないで」みたいなオーラを出しているくせに、心の中は妙に乙女チックだし。

 だが、もちろんそれを本人に伝えるわけにはいかない。

 だとすると、何だ?

 俺はサティみたいに依頼の前に声をかけてもらっているわけでもないし、ガーランドみたいにカタリナの強さに惚れ込んでいるというわけでもない。

「……あ」

 そうだ。

 パーティのリーダーとして、カタリナの好きなところは──

「冷たい雰囲気を出してるけど、意外と仲間思いなところかな」

「……え?」

 カタリナは目をパチパチと瞬かせる。

「依頼前にサティに声をかける。ガーランドを助けるために前に出る。俺の成長のために『反省会』をしてくれる。全部仲間のためを思って、だろ?」

 俺はカタリナの心の声を聞いているから知っている。

 サティに声をかけるのは、新参者の自分が相手だったら人見知りの激しいサティでも話せるだろうと考えてのことだし、戦闘のときに積極的に前に出るのはガーランドの負担を減らすためだ。

 俺の反省会にしてもそうだ。

 確かにカタリナは少しだけ不純な考えを抱いている。

 だけど、俺やパーティのことを考えて、依頼が終わった後にわざわざ時間を作ってくれているのは確かなのだ。

「あ、あなたのあれは──」

「何か別の理由があるのかもしれないけど、俺や皆のために時間を使ってアドバイスしてくれてるのは事実だ。ま、うるせぇなって思うこともあるけどさ」

「う、うるさいって、あなたね」

「なんつーか、感謝してるよ」

「……っ!?」

 ひゅっと、カタリナが息を呑んだ。その顔は耳まで真っ赤になっている。

 それを見て、ガーランドが嬉しそうにジョッキを掲げた。

「お前のおかげで本当に助かっているぞ、カタリナ」

「うん。カタリナさんが加入してくれてから、依頼が随分楽になったよね」

「ぜ、全部……カタリナさんの……おかげです」

 モニカとサティもガーランドに続く。

 そして、俺も。

「とにかく、そういうことだ。まぁ、なんだ。話は少しそれちまったけど、これからもヨロシク頼むぜ?」

「わ、わかったわよ。こ、こちらこそ……よろしく」

 カタリナも渋々といった感じでジョッキを手に取る。

 俺と目があった瞬間、プイと顔をそらしたカタリナは、すねているようで嬉しそうな、なんとも言えない表情をしていた。


 本当にこの女は、素直じゃない。

 だが──それもカタリナの好きなところのひとつだと、俺は思った。