こうなった以上、諦めるしかないのか。

 カタリナの分の金を出して、彼女の好きなところを言うか?

 ……いや、ダメだ。

 絶対にそんなことはしなくないっ! 

 ここで負ければ、一生カタリナに仕返しできなくなる……かもしれない!

「あ……もしかすると、わたし、わかったかもしれません」

 猛烈な葛藤をしている俺の耳に、か弱いサティの声が飛び込んできた。

「え、マジで?」

「は、はい。以前にカタリナさんに晩餐で出された料理の話を聞いたとき、それっぽい話を聞いたような気がして……」

 やばい。なんだか信憑性がありそうな話だ。

 モニカとかガーランドなら、「いやいや、聞き間違いでしょ。君たちバカだし」で済ませられるけど、3人の中で一番的確な質問をしてきたサティならありえる。

(そ、そんな話したっけ? でも、前に晩餐の話はしたような気がするし……うぅ、どうしようピュイくん?)

 ちらちらと俺を見るカタリナ。

 動揺が全然隠せていない。

(が、頑張ってよピュイくん。このままだとサティちゃんに当てられちゃうよ?  わたしにあ〜んさせてよっ!)

 だったら! 質問! させろ!

 仕方がない。こうなったら、適当な理由をつけて当てにいくべきか。

 サティみたいに「そういう話を聞いたことがあってぇ」みたいに言えば、信じてもらえないか。

 ……いや、だめだ。危険すぎる。

 すでにカタリナは俺が何か企んでいると訝しんでいるのだ。一発で当ててしまったら、読心スキルの存在が疑われかねない。

 ──そうなれば、パーティが終わってしまう。

 その瞬間、俺の脳裏に蘇ったのは、最初に所属したパーティのことだった。

 あれは8年前……俺がまだ17歳で、冒険者になったばかりのころだ。

 昔から俺は人見知りなんてしないタチだった。初めて会う人間にも気兼ねなく話しかけられたし、すぐに打ち解けることだってできた。

 だが、固い絆で結ばれているパーティに参加するとなると話は変わってくる。

 基本、メンバーを募集しているのは、パーティを立ち上げたばかりの人間か、欠員が出来て人員を補充したい人間のどちらかだ。

 前者に参加するのはまだ楽だが、後者は色々と大変になる。特に不慮の事故でメンバーを亡くしてしまった場合は顕著だ。歓迎されるどころか、快く思ってないメンバーから嫌がらせを受けることだってある。

 俺が加入したパーティは後者だった。依頼中に起きた不慮の事故で失ったメンバーの代わりに俺を加入させた。

 だから俺は、少しでも早くパーティに馴染めるように自虐ネタで距離を縮めようと考えた。

 その自虐ネタが「読心スキル」だったのだ。

『俺って心の声が聞ける読心スキル持ってんスよね。商売の才能も剣の才能もないのに他人の心の声が聞けるなんて、宝の持ち腐れって思いませんか? あははっ』

 あのときの俺は、まだ若かった。

 そんなことを話せばどうなるか、全く想像できていなかった。

 場の空気が、まるで上級氷結魔術を食らったかと思うくらい凍りついたのは、言うまでもないだろう。

 すぐに、「お腹が痛くなってきた」だの、「回復アイテムを補充してくる」だの、取ってつけたような理由でメンバーが俺の前から立ち去っていった。

 そして次の日。

 少し嫌な予感がしていたけれど、パーティのリーダーに「悪いけど、もうピュイくんは来なくていいよ」と追放宣言されてしまった。

 そのときリーダーは、心の中でパーティの女性魔術師との関係を暴露されることを危惧していた。

 多分、ふたりは周囲にはナイショで付き合っていたのだろう。いや、ひょっとすると、もっと複雑な人間関係があったのかもしれない。

 詳しくはわからないが、リーダーはその事実を暴露されることを恐れ、俺を追放することにしたのだ。

 はじめて加入したパーティとはそこで終わりになり、それ以降、俺は読心スキルのことを隠すようになった。

 この読心スキルのせいで、パーティを追放されたり解散させたりしないように。

「あれ? どうしたんですか? ピュイさん?」

 8年ものの黒歴史を思い出して戦慄していた俺に気づいたのか、モニカが尋ねてきた。

「なんだか、顔色が悪いですけど?」

「あ、い、いや、ちょっと寒気がしてさ」

「あ〜、風邪ですかね? 今日のダンジョン、結構寒かったですからね。帰りに薬屋さんに行って、レモンのはちみつ漬けを買うといいですよ」

「……え?」

 突拍子もなくモニカの口から放たれた言葉に、俺は唖然としてしまった。

「レモンのはちみつ漬けですよ。ほら、子供のころ風邪をひいたら食べさせてもらいませんでした? あれってカラダが温まるし、今でも風邪のときは食べるようにして──って、あれ?」

 と、モニカがカタリナを見た。

 俺と同じく、呆然としている彼女を。

「どうしたんですか?」

「えっ? い、いや、なにも……」

「……あ」

 はたと何かに気づくモニカ。

 そして、実に悪そうな笑みを浮かべる。

「あれあれぇ? おやおやおやぁ? もしかして、もしかしてですかぁ?」

「な、なによ?」

「カタリナさんが好きなのって、レモンのはちみつ漬けじゃないですぅ?」

 俺は思わずテーブルをひっくり返したくなってしまった。


 この野郎。

 マジで天然で当てやがった。