「いきなり何をやっているんだお前は。少しは礼儀をわきまえろ」

「むぎゅっ」

 ダイナミック入室してきたモニカが、後ろから巨大な手に掴まれた。

「いきなりすまんな、ピュイ」

「ガ、ガーランド」

 モニカの後ろに立っていたのはガーランドだった。

 彼もまた、いつものプレートメイルではなく、葡萄酒色のシャツに黒いパンツ、革のブーツという普段着だ。

「モ、モニカさん……っ」

 そんなガーランドの横から、サティが慌てて飛び出してきた。

 彼女もいつもとは違う普段着──だと思ったけど、目元を隠している仮面にフード付きの黒いジャケットという、いつもと変わらない格好だった。

 くそう。サティの普段着が見れると少し期待したのに。

 サティは、モニカの腕を掴んで俺に頭を下げる。

「す、すみませんピュイさん。ちゃんとノックをしてから入ろうと思ったのですが、美味しそうな匂いを嗅ぎつけたモニカさんがいきなり……」

「ああ、そういうこと」

 カタリナの料理の匂いに釣られたらしい。

 王冠祭りのときにはちみつ漬け食べられなかったことを未だに根に持ってるし、意外と食い意地が張っているのかもしれない。

 そんなモニカは、偉そうに「むん」と胸を這ってのたまう。

「爆炎魔術で扉をふっ飛ばさなかっただけ、良識があるってもんですよ」

「うん、礼儀作法以前の問題」

 なんてことを言いやがる。

 こんなところで爆炎魔術ぶっ放したら建物がなくなるわ。

「それで、何だよいきなり? 揃いも揃って」

「うむ、そろそろ頃合いかと思ってな」

 そう答えたのはガーランドだ。

「これから『対策会議』をするぞ」

「対策会議? 何のだ?」

「5日後に迫った冒険者試験の対策に決まってるだろう。Cランクの冒険者試験は俺たち全員が通ってきた道だからな。少なからずアドバイスはできる」

 笑うドラゴンのメンバーは、俺以外全員がCより高いランクを持っている。

 つまり、数日後に控えたCランクの冒険者試験の経験者ということだ。

 彼らの経験から、試験の対策を練ろう……ってことなのだろう。

 ありがたい話ではあるけれど、聞いた所によると冒険者試験はランダムに選ばれた受験者3人でパーティを組んで、出された依頼をこなすという内容らしい。

 そんな内容なのに、対策ができるのだろうか。

「まぁ、いいや。とりあえず上がってくれよ。丁度カタリナも来てるし」

「む? カタリナが?」

 ガーランドが俺の肩越しに部屋を覗く。

 それを見たカタリナが、びくっと身をすくませた。

「どうしてお前がここにいる? 今日は何か用事があるとか言ってて──」

「とと、とりあえず早く上がりなさい! ほら、たくさん『こーらるぴ』のスープも余ってるし!」

「コールラビな」

「……っ! うるさいっ!」

 耳先まで顔を真っ赤にするカタリナ。

 よく分からんけど、カタリナはガーランドには秘密で見舞いに来てくれたってことなのだろう。

 さっき「ウソだけど」みたいなことを心の中で言っていたけど、マジだったのね。

「それでは、お邪魔しま〜す」

「し、失礼します……」

 モニカを先頭に、サティとガーランドが部屋に上がる。

 モニカとガーランドが物珍しそうに俺の部屋を見ている間に、サティとカタリナがキッチンに行って3人分の野菜スープを準備する。

 それをしみじみと傍観する俺。

 部屋にこんなに多くの客が来るのははじめてなので、なんだか異様な光景だ。

 そういえば人数分の器、あったっけ? と心配になったけど、サティたちは俺もはじめてみるような大小様々な器を運んできた。

「でも、すっかりピュイさんも回復してるみたいで安心しましたよ」

 一番デカイ器を手にとったモニカが、野菜をがっつきながら言う。

 サティが控えめにスープをすすりながら、こくりと頷いた。

「そ、そうですね。ピュイさんがいないと、なんだかパーティに締まりがないというか、背中が不安というか……」

 笑うドラゴンには盾役のガーランドとAAクラスのカタリナがいるので、回復魔術師が活躍する場面はそうないけれど、いないと不安になる心理はよくわかる。

 実際、「全然役に立ってないから」と回復魔術師をクビにしたパーティが、次に受けた依頼で全滅した……なんて話はたまに聞くし。

 ガーランドが渋い顔を作って唸るように言った。

「しかし、後遺症が癒えてから言おうと思っていたのだが、ピュイはもっと言うべきことはしっかり口に出して言うべきだと思うぞ?」

「……は? 十分口にだしてるだろ」

 このクソ天然娘とか、脳筋野郎とか。

「軽口は叩くが、お前は大事なことをひとりで抱える癖がある。今回も、運良く冒険者が通りかかったから良いものの、一つ間違えれば命を落としていたかもしれん。実績作りは俺たち全員で行くべきだった」

「……うぐ」

 ぐうの音も出なかった。

 あの場にサティがいたら身軽さを活かして上にあがることができたかもしれないし、モニカがいたら集団で襲ってきたナーガたちも一瞬で倒せただろう。

 盾役のガーランドがいたら、カタリナが怪我を負うこともなかったはずだ。

「そうですよピュイさん。だまってカタリナさんと行くなんて、足臭すぎます」

「……」

 多分モニカは「水臭い」と言おうとしたのだろうけど、場の真剣な空気を読んでスルーすることにした。

「ピュイさんのためなら、オフ日でも動きますよ。わたしたち」

「サティ……みんな……」

 3人の申し出に、なんだか胸が熱くなってしまった。

 確かにガーランドが言う通り、俺は他人に迷惑がかかりそうなリスクのあるものに関しては、ひとりで抱え込む事が多い。

 この前のモヤモヤの件も然りだ。ひとりでどうにかしようとしていたけれど、いざ相談してみればあっという間に解決した。

 ひとりで抱えるには手に余ることなら、みんなに相談するべきだ。命を預けあっている仲間であるならなおさら。

 まぁ、俺の読心スキルみたいなリスクが大きすぎることは仲間だからこそ話せない部類のものではあるけど、それ以外のことは積極的に話すようにしたほうがいいのかもしれない。

「わかった。今回の件は完全に俺のミスだ。反省してる。次回からは、ちゃんとみんなに相談することにするよ」

「うむ。そうしてもらえるとありがたい。ピュイだけじゃなく、他のメンバーもなにかあれば腹を割って話しあうようにしよう。今回の件がいいきっかけだ」

「あ、それ、いい考えですね!」

 モニカが元気よく手を挙げる。

「はい! じゃあわたし、おかわりのスープ欲しいです!」

「そこは自重しろ」

 食い意地がはりすぎだろお前。

 これは俺のためにカタリナが作ってくれたんだぞ。

 しかし、カタリナが笑顔で言う。

「大丈夫よ。まだたくさんあるし。自由におかわりしていいわよ」

「やたっ!」

 モニカが嬉しそうにキッチンに走っていく。

 それを見送ってから、ガーランドがカタリナに確かめるように言った。

「カタリナも言いたいことがあったら何でも言ってくれ。不平不満、なんでも聞くぞ?」

「え? ……う、うん。ありがとう」

 カタリナは小さく頷き、チラリと横目で俺を見る。

(ピュイくんとも、もっと言いたいことを言えるようになったほうが良いのかな?)

 そして、そんなことを心の中で囁く。

 そういう関係になるに越したことはない。多少なりとも心の内を話せたら、突然の胸中デレに悶絶することも少なくなりそうだ。

 この話しの流れだったら、カタリナに「これからは腹を割って話そう」と言っていいかもしれないな。

 そう思った俺は、カタリナにそっと耳打ちする。

「なぁ、カタリナ……」

「な、何よ?」

 カタリナはギョッと身をすくめる。

「俺たちも、もう少し言いたいことを言い合えるような関係になろうな?」

「……えっ?」

 カタリナが、ほんの一瞬息を止める。

 そして、目をパチパチと瞬かせた。

(そ、それってどういうこと!? まさか……結婚しようって意味!?)

「……っ!」

 思わずカタリナの頭を叩きそうになってしまった。

 全っ然違うから!

 てか、なんで言いたいことを言う関係が結婚と結びつくんだよ!

 お前の頭はどういうしくみになってんだ! そういう方向に誤認識しないと死んじゃう病気にでもかかってんのか!?

 カタリナはしばらく目をキョロキョロをさまよわせて、かすれる声で言った。

「ま、まぁ、検討してあげてもいいけど……」

「ああ、ぜひ前向きに頼む」

 俺の心の平穏のために。

 そんなことを話していると、モニカが大盛りの野菜を器に入れて戻ってきた。

 しかし、どうやらスプーンを落としてしまったらしい。

 彼女が申し訳なさそうに声をかけてきた。

「すみませんピュイさん、代えのスプーンってありますかね? 落としちゃったみたいで……」

「あ〜……多分もう無いと思うから、俺の使い終わったやつを洗って使ってくれ」

「え、やだ。変な病気が移るじゃないですか。ピュイさんの使えっていうなら、落ちたやつ使います」

「……てめぇ、俺のスプーン、洗わずに使わせたろか」

「ぎゃっ! やめてください! それ以上近づくと、爆発させますよ!」

「何を!?」

 まさか俺の部屋で爆炎魔術をぶっぱなす気じゃないだろうな!?

 大地に根を張る大木のように全く動じずにスープをすすっているガーランドと、オロオロと俺たちを不安げに見ているサティの周りで、やいのやいのと騒ぎ立てる俺たち。

 と、そのとき。

「…………好きだよ、ピュイくん」

 カタリナがぼそっと俺の名前を囁いたような気がした。

 だが、モニカのわめき声のせいで上手く聞き取れなかった。

「え? いま、何か言ったか?」

「な、なにも言ってない! そ、それよりも、ほら、はやくモニカの代わりのスプーンを探しなさいよ! 冒険者試験の対策会議をやるんでしょ!?」

「はいはい、わかったよ」

 あるかどうかもわからないって言ってるのに。

 というか、なんだよチクショウ。

 さっきまであんなに優しかったのに、なんだか急に扱いが酷くなってないか?

 これだったら、しばらく魔力切れの後遺症で苦しんでいたほうがマシじゃないか。

 カタリナが毎日料理作りに来てくれるだろうし。

「……マジで通い妻かよ」

 思わずニヤけてしまう俺。

 しかし冷静に考えて、なんだか恥ずかしくなってきた。

 てか、通い妻ってなんだよ。軽く引くわ。

 カタリナのお花畑思考が移ってしまったのか、と自分にツッコミを入れてしまうくらいにキモい。

 ちらりとカタリナを見ると、なぜか頬を赤く染めている彼女にプイッっとそっぽを向かれた。

 それを見て、重い溜息をひとつ。

 こりゃ、言いたいことを言えるようになるまで、相当時間がかかりそうだな。

 しばらく胸中デレ地獄に耐え続ける日々が続きそうだ、と軽く絶望してしまった俺は、重い足取りでとぼとぼとキッチンへと向うのだった。