俺は恐る恐るスプーンで、ざく切りされた巨大な野菜をすくってかぶりついた。

「……あ」

 口の中に入れた瞬間、思わず感嘆の声が漏れてしまった。

 デカイサイズの野菜は咀嚼する必要もないくらいに中までほろほろで、はまたたく間に口の中で溶けていった。

 凝縮されたコールラビの甘みの中にほんのり苦味を感じるスパイシーな香りがあって、なんていうか……すごく美味い。

「ど、どう?」

 カタリナが不安げに身を乗り出して尋ねてくる。

「これは……メチャクチャ美味いな」

「……え」

 カタリナはしばらく固まったまま、目をぱちぱちと瞬かせる。

「ほ、本当に?」

「ああ、マジで美味い。これって、どうやって味付けしてるんだ?」

「バ、バターと塩と胡椒……かな? ハーブのフェンネルも使ってるから、甘くてスパイシーに仕上がってるはずよ」

「へぇ〜……よくわからんけど、すごいな」

 説明されてもいまいちよくわからなかったので、もう一度かぶりついてみた。

 見た目はアレだけど、野菜がデカイくて食べごたえがあるし、これはこれで良いのかもしれない。

 うん、美味い。

「えへへ……良かった。わたしも食べていい?」

「全然良いよ。一緒に食べようぜ。同じ棚に別の器があったはずだけど」

「ありがとう。さっき見かけたから知ってるわ」

 カタリナはぱたぱたとキッチンに戻って、野菜がこんもりと入った器とスプーンを持ってきた。

 いや、ガッツリ食い過ぎだろ。まぁ、別に良いんだけどさ。

「いただきます」

 カタリナが勢いよく野菜にかぶりつく。

「……む」

 しかし、大きすぎて口に収まらなかったようだ。

 手のひらで口もとを隠して、しばらくもごもごと口を動かす。

「……おいひい」

 カタリナは俺を見ながら、少し恥ずかしそうに頬を赤らめて笑った。

 可愛いかよ。

(でも、ピュイくんに美味しいって言ってもらえて嬉しいな)

 もくもくと咀嚼しながら、心の中でしみじみと言うカタリナ。 

(まぁ、ピュイくんがどうしてもって言うなら、毎日作りに来て上げてもいいけど? なんていうか、いわゆる「通い妻」的な? ……キャ〜っ!? 妻って何!?  わたしがピュイくんの奥さんってこと!? んんっ、素敵な表現っ!)

「……ゲホッ!」

「ちょ、ちょっとピュイくん、大丈夫!?」

「だ、大丈夫。ちょっと変なところに入っただけだから」

 変なところに入ってしまったのは、お前のその「お花畑思考」だけどな。

「ちょっとまってて」

 カタリナが慌ててキッチンに行って、手ぬぐいを持ってきてくれた。

 なんだか至れり尽くせり感がハンパない。

 風邪を引いているわけでもないし、魔力切れの後遺症もほとんどないわけだし、ここまでしてくれるのは申し訳なさすぎる。

「あ、ありがとう。けど、もう体調は良くなってきてるし、あまり気をつかわなくていいっていうか……」

「何を言ってるの。わたしのせいで魔力切れになったんだから、気をつかうのは当然のことよ。むしろ、もっと早く来るべきだった」

「そりゃあ、お前も自宅療養してたんだから、仕方ないだろ」

「まぁ、そうなんだけど……」

 不服そうに唇を噛み締めるカタリナ。

 彼女が負った怪我はそれほどひどくなかったが、ナーガの毒を受けてしまったこともあって、大事を取って数日間、自宅療養することになったらしい。

 カタリナは「大丈夫だ」と突っぱねてギルドに現れたらしいのだが、ガーランドが強制的に自宅に連れて行ったのだとか。

 その気持ちはわからないでもない。

 なにせカタリナは、国王から「聖騎士」の称号を得るような一流の冒険者なのだ。

 状況が悪かったとはいえナーガに遅れを取るようなことになって、相当悔しかったに違いない。

 まぁ、だからといって無茶はしてほしくないし、仮に俺がガーランドの立場だったとしても、強制的に自宅療養させるけれど。

「……ねぇ、ピュイくん」

 何の前触れもなく、おもむろにカタリナがぽつりと言った。

「あの洞窟で、通りかかった冒険者に助けられたとき、なんだけど……」

「通りかかった冒険者? ……ああ、あの人たちにはちゃんと礼はしておいたぞ。ガーランドが会いに行ってくれたらしいけど、俺も回復したら改めて礼を言いに──」

「いや、そういうことじゃなくて」

 カタリナが割って入る。

「あのとき、わたしが言ったこと……聞こえてた?」

「……えっ!?」

 ドキリとしてカタリナを見た。

 彼女は器を両手で抱えて、恥ずかしそうにうつむいていた。

 わたしが言ったこと──。

 多分、アレのことだろう。

 俺は手ぬぐいでヤバいほど出てきた手汗を拭いて心を落ち着けさせてから答える。

「ま、まぁ……なんとなく」

「そう」

 それだけ返すと、カタリナはふたたび野菜スープを食べ始めた。

 会話はそこで終わってしまったので、俺も野菜スープに戻る。

 しばらく俺たちの咀嚼音だけが、部屋の中に広がる。

 消化に良い料理を食べているはずなのに、消化不良感が拭えなかった。

 この反応を見るかぎり、多分俺が想像していたとおり「好き」と言った可能性が高い。

 それはそれで、なんていうか安心したというか嬉しくもあるけれど……「そう」で終わりなのか!?

 もっとこう……気持ちを確かめ合うとか、そういうこと、しないの!?

 ちらりとカタリナを盗み見ると、彼女は肩を丸めて少しだけ頬を緩めていた。

(そっか。聞こえてたのか……)

「……」

 その心の声に、大混乱に陥ってしまう俺。

 ちょっとまって。どういう反応なんだ、それ。 

 全然わからんのだが、もしかしてそれが一般的に言う「好きという意思の確認」ってやつなのか?

 直接返事をしなくても、「好きです」という意思を否定しない限り同意したとみなされるとか?

 そういう慣れ合いな感じでお付き合いに発展するのが、今どきのリア充なのかもしれない。

 てことは、俺とカタリナはそういう関係になった──。

「……いいや、待て」

 俺はスプーンをギュッと握りしめて考える。

 口に出して確認したわけではないので、全くの見当違いという可能性も否定できない。

 カタリナは「聞こえたか?」と尋ねてきたのだ。「好きと言ったかどうか」については言及していない。

 これは、よくある罠の可能性が大だ。

「……ん?」

 ふと、視線を感じて顔を上げると、カタリナがチラチラとこちらを伺っていた。

(……何も言ってこないってことは、オッケーってことでいいのかな? わたしたち、そういう関係になっていいってこと……なのかな?)

 チラ……チラチラチラ。

 完全に挙動不審に陥ったカタリナさんは、ボッと音が聞こえたかと思うくらいに顔を真っ赤に染め上げた。

(ええええっ!? ウソ!? ちょっとまって!? じゃ、じゃあ、わたしたち、イチャイチャしちゃっていいってこと? 何も隠すこと無く!? いまから家デートやっても……って、そんなことできるわけあるか〜い!)

 気をつけてカタリナさん! 気持ちが昂りすぎてキャラが崩れていますよ!

 こちらに気取られないように、うつむいたまま野菜をもくもくと咀嚼するカタリナだったが、わかりやすくニヤついている。

 全く。可愛いヤツめ。

 こっちまでニヤついてしまうだろうが。

 とはいえ、言質は取れたようなものだ。

 これで長かったカタリナの胸中デレとの戦いにも終止符が打たれ、俺の心の平穏は保たれる。

 ここまでカタリナの胸中デレに耐えてきたのは、その先にパーティ解散という悲劇が待ち構えていたからだ。

 しかし、カタリナとそういう関係になってしまえば、もう胸中デレに怯えなくてもよくなる。

 ぶっちゃけ、イチャイチャしてしまえばいいだけの話なのだ。

 いや、それはそれで恥ずかしいんだけどさ。

「な、なに笑ってるのよ」

 自分のことは棚に上げて、俺を指摘するカタリナ嬢。

「あ、いや、だってお前が──」

 と、俺は口に出しかけた言葉を慌てて飲み込んだ。

 危うく「心の中でデレまくってるからさぁ?」と言いかけてしまったけど、それは出しちゃダメだろ。

 間接的に想いを確認しあったとはいえ、心の声が聞けることを話したらアウトだ。いくらカタリナとはいえ「え、心の声聞こえるってキモい。最低。パーティ抜けるわ」になってしまう。

 そうなってしまったら、またたく間に俺のスキルの噂は広がって、パーティ解散の危機が──。

「……ちょっと待て」

 そして、俺はようやくそのことに気づく。

 確かにカタリナは「わたしたち、そういう関係でいいの?」と言っていたし「イチャイチャしたい」みたいなことを言っていた。

 だけど──全て心の中でだ。

 カタリナは、ここまでひとことも口でデレるようなことは言っていない。

 それを考えると、今後も素直にデレてくるとは思えない。

 表面上は「近づかないで」とか「本当にクズね」とかツンツンしながら、心の中で「好き好き大好き」とデレるだけ。

 そう。これまでと同じように。

 すっと、顔から熱が引いていった。

 あれ? これって、な〜んにも状況は変わっていないのでは?

 そういう気持ちを確認しあったところで、俺の読心スキルがバレたらパーティ解散してしまう状況は変わっていないのでは!?

 ふ、ふざけるな!

 じゃあ、何だ!? 

 俺は今まで通りカタリナの胸中デレに耐えながら、生殺しみたいな生活を続けるしかなくて────。

「この部屋から美味しそうな匂いと恋バナの匂いがしますっ!」

「……っ!?」

 絶望していた俺の耳をつんざいたのは、ドアが蹴破られる音と、女性の怒鳴り声。

 ギョッとして玄関を見た俺の目に飛び込んできたのは、銀の髪に赤い瞳をした背の小さい女の子だった。

「……ああっ!? ずるいですよピュイさん!? 依頼休んでるのに、ひとりで美味しそうなもの食べて! 王冠祭りのときも、わたしたちに秘密で蜂蜜漬けを食べてましたし、たまにはわたしにも美味しいものをってあれカタリナさんがいる」

「……」

 そこに立っていたのは、我がパーティに所属する精霊魔術師であり、天然ボケの代表でもある、モニカそのひとだった。