「そう言ってもらえると、俺も救われるっつーか。あのマジックを俺に教えてくれたフリオニールにも聞かせてやりたいくらいだ」
ドギマギしながら答えると、カタリナは照れくさそうに尋ねてきた。
「そ、そういえばフリオニールさんって、今どこに?」
「さぁな。5年前に別れてから会ってない。多分、変わらず世界を旅してるんだと思うけど」
フリオニールは「存在しうる全ての魔術を習得するのが夢だ」とか言っていた。なので、俺と別れた今も世界を周りながら魔術修練に明け暮れているに違いない。
人間の子供を愛でながら。
「どうして彼女と別れたの?」
「まぁ、簡単に言えば、『身の危険を感じて』かな」
「……ああ、そういうこと」
それだけでカタリナは理解してくれたらしい。
そういやカタリナも、出会っていきなりフリオニールに頭の匂いをクンクンされてたっけ。彼女の変態っぷりは良く理解しているのだろう。
「でも、そのうちひょっこり現れるだろ。そしたら、『あんたが助けたキャスはこんな素敵な女性になりました』って紹介してやるよ」
「……す、素敵?」
「あ」
しまった。つい素敵とか言っちゃった。
「いや……まぁ、剣士として……とかじゃなくて、なんていうか、その、ひとりの……女性としてさ」
「……う、うん」
素直に答えたのは、カタリナが俺に秘密を包み隠さず話してくれたからだ。ここで俺だけウソをつくのはフェアじゃない、と思った。
しばしの沈黙が暗闇の中に流れる。
そして──。
(……嬉しい。好き)
「……っ!」
久しぶりの甘々攻撃に悶絶してしまった。
ああ、本当にここが真っ暗な場所でよかったと安堵した俺だったが、今更ながらカタリナと手をつないだままだということに気づく。
足を止めてるのだから手をつなぐ必要はないだろと思ったが、ここまで話し込んだ後で話すのもなんだか気まずい。
俺は照れ隠しのための咳払いをしてから続ける。
「と、とりあえず、だな……早くこの洞窟から脱出しようぜ」
「そ、そうね」
そうして俺たちは手をつないだまま、真っ暗な洞窟の中を歩いた。
しんと静まり返った洞窟に、ふたりの足音だけが響く。
またモンスターに出くわさないか、少し心配だった。
毒は治療したとはいえカタリナの傷は完全には癒えていないし、魔力が尽きている俺は戦力にならない。
だが、幸運にも周囲にモンスターの気配は無かった。
このままいけば、無事に脱出できるかもしれない。
そう前向きに考えた俺だったが──次第に心に濃い不安が影を落とすことになった。
歩けど歩けど、一行に出口らしき場所にたどり着けなかったからだ。
それどころか、同じ場所をぐるぐると回っている雰囲気すらある。
心の声を聞くまでもなく、カタリナの手のひらからも焦りの感情が伺い知れた。
右手法を使えば出口にたどりつけるのは事実だろうが、それは「今いる場所に出口がある場合」だ。
昔使われていた坑道とはいえ、封鎖されている可能性もあるし、落盤によって出口への道が閉ざされている可能性だってある。
そうなれば、右手法を使っても永遠と同じ場所をさまよい続けることになる。
「……ん?」
色々な不安に苛まれていたとき、なにかが聞こえた気がした。
俺はすぐにカタリナを止める。
「ちょっと待てくれ」
「どうしたの?」
「今、なにか聞こえた」
はっきりとはわからなかったが、なにかの声だった気がする。
もしかして、モンスターだろうか。
俺の体が緊張でギュッと強張った。
このタイミングで接敵するのはマズい。
魔力が回復した雰囲気はないし、敵が単体であればなんとかなるかもしれないけど、群れで来られるとひとたまりもない。
俺は、全神経を視覚に集中させた。
本当なら聴覚に集中すべきだけど、俺には読心スキルがある。相手がモンスターだろうと、視覚に入れば何かしらの心の声を聞くことができるのだ。
しばし暗闇の中を凝視する。
左右と背後。
さらには頭の上まで。
(……マジで薄気味悪い場所だなぁ)
聞こえてきたのは、男の心の声だった。
(うお……壁が壊れてるじゃねぇか。下にも道があるみたいだし、落ちたら死んじまうんじゃねぇか、これ?)
落ちたら、という言葉を聞いて俺は目を凝らす。
頭上に松明を持った人影が見えた。
なんで上に人影が? と思ったが、理由はすぐにわかった。
高さが数メートルほどある天井の一部に穴があいていて、そこから誰かがこちらを覗き込んでいるようだった。
多分あれは、俺たちが巻き込まれた崩落現場。いつのまにか、元いた場所まで戻ってきてしまったのだろう。
「冒険者だ」
「え?」
「見ろ、カタリナ! あそこ! 冒険者がいるぞ!」
俺は頭上を指差した。
こんな所に来る人間といえば、相場は決まっている。
穴の向こうで松明を持った人間以外にも、何人かの影が揺れていた。
複数人いるのなら、ロープか何かを使えば引き上げてもらうこともできる。
しかし、問題はまだ残っている。どうやって彼らに俺たちの存在を認識してもらうかだ。
俺たちの声も届いてないみたいだし、こっちの存在を知らせようにも暗闇の中にいる状態では気づくはずがない。
松明もなければアルコライトの魔術も使えない。
何かないかとポーチの中を漁ったが、めぼしいものはなにもなかった。
「カタリナ! 何か光源になるものを持ってないか!?」
「光源?」
「そうだ! 上の冒険者たちに俺たちの存在を知らせるんだよ!」
カタリナは慌ててポーチの中を調べ始めたが、首を横に振った。
「ご、ごめん。わたしも何もないわ」
「くそっ……なにか彼らに知らせる方法は無いか?」
そうしている間にも、冒険者は奥に行ってしまうかもしれない。
考えろ。
時間はあまりない。だが心を落ち着かせて、冷静に考えろ。
ナーガを倒したときのように、何か思いつくはずだ。
お前は……カタリナのヒーローなんだろ!
「……ん?」
そのとき、ポケットの中に入れた手に何かが触れた。
それは何の変哲もない──1枚の銅貨だった。
俺の頭に、天啓が降りた。
「カタリナ。これが俺の最後の魔術だ」
「……えっ?」
「もしかすると、魔力切れで気を失うかもしれない。でも、これを使えば、上の冒険者は俺たちの存在に気づくはず。そしたら、お前が大声を上げて助けを求めてくれ」
俺は銅貨を握りしめ、絞りカスのような魔力を込める。
この魔術に使う魔力は本当に微々たるものだ。
でも、その変わりに銅貨を失うので懐にはメチャ痛いんだけどな!
「ちょ、ちょっとまって、一体何をするつもりなの?」
「今から、マジックを見せるんだよ」
手をひらいたとき、青白い光を放ちながら小さな妖精が飛び立った。
妖精はアルコライトのように光を放ちながら、花びらを振りまき、俺たちの周囲をくるくると周り出す。
妖精の光に照らされたカタリナの顔が見えた。
彼女は驚いているように、しかし、喜んでいるように笑っていた。
「……おい、なんだあれ?」
頭上から男の声がした。
「ねぇ、あそこに誰かいない?」
続けて、女性の声。
どうやら冒険者たちが、俺たちに気づいたらしい。
激しい頭痛に襲われた俺は、すがるようにカタリナの腕を掴んだ。
カタリナはすぐに声を張り上げる。
「助けて! 崩落に巻き込まれたの!」
洞窟の中にカタリナの声が響く。
すぐに上から声がした。
「助けて、って言ってない?」
「オイ、大丈夫か!?」
「ロープだ! ロープを出せ!」
その声を聞いた瞬間、俺の膝から力が抜け、がっくりと崩れ落ちてしまった。
ガンガンと頭痛がひどくなり、意識が朦朧としてくる。
「すまん、カタリナ。俺はもう……」
「ええ。あとはわたしに任せて」
そのとき、そっと抱きかかえられたような感覚があった。
「ピュイくん」
そして、すぐ近くからカタリナの声。
「またあなたの妖精マジックが、わたしを助けてくれたみたいね」
「……ああ。まぁ、そう……なるのかな」
あのとき、説教台の下で見せたときみたいに、か。
「あなたは本当に凄いひとよ。いつでも、いつだって……困っているわたしを助けてくれる」
「そんなことない。俺は……底辺冒険者……だし」
「ううん、そんなことはあるわ。だって、あなたはわたしのヒーローだもの。だから……だからわたしは……」
途切れかけた意識の中、カタリナの優しい声がそっと俺の耳を撫でた。
「こんなにも、あなたのことが好きなのよ」
ドギマギしながら答えると、カタリナは照れくさそうに尋ねてきた。
「そ、そういえばフリオニールさんって、今どこに?」
「さぁな。5年前に別れてから会ってない。多分、変わらず世界を旅してるんだと思うけど」
フリオニールは「存在しうる全ての魔術を習得するのが夢だ」とか言っていた。なので、俺と別れた今も世界を周りながら魔術修練に明け暮れているに違いない。
人間の子供を愛でながら。
「どうして彼女と別れたの?」
「まぁ、簡単に言えば、『身の危険を感じて』かな」
「……ああ、そういうこと」
それだけでカタリナは理解してくれたらしい。
そういやカタリナも、出会っていきなりフリオニールに頭の匂いをクンクンされてたっけ。彼女の変態っぷりは良く理解しているのだろう。
「でも、そのうちひょっこり現れるだろ。そしたら、『あんたが助けたキャスはこんな素敵な女性になりました』って紹介してやるよ」
「……す、素敵?」
「あ」
しまった。つい素敵とか言っちゃった。
「いや……まぁ、剣士として……とかじゃなくて、なんていうか、その、ひとりの……女性としてさ」
「……う、うん」
素直に答えたのは、カタリナが俺に秘密を包み隠さず話してくれたからだ。ここで俺だけウソをつくのはフェアじゃない、と思った。
しばしの沈黙が暗闇の中に流れる。
そして──。
(……嬉しい。好き)
「……っ!」
久しぶりの甘々攻撃に悶絶してしまった。
ああ、本当にここが真っ暗な場所でよかったと安堵した俺だったが、今更ながらカタリナと手をつないだままだということに気づく。
足を止めてるのだから手をつなぐ必要はないだろと思ったが、ここまで話し込んだ後で話すのもなんだか気まずい。
俺は照れ隠しのための咳払いをしてから続ける。
「と、とりあえず、だな……早くこの洞窟から脱出しようぜ」
「そ、そうね」
そうして俺たちは手をつないだまま、真っ暗な洞窟の中を歩いた。
しんと静まり返った洞窟に、ふたりの足音だけが響く。
またモンスターに出くわさないか、少し心配だった。
毒は治療したとはいえカタリナの傷は完全には癒えていないし、魔力が尽きている俺は戦力にならない。
だが、幸運にも周囲にモンスターの気配は無かった。
このままいけば、無事に脱出できるかもしれない。
そう前向きに考えた俺だったが──次第に心に濃い不安が影を落とすことになった。
歩けど歩けど、一行に出口らしき場所にたどり着けなかったからだ。
それどころか、同じ場所をぐるぐると回っている雰囲気すらある。
心の声を聞くまでもなく、カタリナの手のひらからも焦りの感情が伺い知れた。
右手法を使えば出口にたどりつけるのは事実だろうが、それは「今いる場所に出口がある場合」だ。
昔使われていた坑道とはいえ、封鎖されている可能性もあるし、落盤によって出口への道が閉ざされている可能性だってある。
そうなれば、右手法を使っても永遠と同じ場所をさまよい続けることになる。
「……ん?」
色々な不安に苛まれていたとき、なにかが聞こえた気がした。
俺はすぐにカタリナを止める。
「ちょっと待てくれ」
「どうしたの?」
「今、なにか聞こえた」
はっきりとはわからなかったが、なにかの声だった気がする。
もしかして、モンスターだろうか。
俺の体が緊張でギュッと強張った。
このタイミングで接敵するのはマズい。
魔力が回復した雰囲気はないし、敵が単体であればなんとかなるかもしれないけど、群れで来られるとひとたまりもない。
俺は、全神経を視覚に集中させた。
本当なら聴覚に集中すべきだけど、俺には読心スキルがある。相手がモンスターだろうと、視覚に入れば何かしらの心の声を聞くことができるのだ。
しばし暗闇の中を凝視する。
左右と背後。
さらには頭の上まで。
(……マジで薄気味悪い場所だなぁ)
聞こえてきたのは、男の心の声だった。
(うお……壁が壊れてるじゃねぇか。下にも道があるみたいだし、落ちたら死んじまうんじゃねぇか、これ?)
落ちたら、という言葉を聞いて俺は目を凝らす。
頭上に松明を持った人影が見えた。
なんで上に人影が? と思ったが、理由はすぐにわかった。
高さが数メートルほどある天井の一部に穴があいていて、そこから誰かがこちらを覗き込んでいるようだった。
多分あれは、俺たちが巻き込まれた崩落現場。いつのまにか、元いた場所まで戻ってきてしまったのだろう。
「冒険者だ」
「え?」
「見ろ、カタリナ! あそこ! 冒険者がいるぞ!」
俺は頭上を指差した。
こんな所に来る人間といえば、相場は決まっている。
穴の向こうで松明を持った人間以外にも、何人かの影が揺れていた。
複数人いるのなら、ロープか何かを使えば引き上げてもらうこともできる。
しかし、問題はまだ残っている。どうやって彼らに俺たちの存在を認識してもらうかだ。
俺たちの声も届いてないみたいだし、こっちの存在を知らせようにも暗闇の中にいる状態では気づくはずがない。
松明もなければアルコライトの魔術も使えない。
何かないかとポーチの中を漁ったが、めぼしいものはなにもなかった。
「カタリナ! 何か光源になるものを持ってないか!?」
「光源?」
「そうだ! 上の冒険者たちに俺たちの存在を知らせるんだよ!」
カタリナは慌ててポーチの中を調べ始めたが、首を横に振った。
「ご、ごめん。わたしも何もないわ」
「くそっ……なにか彼らに知らせる方法は無いか?」
そうしている間にも、冒険者は奥に行ってしまうかもしれない。
考えろ。
時間はあまりない。だが心を落ち着かせて、冷静に考えろ。
ナーガを倒したときのように、何か思いつくはずだ。
お前は……カタリナのヒーローなんだろ!
「……ん?」
そのとき、ポケットの中に入れた手に何かが触れた。
それは何の変哲もない──1枚の銅貨だった。
俺の頭に、天啓が降りた。
「カタリナ。これが俺の最後の魔術だ」
「……えっ?」
「もしかすると、魔力切れで気を失うかもしれない。でも、これを使えば、上の冒険者は俺たちの存在に気づくはず。そしたら、お前が大声を上げて助けを求めてくれ」
俺は銅貨を握りしめ、絞りカスのような魔力を込める。
この魔術に使う魔力は本当に微々たるものだ。
でも、その変わりに銅貨を失うので懐にはメチャ痛いんだけどな!
「ちょ、ちょっとまって、一体何をするつもりなの?」
「今から、マジックを見せるんだよ」
手をひらいたとき、青白い光を放ちながら小さな妖精が飛び立った。
妖精はアルコライトのように光を放ちながら、花びらを振りまき、俺たちの周囲をくるくると周り出す。
妖精の光に照らされたカタリナの顔が見えた。
彼女は驚いているように、しかし、喜んでいるように笑っていた。
「……おい、なんだあれ?」
頭上から男の声がした。
「ねぇ、あそこに誰かいない?」
続けて、女性の声。
どうやら冒険者たちが、俺たちに気づいたらしい。
激しい頭痛に襲われた俺は、すがるようにカタリナの腕を掴んだ。
カタリナはすぐに声を張り上げる。
「助けて! 崩落に巻き込まれたの!」
洞窟の中にカタリナの声が響く。
すぐに上から声がした。
「助けて、って言ってない?」
「オイ、大丈夫か!?」
「ロープだ! ロープを出せ!」
その声を聞いた瞬間、俺の膝から力が抜け、がっくりと崩れ落ちてしまった。
ガンガンと頭痛がひどくなり、意識が朦朧としてくる。
「すまん、カタリナ。俺はもう……」
「ええ。あとはわたしに任せて」
そのとき、そっと抱きかかえられたような感覚があった。
「ピュイくん」
そして、すぐ近くからカタリナの声。
「またあなたの妖精マジックが、わたしを助けてくれたみたいね」
「……ああ。まぁ、そう……なるのかな」
あのとき、説教台の下で見せたときみたいに、か。
「あなたは本当に凄いひとよ。いつでも、いつだって……困っているわたしを助けてくれる」
「そんなことない。俺は……底辺冒険者……だし」
「ううん、そんなことはあるわ。だって、あなたはわたしのヒーローだもの。だから……だからわたしは……」
途切れかけた意識の中、カタリナの優しい声がそっと俺の耳を撫でた。
「こんなにも、あなたのことが好きなのよ」