カタリナの言葉で、推測が確信に変わった。
フリオニールと立ち寄った廃村──。
そこの教会で助けたのが、夢にも出てきた銀髪の少女キャスだ。
フリオニールと保護した多くの生存者の中で、キャスのことが記憶に残っているのは、彼女とは一週間ほど一緒に旅をすることになったからだ。
立ち寄った教会で引き取りを拒まれ、次の街で孤児院に引き取ってもらうまで寝食を共にしていた。
「で、でも、教えてもらった名前は違ったよな?」
「それはそうよ。『カタリナ』は孤児院から引き取ってくれたお父様とお母様につけてもらった名前だもの」
「ああ、なるほど……」
そういうことか。
キャスは亡くなった両親につけてもらった名前で、カタリナは孤児院から彼女を引き取ったクレール家の人間につけてもらった名前というわけか。
両親が亡くなったと言っていたから、てっきりクレール家が没落したのかと勘違いしていた。
しかし、まさかあのキャスがカタリナだったなんて。
「なんていうか……すっかり大きくなったんだな?」
「それはそうでしょ。もう10年も経ってるからね。ピュイくんこそ、大人になっていて驚いたわ」
「まぁ、10年も経ってるからな」
そう返すと、カタリナはくすりと笑った。
悲惨な生活を送っていなくて本当によかったと改めて思った。
悲惨どころか、俺以上の生活をしていたなんて……素直に嬉しい。
「もっと早く言ってくれればよかったのに」
「『わたしはあなたに助けられたキャスです』って? そんなこと言ったら、わたしの前から消えちゃうかもしれないじゃない」
「え? なんで?」
「あなた、宮廷魔術師になるのが夢だったんでしょ?」
「……あ」
そういえば、そんなことを話していたな。
当時の俺は、魔術師になるためにフリオニールに師事していたが、夢は王宮に使える魔術師のエリート、宮廷魔術師だった。
魔力が常人より多いということがわかり、他人よりも優れていると勘違いした俺は、将来は宮廷魔術師になれると真剣に思っていた。
もしかして、カタリナが躍起になって剣術で名を上げようとしていたのも、その俺の夢があったからなのかもしれない。
エリートの宮廷魔術師になった俺の隣に立とうとして、肩を並べようとして、剣の腕を鍛えていたんじゃないだろうか。
だが、いざ蓋を開けてみれば「これ」だ。
10年の歳月を経て、俺が流れ着いたのは日銭を稼ぐ冒険者。それも、最底辺の。
だからカタリナは名乗り出せなかったのだろう。俺がひけめを感じて、いなくなってしまわないかと不安に思ったのだ。
「失望したろ?」
暗闇の中にうっすらと見えるカタリナに尋ねた。
「宮廷魔術師を目指していたあのピュイさんが、まさかこんな底辺冒険者になってたなんてさ?」
その疑問が見当違いだということは、俺自身よくわかっていた。
なにせカタリナは、俺に再会したときから心の中でデレまくっていたのだ。俺に失望なんてしているわけがない。
だが、そう尋ねずにはいられなかったのは、後ろめたさがあったからだ。
いっそ「失望したわ」といつもみたいに辛辣な言葉をかけてくれたほうが、いくらか救われる気がした。
「……」
しかし、カタリナは何も答えなかった。
洞窟の中は痛いほどにしんと静まり返っている。
モンスターの気配もなく、俺の心臓の鼓動だけが静かに聞こえていた。
「……今でもあのときのことを夢に見ることがあるの」
そっとカタリナが口を開いた。
「村を襲ってきた野盗たちの笑い声と、逃げ惑うひとたちの悲鳴。『教会に隠れてなさい』と言った、お母さんの怯えた顔。教会に駆け込んだときに見えた、村を焼く赤い炎。教会の扉が壊れる音。ひとりぼっちの心細さ」
そこでカタリナは恐怖を押し殺すように、ふっと息を飲んだ。
「でも、その夢はいつもピュイくんで終わる。あのとき……あなたが説教台の下で見せてくれた、あの『妖精』で」
妖精。
銅貨を使った、妖精のマジックだ。
「本当に綺麗だった。キラキラとした妖精を見て、久しぶりに笑ったのを覚えてる。あんなことができるピュイくんは凄いと思ったし……すごくかっこよかった」
暗闇のせいでカタリナの表情は見えなかったが、笑っているのが雰囲気でわかった。ほっと安堵するように、目を細めているのが見えなくてもわかった。
「ピュイくんはわたしにとって、ヒーローなの。それは変わらないわ。何年経っても……あなたが何者になろうとも」
そしてカタリナは、心の中で囁く。
(だから、あなたのことが好きになった。もう一度あなたに逢いたくて……あなたをずっと探していた)
頬が燃えるように熱くなった。
明かりがない場所で良かったとつくづく思う。
それがカタリナが俺にだけデレていた理由ってことか。
あのとき……カタリナが俺に会うなり「パーティに入れてくれ」と言ったとき、心の中がはしゃぎまくっていたのもうなずける。
何年も想い続けていた相手とようやく再会できれば、誰だってそうなるだろう。
「……なんつーか、ありがとうな?」
しばらく適切な言葉を探して……俺の口から出てきたのは、そんなお礼の言葉だった。
フリオニールと立ち寄った廃村──。
そこの教会で助けたのが、夢にも出てきた銀髪の少女キャスだ。
フリオニールと保護した多くの生存者の中で、キャスのことが記憶に残っているのは、彼女とは一週間ほど一緒に旅をすることになったからだ。
立ち寄った教会で引き取りを拒まれ、次の街で孤児院に引き取ってもらうまで寝食を共にしていた。
「で、でも、教えてもらった名前は違ったよな?」
「それはそうよ。『カタリナ』は孤児院から引き取ってくれたお父様とお母様につけてもらった名前だもの」
「ああ、なるほど……」
そういうことか。
キャスは亡くなった両親につけてもらった名前で、カタリナは孤児院から彼女を引き取ったクレール家の人間につけてもらった名前というわけか。
両親が亡くなったと言っていたから、てっきりクレール家が没落したのかと勘違いしていた。
しかし、まさかあのキャスがカタリナだったなんて。
「なんていうか……すっかり大きくなったんだな?」
「それはそうでしょ。もう10年も経ってるからね。ピュイくんこそ、大人になっていて驚いたわ」
「まぁ、10年も経ってるからな」
そう返すと、カタリナはくすりと笑った。
悲惨な生活を送っていなくて本当によかったと改めて思った。
悲惨どころか、俺以上の生活をしていたなんて……素直に嬉しい。
「もっと早く言ってくれればよかったのに」
「『わたしはあなたに助けられたキャスです』って? そんなこと言ったら、わたしの前から消えちゃうかもしれないじゃない」
「え? なんで?」
「あなた、宮廷魔術師になるのが夢だったんでしょ?」
「……あ」
そういえば、そんなことを話していたな。
当時の俺は、魔術師になるためにフリオニールに師事していたが、夢は王宮に使える魔術師のエリート、宮廷魔術師だった。
魔力が常人より多いということがわかり、他人よりも優れていると勘違いした俺は、将来は宮廷魔術師になれると真剣に思っていた。
もしかして、カタリナが躍起になって剣術で名を上げようとしていたのも、その俺の夢があったからなのかもしれない。
エリートの宮廷魔術師になった俺の隣に立とうとして、肩を並べようとして、剣の腕を鍛えていたんじゃないだろうか。
だが、いざ蓋を開けてみれば「これ」だ。
10年の歳月を経て、俺が流れ着いたのは日銭を稼ぐ冒険者。それも、最底辺の。
だからカタリナは名乗り出せなかったのだろう。俺がひけめを感じて、いなくなってしまわないかと不安に思ったのだ。
「失望したろ?」
暗闇の中にうっすらと見えるカタリナに尋ねた。
「宮廷魔術師を目指していたあのピュイさんが、まさかこんな底辺冒険者になってたなんてさ?」
その疑問が見当違いだということは、俺自身よくわかっていた。
なにせカタリナは、俺に再会したときから心の中でデレまくっていたのだ。俺に失望なんてしているわけがない。
だが、そう尋ねずにはいられなかったのは、後ろめたさがあったからだ。
いっそ「失望したわ」といつもみたいに辛辣な言葉をかけてくれたほうが、いくらか救われる気がした。
「……」
しかし、カタリナは何も答えなかった。
洞窟の中は痛いほどにしんと静まり返っている。
モンスターの気配もなく、俺の心臓の鼓動だけが静かに聞こえていた。
「……今でもあのときのことを夢に見ることがあるの」
そっとカタリナが口を開いた。
「村を襲ってきた野盗たちの笑い声と、逃げ惑うひとたちの悲鳴。『教会に隠れてなさい』と言った、お母さんの怯えた顔。教会に駆け込んだときに見えた、村を焼く赤い炎。教会の扉が壊れる音。ひとりぼっちの心細さ」
そこでカタリナは恐怖を押し殺すように、ふっと息を飲んだ。
「でも、その夢はいつもピュイくんで終わる。あのとき……あなたが説教台の下で見せてくれた、あの『妖精』で」
妖精。
銅貨を使った、妖精のマジックだ。
「本当に綺麗だった。キラキラとした妖精を見て、久しぶりに笑ったのを覚えてる。あんなことができるピュイくんは凄いと思ったし……すごくかっこよかった」
暗闇のせいでカタリナの表情は見えなかったが、笑っているのが雰囲気でわかった。ほっと安堵するように、目を細めているのが見えなくてもわかった。
「ピュイくんはわたしにとって、ヒーローなの。それは変わらないわ。何年経っても……あなたが何者になろうとも」
そしてカタリナは、心の中で囁く。
(だから、あなたのことが好きになった。もう一度あなたに逢いたくて……あなたをずっと探していた)
頬が燃えるように熱くなった。
明かりがない場所で良かったとつくづく思う。
それがカタリナが俺にだけデレていた理由ってことか。
あのとき……カタリナが俺に会うなり「パーティに入れてくれ」と言ったとき、心の中がはしゃぎまくっていたのもうなずける。
何年も想い続けていた相手とようやく再会できれば、誰だってそうなるだろう。
「……なんつーか、ありがとうな?」
しばらく適切な言葉を探して……俺の口から出てきたのは、そんなお礼の言葉だった。