報酬金を無視した「数の効率」を考える上で重要なのが、討伐時間と移動時間のバランスだ。

 理想を言えば、同じ場所で弱いモンスターの討伐依頼を5つ受けたいところなのだが、そんな依頼が運良く出ている可能性は極めて低い。

 なので、移動時間と討伐時間のバランスを考えて、依頼を見繕う必要がある。

 掲示板に貼り出されている依頼の中で、俺の目に止まったのは街の北部にある、とある洞窟での依頼だった。

 この洞窟は、以前は「白銀鋼(ミスリル)」や「蒼白鉱(ダマスカス)」といった希少鉱石が採鉱されていたが、モンスターが出没するようになって廃坑になってしまったらしい。

 そのときに完全に埋めてしまえばよかったのだが、金を使いたくないと考えた領主ルイデは、そのまま放置してしまった。

 そのせいで、最近、洞窟を住処にしていたモンスターが食べ物を求めて近隣の村の住人を襲うという事件が頻発しているのだという。

 俺がチョイスした依頼は、洞窟に巣食うコウモリのモンスター「ヴァンパイア・バット」、蜘蛛のモンスター「ブラックウィドウ」、そして、蛇のモンスター「ナーガ」を各5匹以上討伐せよというもの。

 そして、その洞窟で取れる希少な鉱石の採掘依頼の計4つ。

 楽な採掘依頼が残されていたのは、洞窟のモンスターを討伐しないと安全に採掘ができないからだろう。

 なんというか、まさに俺のために出されたような依頼だった。

 3種のモンスター討伐と、採掘依頼をひとつ。

 それを達成すれば、冒険者試験を受けることができる。

「じゃあ、まずはモンスターの討伐からやるわよ」

 件(くだん)の洞窟の前──。

 ぼろぼろに朽ち果てた廃坑の入り口を望みながら、いつものフル装備に着替えてきたカタリナが意気揚揚と言った。

 そんなカタリナに俺は尋ねた。

「大丈夫、だよな?」

「……何が?」

「いや、なんだか不安になってさ」

「不安ですって? 一体、誰に向かって言ってるのよ? わたしはカタリナ・フォン・クレールよ?」

 カタリナは不服そうに目を細める。

 対象はDランク冒険者が受ける討伐依頼だ。AAランクの自分にかかれば、簡単に達成できると言いたいのだろう。

 だが、俺が心配しているのはそこではない。

 少し前に受けた「歩きキノコ討伐」のときのようなことが起きないか心配しているのだ。

 またあのときみたいにポンコツになってしまったら、冒険者試験は絶望的になる。

「……とにかく、大丈夫だから」

 何かを察したのか、カタリナが気まずそうに言う。

「この前みたいなことは絶対、起きないから。今回は……なんていうか、そんな余裕、無いし」

「余裕?」

「絶対に5つの依頼を達成させるって目的があるでしょ? だから、今回は前のときみたいなミスはしないわ」

 カタリナの目の奥に、並々ならぬ決意を感じた。

(それに、ピュイくんとふたりで行動するのにも慣れてきたし)

 口だけだったら懐疑的になっていたかもしれないけれど、その心の声で、俺はカタリナの言葉がすっと腹に落ちた。

 ここ数ヶ月の間に、カタリナとは色々とあった。

 依頼の後の反省会。

 王冠祭り。

 歩きキノコ討伐依頼。

 モンティーヌ城のスケルトン討伐。

 そして、泥酔ドキドキ送迎事件。

 確かにこれだけのことがあれば、ふたりで行動するのにも慣れるだろう。

 ──まぁ、なんだか少しさみしくもあるけれど。

「……わかった。頼むぜ、カタリナ」

「ええ、任せなさい」

 そうして俺たちは、洞窟の中へと入っていく。

 カタリナを先頭に足を踏み入れた廃坑の中は真っ暗だった。

 もう何年も誰も立ち入っていないモンスターの巣窟なので、当然といえば当然なのだが、まとわりつくような暗闇のせいで、すぐ前を歩いているカタリナの背中すら見えない。

 俺はすぐに火打ち石で松明に明かりを灯した。

 今回は、しっかりと松明を用意してきた。

 アルコライトの魔術を使えば松明なんて必要ないが、長丁場になることを考慮して、できるかぎり魔力は温存したいと考えたからだ。

 ぼんやりとした明かりが、周囲を照らす。

 周りを見て、危険だなと思った。

 素人目にも経年劣化で坑道の壁面が崩落しかけているのがわかる。

「注意しろカタリナ。あまり派手に動くと壁が崩れるかもしれない」

「そうね」

 どうやらカタリナも壁が崩れかけていることに気づいたらしい。

「できるだけ壁から離れて戦ったほうが良さそうね。相手は亜人種じゃないし、気をつけていれば問題ないわ」

 亜人種とはリザードマンやゴブリンなどの知能が高いモンスターのことを指す。

 こんな場所で亜人種と戦えば、わざと崩落を誘発させてくるような攻撃をしかけてくるかもしれないが、今回の討伐対象に亜人種はいない。

「ピュイくんも、できるだけ壁から離れて──」

 と、カタリナが注意を促してきたときだ。

 突然、洞窟の天井から大きな影が襲いかかってきた。

「カタリナ!」

「ええ! 見えてる!」

 腰から抜いたカタリナの剣が飛びかかってきた影と交差した瞬間、金属がかち合うような音が響いた。

 松明の明かりだけでは危険だと判断した俺は、灯火魔術のアルコライトを発動させる。

 魔力を温存したせいで怪我をしたので回復魔術を使います──じゃ、本末転倒すぎるからな。

「視界を確保するぞ!」

 松明よりも明るい光が、襲いかかってきたそれを浮かび上がらせる。

 暗闇の中から襲いかかってきたのは、巨大なコウモリ──ヴァンパイア・バットだった。

 大きさは子供ほどだが、鋭い爪と牙は鋼の刃よりも鋭く、その変則的な動きに翻弄されて命を落とす冒険者も少なくない。

 視界が悪い洞窟内であれば、危険度はさらに増す。

 だが、それは一般冒険者の話だ。

 AAクラス冒険者のカタリナにとって、ヴァンパイア・バットは障害でもなんでもなかった。

「そこっ!」

 空中に放たれたカタリナの鋭い一撃は、的確にヴァンパイア・バットの心臓を貫く。

 甲高い断末魔が響き、地上に落下してきたヴァンパイア・バットはピクリとも動かなくなった。

 思わず称賛の声を上げたくなった。

 最小限の動作で確実に仕留めるカタリナの技は、何度見ても鮮やかすぎる。

「怪我は、ない……よな?」

「ええ」

 カタリナが剣の切っ先に付いた血を振り払う。

 怪我どころか、ホコリのひとつも付いてなさそうだ。

 俺はアルコライトの光で周囲を警戒する。

 ヴァンパイア・バットは群れで行動するモンスターだ。潜んでいるのが1匹だけというのは考えづらい。

「気配はないわね」

 しんと静まり返った洞窟に、カタリナの声が浮かんだ。

「とりあえず奥に進むわよ。コウモリがあと4匹……それに蜘蛛と蛇も討伐しないといけないからね」

「そうだな」

 不意打ちに近い遭遇だったが、洞窟に入って早速ヴァンパイア・バットを1匹討伐できたのは幸先がいい。

 討伐の証拠としてコウモリの耳を切り落とし、再び松明に火を灯してから、俺たちはさらに洞窟の奥へと足を進めた。

 俺の目に、銀色に輝く鉱石が止まったのは、そんなときだった。