「ピュイさんたちは、何を飲みます?」

 思い出にふけっていたとき、モニカが店のメニューを手渡してきた。しかし俺は、受け取ることなく即答する。

「もちろんエールで」

 とりあえずエール。それ以外にはありえない!

「えーっと、わたしは……」

 と、カタリナの視線がガーランドの手元でピタリと止まった。

「……それは何を食べているの?」

「ん? これか? ただのベニエだが?」

「ベニエ? って、ペイストリーを揚げたやつ?」

「ああ。果物をたくさん入れて、ドーナツみたいに揚げたものだな。俺の大好物で、家でも妻によく作ってもらっているのだ」

 こう見えてガーランドには奥さんがいて、ふたりの娘がいる。

 黒い鎧を着て巨大な斧を振り回している巨漢が、家では娘にデレデレしているらしい。聞いた話では、こんな恐ろしい顔をしているくせに子供と話すときは「でちゅね〜」みたいな赤ちゃん言葉だという。実に親バカだ。

 ちなみにガーランドの奥さんは、俺たちと同じ冒険者をやっている。今日も依頼に出ていると言っていたので、もしかするとこの酒場にいるかもしれない。

「へぇ、ガーランドってこういうものが好きだったのね。なんだか意外だわ」

 カタリナがベニエを手にとって不思議そうに言った。

「そうか? 好きな食べ物なんて、そんなものだろう?」

「そう、なのかな?」

「ちなみに、お前は何が好きなのだ?」

「……え? わたし?」

 カタリナは、尋ねられてキョトンとする。

「カ、カタリナさんは、高級料理が好きそう……ですね」

 そう言ったのは、恥ずかしそうに肩をすくませているサティだ。こいつは極度の人見知りで、最近ようやくカタリナとも少し話すようになった。

「カタリナさんって、き、貴族の方によく晩餐に誘われていますし……」

「誘われているのは事実だけど、好みは至って普通よ?」

「……あ! わたし良いこと考えた!」

 突然、モニカが勢いよく立ち上がった。

「今からカタリナさんの好きな食べ物当てっこゲームやりませんか?」

「当てっこゲーム?」

 首をかしげる俺。

「ひとりづつ質問して、カタリナさんの好きな食べ物を当てるんですよ。どうです? 面白そうでしょ?」

 全然面白そうじゃない。

 ……が、加入して日が浅いカタリナとメンバーが親睦を深めるためには、アリなのかもしれないな。

 カタリナが慌てて割って入る。

「ちょ、ちょっとまって。どうしてわたし?」

「メンバーの好みは全員知ってるからな。知らないのはカタリナだけだ」

 俺が皿からベニエをつまみ食いしながら答える。

「ちなみにモニカが好きなのがシロップたっぷりのパンケーキ。サティは油が滴ってる焼き立ての子豚の香草焼き」

「ピュイさんが、カスタードプディングなんですよね〜」

「カスタードプディング? スイーツの?」

 モニカの言葉を聞いて、カタリナが胡乱な目で俺を見る。

「……子供?(……可愛い)」

「うるせぇ」

 心の声とハモるんじゃねぇ。

「ピュイのカスタードプディング好きは病気レベルだからな。ヴィセミルには『ピュイを喜ばせるにはカスタードプディングと牛肉をあてがっておけばいい』という言い回しがあるくらいだ」

「ねぇよ!」

 適当なことを言ってるんじゃねぇよ、ガーランド。

 まぁ、あながち間違ってはいないけどさ。

「で、でも、カタリナさんの好きな食べ物当てゲームはおもしろそう、です」

 サティがモジモジと控えめに続ける。

「ほ、報酬があったら……もっとおもしろそうですけれど……」

「報酬か」

 ガーランドが納得したように頷く。

「確かにそうだな。勝負に報酬はつきものだからな」

 報酬があるほうが燃えるけれども、くだらないゲームに違いはない。

 すかさずモニカが手を挙げる。

「はいは〜い! じゃあ、当てられたらカタリナさんにその料理を『あ〜ん』してもらえるってのはどうですか?」

「え? 報酬なのそれ? ていうか、わたしにそんなことしてもらって、嬉しいの?」

「嬉しいに決まってるじゃないですか! わたしはいつでもカタリナさんにあ〜んしてもらいたいです」

「それくらいなら、いつでもやってあげるけど」

「えっ!? 本当ですか!? ……あ、でも、せっかくなのでゲームに勝ってからやってもらいますね」

 にひひと笑うモニカ。どこからそんな自信が湧いてくるのか知らないが、勝つ気でいるらしい。

 ガーランドが難しそうに腕を組む。

「しかし、それではカタリナにゲームをやるメリットがないな。例えば……そうだな、全員外れたらカタリナは晩飯の支払いを免除というのはどうだ?」

「あ、名案ですね!」

 嬉しそうに手を叩くモニカ。

「あと、外したひとはカタリナさんの好きなところをひとつ言う、っていうのも付け足しません?」

「い、いいですね。なんだかカタリナさんと、もっと仲良くなれそう……」

 恥ずかしそうにサティが言う。カタリナはつまらなさそうにしているけれど、反論しないところを見ると乗り気なのかもしれない。

「……で? あなたもやるつもりなの?」

 そんなカタリナが、冷ややかな目を俺に向けてくる。

「いや、俺は──」

 エールに溺れたいから参加しない。

 そう答えようと思ったが、その言葉を飲み込んでしまった。

 もしかすると、これは良いチャンスではないだろうか。

 ここで俺が言い当てたなら、胸中デレでいつも俺を苦しませているカタリナに、恥辱の仕返しができるかもしれない。

 ツンツンしながらも、恥ずかしそうに俺にあ〜んしてくれるカタリナ──。

 見たい。

 なんだか、すげぇ見たい。

 羞恥プレイでカタリナを苦しめてやりたい!

 これは、参加しない手はない。


 勝機は俺にある。

 なぜなら俺は──すでに読心スキルでカタリナの好きなものを知っているのだ!