「……あっ、いや、なんでもないですごめんなさい」

 まくしたてるようにモニカが言う。

(つ、つい口にでちゃいましたけど、恋愛に性別は関係ないと思う派ですよわたしは! 応援してますからね、ピュイさん!)

 頭の中が大混乱になっていた俺は、返答に仇してしまった。

 これは違う意味でマズいんじゃないだろうか。

 色恋沙汰でドロドロのヌマヌマになる以上に、パーティ崩壊の危機な気がする。

「ま、待てモニカ。俺は──」

「ああっ! そういえば、服飾店に魔導衣を出してるんだった! 引き取りにいかなきゃ!」

 俺の言い訳を遮って、モニカが飛び上がるように立ち上がった。

「じゃ、そういうことで! 皆さん、また明日!」

 モニカは真っ赤な瞳を泳がせながら、シュタッと手を上げる。

 いやいや、いつもの魔導衣、着てるじゃないか……というツッコむ暇もないまま、モニカは逃げるように俺たちの前から去っていった。

 呆然とした表情で、去ったモニカのほうを見つめる俺たち。

「あ、あの、ピュイさん」

 サティがそっと耳打ちしてきた。

「……頑張って、くださいね?」

「え?」

「わたし、パーティ内恋愛は節度が守られていれば賛成派なので」

「あ、う……?」

「あ、あの……ええっと……」

 サティがもじもじと何かを言いたそうに身を悶えさせる。

 そして、覚悟を決めてキッと俺の顔を見たが──

「な、なんでもないです……」

 顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
 
 何が言いたかったんだとメチャクチャ気になったが、すぐに彼女の心の声が聞こえてくる。
 
(カタリナさんもピュイさんのことを、好きなんだと思いますよっ!)

「……っ!?」

 モロにバレてた。

 いやまぁ、そりゃあバレるよな。

 モニカみたいな天然でも無い限り、わかっちゃうよな。

「それでは、わたしも帰りますね……」

 サティがそっと席を立つ。

「あ、ああ、うん。ありがとうな」

「い、いえいえ。わたしは何も……カタリナさんも、また」

「……ええ、また明日……」

 息を吹きかければ消えてしまいそうな声でカタリナが返す。

 サティは何かを言いたそうにカタリナをじっと見ていたが、すぐにぱたぱたと足早に立ち去った。

 残されたのは、気まずい空気。

 それと、抜け殻みたいになっているカタリナと俺。

「お、俺……ちょっと酒飲んでから……帰るわ」

 俺は瀕死の声で切り出した。

 酒を飲んで全てを忘れなければ、明日の依頼に影響が出てしまう。

「じゃ、じゃあ、わたしも飲んじゃおうかな?」

「……え」

「え?」

 意外すぎる提案にギョッとしたら、カタリナに瞠目しかえされた。

「い、いや、なんだかわたしもお酒を飲みたいな〜って思って。ダメ、かな?」

「いやいや、全然ダメってわけじゃないけど……俺、酔ったら変なこと言いそうだからさ」

「そんなの、別に気にしない……けど」

 カタリナの声が尻すぼみで小さくなっていく。

 はっとしてカタリナを見たら、顔を真っ赤にしていた。

 鼓動が速くなっていく。

 それって、もしかして、受け入れてくれるってことなのか?

 一瞬、「じゃあ、一緒に飲むか」と出かけた言葉をぐっと飲み込む。

 いやいや待て待て。

 それは色々とマズい。

 今、一緒に酒なんて飲んだら──マジで全部言ってしまいそうだから!

 ……って、何をだ!?

「お、俺が気にするっての。なんていうか、タイミングは今じゃない……からさ」

「タイミング?」

「……あ、いや、違う」

 慌てて言葉を飲み込む。

 マジで何を言ってるんだ俺は。

 挙動不審に陥っている間に、カタリナがずいっと顔を近づけてくる。

「いう? いつ、ならいいの?」

「あ、う、ええと……」

「いつ、そのタイミングが来るの?」

 綺麗な翡翠色の瞳に至近距離から見つめられ、俺の理性は崩壊寸前だった。

「冒険者試験、終わって……ランクがCになったら、とか?」

 息も絶え絶えな俺の口から出てきたのは、そんな言葉だった。

 何か深い意味があるわけじゃないし、完全に無意識で出てきた言葉だったが──

「わかった」

 カタリナは嬉しそうにコクリと頷いた。

 しかし、次の瞬間、スッと目を細める。

「……だったら、絶対合格しなさいよ?」

 そして、冷ややかな声で言う。

 これは完全に懐疑心を抱かれている。

 俺は慌てて返す。

「が、頑張るよ。というか、まず試験を受けられるように、個人依頼をやらないとだけど」

「え? まさか、まだ規定数に達してないわけ?」

「まだだけど、ガーランドに手伝ってもらってるから、このまま行けば大丈夫だ」

 多分、とは心の中で付け加える。

 試験を受けることを決めてから、パーティの依頼を終わらせた後でガーランドに個人依頼を手伝ってもらっている。
 
 カタリナが俺にツケてくれていた分もあるので、このまま行けば問題なく試験を受けられるはずだ。

 ──何も問題が起きなければ。

「……じゃあ、わたしも手伝う」

 何かを察したのか、カタリナがぽつりと言った。

 俺の視線に気づいたカタリナは、顔を横に振りながら慌てて弁明してきた。

「か、勘違いしないでよ? これは……そう、この前、家まで送ってくれたお礼だからね?」

 そう言ってそっぽを向くカタリナだったが──

(依頼でぎこちなかったのはわたしのせいみたいだし、個人実績が遅れている原因はわたしにあるようなものでしょ? だったら、わたしも手伝わなきゃ!)

 俺は心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 依頼でぎこちなかったのは、俺が勝手に悶々としていただけであって、カタリナはなにも悪くない。

 本当にごめん、と謝りたくなったが、ここで言うべきは謝罪の言葉では無いと思った。

「ありがとうな」

「……っ」

 びくり、とカタリナが肩をすくめた。

 多分、意表を突かれたひとことだったのだろう。

 カタリナは悔しそうに俺をキッと睨みつけてくる。

「……とりあえず、明日から個人依頼、やるからね? 深酒なんてしないでよ?」

「はい。肝に銘じておきます」

 つい、敬語が出てきてしまった。

 これじゃあ、どっちがパーティリーダーなのかわからん。

 いや、ランクも実績も名声も、すべてにおいてカタリナのほうがリーダーっぽいんだけどさ。

 カタリナがそっと席を立つ。

「じゃあ、また明日」

「おう、またな」

 金熊亭を出ていくカタリナの背中を見て、そういえばと思い出す。

 直視できなかったカタリナの顔が、いつの間にかちゃんと見られるようになっていた。

 モヤモヤとしていたものが、しっかりと整理されたからだろうか。

 それとも、このモヤモヤの正体がカタリナにバレてしまったからだろうか。

 ふと、頭に浮かんだのはカタリナのセリフだった。

 ──いつならいいの? いつ、そのタイミングが来るの?

「……マジで、試験に合格したら、言うのか?」

 このモヤモヤの正体を、ちゃんとした言葉で、カタリナに──

「ああああ、くそ! なに言っちゃってんだよ俺! キモすぎるだろ!」

 脳が痒くなって、ガシガシと頭をかきむしった。

 恥ずかしさで死にしそうだった。

 今すぐ穴を掘って、地中深くに埋まってしまいたいと切に願った俺は、ゆっくりと身悶えするようなため息を吐いてから、給仕を呼んだ。