「ピュイくんが深刻な悩みを抱えてるってサティから聞いたから来てみたんだけど……全然悩んでいるように見えないわね?」

 現れたカタリナは、ジトリと軽蔑の眼差しを俺に向ける。

(なによ、心配して損したじゃない。わたしじゃなくてサティちゃんに相談したってのも気に食わないし)

 どちらかというと、そっちのほうが不満だと言いたげなカタリナ。

 無理言わないでくださいよ、と心の中で返す。

 お前のことで悩んでるんだから、本人に相談できるわけないだろ。

 カタリナがモニカに尋ねる。

「それで、もう悩みは解決したのかしら?」

「う〜ん、どうでしょう? 解決したような、してないような……」

「そもそも、相談ってなんだったの?」

「え? え〜っと……」

 モニカはもじもじと体を揺すりながら俺を見た。

 その視線に、俺は危機感を覚えてしまった。

 俺に好きな相手が出来た……なんてモニカの口から出たら、とんでもないことになる能性が高い。

 ここは話を濁しておくべきか。

「実はピュイさんに好きな女性が出来たらしくてですね」

 畜生! この天然娘! 

 その口、沈黙魔術で永久に閉じさせたろか!

「好きな女性……へぇ、そう」

 しかし、意外にもカタリナは冷静だった。

 いつものカタリナだったら、「そんなくだらない相談? 死ねば?」なんて、辛辣モードに入るか、「もしかしてわたしのことを!?」というお花畑モードに入ると思っていたのだが。

 まさかこれは、冷静にブチ切れているパターンなのか!? 

 と思ったが──違っていた。

 カタリナは涼しい顔のまま俺の正面に座ろうとしたが、椅子がないところに腰をおろしてしまい、すてんと尻もちをついた。

「カタリナ?」

「……」

 カタリナは無言でのっそりと立ち上がると、フラフラとおぼつかない足取りで椅子に座った。

 俺たちのテーブルではなく、ひとつ隣の。

 そのテーブルで酒を飲んでいたふたりの男が、唖然とした顔でカタリナを見る。

「ちょ、カ、カタリナさん!?」

 サティが慌てて隣の席に走った。

「な、な、何をしているんですか!?」

「ええ、わたしは今日も元気よ。だってトマトも緑色のスープですもの」

「カ、タリナさんっ! 何を言ってるんですかっ! き、気を確かにっ!」

 サティがゆさゆさとカタリナの体を揺すりまくる。

 サティに無理やり運ばれてきたカタリナは、アンデッドモンスターも素足で逃げてしまうくらいに虚ろな目をしていた。

 これはもしかして、茫然自失モードというやつなのか。

 見た目だけで精神的ヤバさが伝わってきたが、心の中はもっとやばかった。 

(どうしよう……ピュイくんに、好きな人ができちゃった……ピュイくんに好きな人……ぴゅいくんにすきなひと……ぴゅい……す……死)

 なんだか胸が痛くなってきた。

 これは、聞いた人間を悲哀の谷底に落とす、呪いの詩だ。

「あの……大丈夫ですか? カタリナさん」

 モニカがそっと尋ねた。

 カタリナはうつろな瞳で彼女を見る。

「ピュイくんが……想いを寄せてる相手って……誰なの?」

「え? ええと、そこまではまだ……冒険者の知り合いっぽいですけど」

「冒険者の知り合い? ……あっ」

 カタリナが何かに気づいたのか、小さく声を上げた。

(も、もしかして、ピュイくんの相手って……リルーなの!?)

 そして、カタリナは絶望に打ちひしがれるようにテーブルにうなだれる。

(あの女……っ! しっかりしなさい、カタリナ! ここでわたしがやるべきことは、ショックをうけることじゃなくて、あの盛りのついた雌狐とは絶対に結ばれないってピュイくんに教えてあげることでしょ!)

 キッ、と俺をにらみつけるカタリナ。

 その瞳に再び命が灯った……ような気がした。

 色々と勘違いしてるみたいだけど、まぁ、元気になってくれてよかった。

「いいわ。わたしもピュイくんの恋愛相談に乗ってあげる」

 カタリナが自信満々に言う。

「そういう話は、得意なの」

「おお! しょっちゅうイケメンに言い寄られてるカタリナさんが加われば、百人力ですね! ピュイさん!」

 俺に向けてサムズアップするモニカだったが、これっぽっちも期待はできなかった。

 なにせカタリナは、言い寄ってくる男どもを辛辣に斬り捨てている側なのだ。

 恋愛相談ではなく、フラグクラッシュの相談ならできると思う。

「さぁ、ピュイくん。わたしに詳しく教えなさい」

「……お、おう」

 カタリナから真剣な眼差しを向けられ、ドギマギしてしまった。

 本人に相談するって、どんな罰ゲームなんだこれ。

 俺は小さく深呼吸してから説明した。

「まぁ、なんつーか……気になってる女性がいて、寝ても覚めてもそいつのことばっかり考えてしまうっていうか。だからそれを解消したくて──」

 そこで言葉を飲み込んでしまったのは、カタリナがうっすらと瞳に涙を浮かべていたからだ。

(……つ、辛い)

 そのカタリナの心の声に、俺の胸にズキッと痛みが走る。

「あ〜……ええっと、それで、そいつのことを直視できなくなったっていうか」

「ピュイくん。他人と話すときは相手の目を、見なさい」

 視線をさまよわせている俺を、毅然とした態度で注意するカタリナだったが──

(……悲しい)

 もうやめて! 

 ただでさえ顔を見られないのに、痛々しすぎて話を聞くこともできなくなるから!

「と、とにかく、俺はこの症状を呪いか病気の類だと思ったんだ」

「……呪い?」

「ほら、モンスターのサキュバスとかって人間を魅了させてくるだろ? だからその系統かなって」

「……っ! きっとそれだわ!」

 突然、ガタッと立ち上がるカタリナ。

「ピュイくんが恋をするわけないって思ってたもの! きっとモンスターによる呪いね! 間違いないわ!」

 まくしたてるカタリナの目は、さきほどの死んだ目から想像できないほどに生き生きとしていた。

 俺の回復魔術もかなわないくらいの復調のしかただな、オイ。

 しかし、その自信に満ちた言葉に、なんだか圧倒されてしまった。

 モニカたちの話を聞いて呪いや病気の類じゃないと思っていたけれど、ここまで清々しく断言されたら、やっぱりそうじゃないかと思ってしまう。

「あ、あのう……」

 と、ここまで沈黙を続けていたサティが、ぽつりと口を開いた。

「ピュ、ピュイさんのそれが呪いかどうかはわかりませんが、その女性にいっそ想いを告げてみてはどうでしょうか? もしかすると楽になるかもしれませんし、それに……多分、良いお返事がもらえると思いますけれど」

「え? なんで?」

 素直に疑問に思ったので尋ねた。
 
 相手がカタリナだとは明言してないのに、良い返事がもらえるとはっきり言える理由がわからなかった。

「そ、それは、ですね……」

 サティは、オロオロとしながら答える。

「だ、だってピュイさん、その女性のご自宅までふたりで行ったんですよね? だとしたら……なんていうか、もうオッケーみたいなもの……だと思いますけど……?」

「……ひょっ!?」

 モンスターのような奇声を上げたのはカタリナだった。

(じ、じ、じ、自宅までふたりで……っ!? まま、まさかピュイくん……リルーと……リルーとヤッちゃったの!?)

 それはもう、盛大に勘違いをするカタリナ。

 そうして事態は、さらに面倒な方向へと向かっていくのであった。