「……これは、俺の友人の話なんだけどな」
俺は慎重に言葉を選んでから事情をモニカに説明した。
「数日前、一緒に飲んでた女性を家まで送ったらしいんだ。なんでも、女性が酔っぱらっちゃったみたいでさ。それで自宅まで送り届けて帰ろうとしたんだけど……そのとき、うしろ髪を引かれるような気持ちになったみないなんだよな」
「なるほど。それで、それからその女性のことばかり考えるようになった、と」
すかさず補足してきたモニカに、俺は深く頷いた。
「そうだ。多分、病気か呪いの類だと思うんだけど」
「……え? 呪い?」
「いや、ほら、モンスターのサキュバスとかって人間を魅了させる体液を出すだろ? そんな感じで魅了されてるんじゃないかなって」
「ピュイさん、マジで言ってます、それ?」
「え? 大マジだけど?」
「……」
超絶、胡乱な目で俺を見るモニカ。
(いやいや、呪いとか病気とか何言っちゃってんスか。どう考えても、普通に恋してるだけでしょ。もしかしてピュイさんって、天然さんなのかな? あ〜、死んでもこんなふうにはなりたくないな〜……)
三角帽脱がして、こめかみを拳でグリグリしたくなってしまった。
天然だなんて、お前にだけは言われたくないわ!
「あ」
と、モニカが何かに気づいたようにぽんと手を叩く。
「なるほど、なるほど。そういうことだったんですね」
「……? 何が?」
「いえ。昨日ピュイさんがいつも以上に役に立っていなかったのって、それが原因だったんだな〜って」
「……っ! お、俺の話じゃないって言ってるだろ!」
「まぁまぁ。それで、ピュイさんは何を悩んでるんですか?」
華麗に言い訳をスルーされてしまった。
俺じゃないと強く否定したかったが……なんだかもう面倒臭くなってきた。
こいつが参加してしまった時点で、もう後の祭りなのだ。
俺は深くため息をついてから、尋ねる。
「……この症状って、どうやったら治るんだ?」
「え? 告白すれば治るんじゃないですか?」
一瞬も悩むことなく答えるモニカ。
俺は首を捻ってしまった。
「告白って?」
「だから、その女性に『好きだ』って言っちゃえば良いってことですよ」
「俺の話、聞いてた? これは呪いか病気の一種なんだぞ? そんなことで治るはずがないだろ」
「治りますよ。病気は病気でも『恋の病』なので」
「……」
喧騒に包まれた金熊亭の一角に、痛いほどの沈黙が降りた。
サティに続き、モニカにも同じことを言われてしまった。
これはもう、認めるしかないのだろうか。
俺は──カタリナに恋心を抱いているのだ、と。
「ていうか、その女性って誰なんです?」
モニカが口元を緩ませて尋ねてきた。
「依頼中に注意散漫になっちゃうってことは、お相手は笑うドラゴンの誰かですか?」
「……っ!? ち、違う」
俺は慌てて否定した。
それだけは認めるわけにはいかない。
なにせ、この場にサティとモニカがいるのだ。ここで肯定すれば、カタリナだと明言していることになる。
「……ふ〜ん(ま、とりあえず信じておきましょうか)」
モニカはにんまりと笑みを浮かながら続ける。
「一応言っておきますけど、パーティ内恋愛はやめたほうがいいですよ?」
「……な、なんでだ?」
「なんでって、ドロドロのヌマヌマになっちゃうからですよ」
ドロドロのヌマヌマってなんだ。
言いたいことはなんとなくわかるけどさ。
「わかりやすく事例で説明しますと……そうですねぇ、仮にピュイさんとサティちゃんがメンバーに秘密で付き合うとします」
「えっ……!?」
突然話を振られて、サティがぎょっと身をすくめた。
(わ、わたしとピュイさんが……つ、付き合う!?)
……なになに。
何なのその反応。
キミも実はピュアな乙女だったりするの?
しかし、そんなサティの純粋な反応に気を止めることなく、モニカは続ける。
「プライベートと仕事は切り離して考えなければいけないとはいえ、危険と隣り合わせの冒険者家業です。パートナーに危険が降りかかれば、優先的にそれを排除しようとするものでしょ?」
「まぁ、そう……だな。多分」
完全に憶測だけど。
「サティちゃんは優先的にピュイさんを守り、ピュイさんは優先的にサティちゃんに回復魔術をかける。さてさて、それを見た他のメンバーはどう思うでしょう?」
「ええと……少なからず不服に感じる?」
「オゥ、イエス!」
モニカが指をぱちんと鳴らして俺を指差し、ウインクする。
うん、顔がウザい。
「まず、盾役になっているガーランドさんからピュイさんに『優先順位が間違っているだろう』という不満の声が上がります。そして次に、多くのモンスターを一度に相手することが多いカタリナさんからサティちゃんに『こっちをサポートして』と怒りの声が上がるでしょう。そのときは承諾するピュイさんたちですが、やっぱり危険が降りかかるとパートナーを優先してしまう……」
モニカが目を伏せてウンウンと頷く。
そして、パッと俺の顔を見た。
「……さて、その先に待っているものは?」
「パーティの解散、か?」
「オゥ、イエス!」
はい、二度目のオゥイエス、いただきました。
俺はウザすぎるモニカに辟易としながら、彼女に尋ねた。
「ていうか、なんだか生々しい話だけど、もしかして経験があるのか?」
「ありますとも。そういう色恋沙汰で解散に追い込まれたパーティを何度も目にしてきましたから。だからわたしが恋愛相談に乗って、『それってただの勘違いでしょ』とか『きっと裏があるから注意してね』とアドバイスしてパーティ解散を未然に防いでいた、というわけです」
「なるほど」
つまり、パーティを守るために恋愛フラグをへし折ってたってわけだ。
そりゃ「フラグクラッシャー」って呼ばれるわけだ。
「とにかく、恋の病を治すために告白したほうが良いと思いますが、お相手がパーティメンバーだったら、やめておいたほうがいいです」
「じゃあ、何か他にないのか? その、楽になるために想いを告げる以外の方法っていうか……」
「ん? ん〜……あることにはありますけど」
そう言って、モニカが耳に手を当てた。
「な、なんだよ」
「アパルト王はロバの子供」
「……は?」
「あれ? 知らないですか? 寓話の『アパルト王はロバの子供』ですよ」
「いや、それは知ってるけど」
子供なら誰でも知っている有名な話だ。
中央大陸を統一したアパルト王は実はロバの子供で、彼の従者がその秘密を知ってしまい、お腹が膨れ続けるという呪いにかかってしまう。
命の危機を感じた従者は、誰もいない森の中で王の秘密を叫び、その呪いから解放される。
「秘密は抱えると膨れ上がって身を滅ぼすんですよ? だから、誰もいない森の中で吐き出しましょうよ。ほら、ここには秘密を他言するような人間はいませんから。ね、サティちゃん?」
「え? ……あ、はい。もちろんです!」
ピシッと背筋を伸ばすサティ。
なんとも胡散臭さがハンパない。
サティはまだしも、モニカに話すのは危険すぎる。
だって──
(相手が知ってる女性だったら、口を滑らせてもいいですよね。だって、そのおかげでうまくいくかもしれないですし。ムフフ)
みたいなこと、心の中で言ってるからな。
こいつは聞いたそばから、カタリナに伝えに走りそうだ。
「ほら、早くしてくださいよピュイさん」
薄くて軽そうな口でそんなことをのたまうモニカ。
「いつ、他のメンバーがここに来るかわかりませんよぉ?」
「他のメンバー……あっ」
と、サティがびくりと肩をすくめた。
「どうした?」
「い、いえ。そういえば……もうひとり、声をかけた方がいたのを思い出しまして……」
「もうひとり?」
そこはかとなく、嫌な予感がした。
瞬間、俺の背後に誰かが立った。
「ふ〜ん」
「……っ!?」
その声に、俺はギギギとぎこちなく振り向く。
「深刻な悩みって聞いてたんだけど、なんだか楽しそうね?」
さげすむような目で俺を見ていたのは──悩みの元凶であるカタリナ嬢、そのひとだった。
俺は慎重に言葉を選んでから事情をモニカに説明した。
「数日前、一緒に飲んでた女性を家まで送ったらしいんだ。なんでも、女性が酔っぱらっちゃったみたいでさ。それで自宅まで送り届けて帰ろうとしたんだけど……そのとき、うしろ髪を引かれるような気持ちになったみないなんだよな」
「なるほど。それで、それからその女性のことばかり考えるようになった、と」
すかさず補足してきたモニカに、俺は深く頷いた。
「そうだ。多分、病気か呪いの類だと思うんだけど」
「……え? 呪い?」
「いや、ほら、モンスターのサキュバスとかって人間を魅了させる体液を出すだろ? そんな感じで魅了されてるんじゃないかなって」
「ピュイさん、マジで言ってます、それ?」
「え? 大マジだけど?」
「……」
超絶、胡乱な目で俺を見るモニカ。
(いやいや、呪いとか病気とか何言っちゃってんスか。どう考えても、普通に恋してるだけでしょ。もしかしてピュイさんって、天然さんなのかな? あ〜、死んでもこんなふうにはなりたくないな〜……)
三角帽脱がして、こめかみを拳でグリグリしたくなってしまった。
天然だなんて、お前にだけは言われたくないわ!
「あ」
と、モニカが何かに気づいたようにぽんと手を叩く。
「なるほど、なるほど。そういうことだったんですね」
「……? 何が?」
「いえ。昨日ピュイさんがいつも以上に役に立っていなかったのって、それが原因だったんだな〜って」
「……っ! お、俺の話じゃないって言ってるだろ!」
「まぁまぁ。それで、ピュイさんは何を悩んでるんですか?」
華麗に言い訳をスルーされてしまった。
俺じゃないと強く否定したかったが……なんだかもう面倒臭くなってきた。
こいつが参加してしまった時点で、もう後の祭りなのだ。
俺は深くため息をついてから、尋ねる。
「……この症状って、どうやったら治るんだ?」
「え? 告白すれば治るんじゃないですか?」
一瞬も悩むことなく答えるモニカ。
俺は首を捻ってしまった。
「告白って?」
「だから、その女性に『好きだ』って言っちゃえば良いってことですよ」
「俺の話、聞いてた? これは呪いか病気の一種なんだぞ? そんなことで治るはずがないだろ」
「治りますよ。病気は病気でも『恋の病』なので」
「……」
喧騒に包まれた金熊亭の一角に、痛いほどの沈黙が降りた。
サティに続き、モニカにも同じことを言われてしまった。
これはもう、認めるしかないのだろうか。
俺は──カタリナに恋心を抱いているのだ、と。
「ていうか、その女性って誰なんです?」
モニカが口元を緩ませて尋ねてきた。
「依頼中に注意散漫になっちゃうってことは、お相手は笑うドラゴンの誰かですか?」
「……っ!? ち、違う」
俺は慌てて否定した。
それだけは認めるわけにはいかない。
なにせ、この場にサティとモニカがいるのだ。ここで肯定すれば、カタリナだと明言していることになる。
「……ふ〜ん(ま、とりあえず信じておきましょうか)」
モニカはにんまりと笑みを浮かながら続ける。
「一応言っておきますけど、パーティ内恋愛はやめたほうがいいですよ?」
「……な、なんでだ?」
「なんでって、ドロドロのヌマヌマになっちゃうからですよ」
ドロドロのヌマヌマってなんだ。
言いたいことはなんとなくわかるけどさ。
「わかりやすく事例で説明しますと……そうですねぇ、仮にピュイさんとサティちゃんがメンバーに秘密で付き合うとします」
「えっ……!?」
突然話を振られて、サティがぎょっと身をすくめた。
(わ、わたしとピュイさんが……つ、付き合う!?)
……なになに。
何なのその反応。
キミも実はピュアな乙女だったりするの?
しかし、そんなサティの純粋な反応に気を止めることなく、モニカは続ける。
「プライベートと仕事は切り離して考えなければいけないとはいえ、危険と隣り合わせの冒険者家業です。パートナーに危険が降りかかれば、優先的にそれを排除しようとするものでしょ?」
「まぁ、そう……だな。多分」
完全に憶測だけど。
「サティちゃんは優先的にピュイさんを守り、ピュイさんは優先的にサティちゃんに回復魔術をかける。さてさて、それを見た他のメンバーはどう思うでしょう?」
「ええと……少なからず不服に感じる?」
「オゥ、イエス!」
モニカが指をぱちんと鳴らして俺を指差し、ウインクする。
うん、顔がウザい。
「まず、盾役になっているガーランドさんからピュイさんに『優先順位が間違っているだろう』という不満の声が上がります。そして次に、多くのモンスターを一度に相手することが多いカタリナさんからサティちゃんに『こっちをサポートして』と怒りの声が上がるでしょう。そのときは承諾するピュイさんたちですが、やっぱり危険が降りかかるとパートナーを優先してしまう……」
モニカが目を伏せてウンウンと頷く。
そして、パッと俺の顔を見た。
「……さて、その先に待っているものは?」
「パーティの解散、か?」
「オゥ、イエス!」
はい、二度目のオゥイエス、いただきました。
俺はウザすぎるモニカに辟易としながら、彼女に尋ねた。
「ていうか、なんだか生々しい話だけど、もしかして経験があるのか?」
「ありますとも。そういう色恋沙汰で解散に追い込まれたパーティを何度も目にしてきましたから。だからわたしが恋愛相談に乗って、『それってただの勘違いでしょ』とか『きっと裏があるから注意してね』とアドバイスしてパーティ解散を未然に防いでいた、というわけです」
「なるほど」
つまり、パーティを守るために恋愛フラグをへし折ってたってわけだ。
そりゃ「フラグクラッシャー」って呼ばれるわけだ。
「とにかく、恋の病を治すために告白したほうが良いと思いますが、お相手がパーティメンバーだったら、やめておいたほうがいいです」
「じゃあ、何か他にないのか? その、楽になるために想いを告げる以外の方法っていうか……」
「ん? ん〜……あることにはありますけど」
そう言って、モニカが耳に手を当てた。
「な、なんだよ」
「アパルト王はロバの子供」
「……は?」
「あれ? 知らないですか? 寓話の『アパルト王はロバの子供』ですよ」
「いや、それは知ってるけど」
子供なら誰でも知っている有名な話だ。
中央大陸を統一したアパルト王は実はロバの子供で、彼の従者がその秘密を知ってしまい、お腹が膨れ続けるという呪いにかかってしまう。
命の危機を感じた従者は、誰もいない森の中で王の秘密を叫び、その呪いから解放される。
「秘密は抱えると膨れ上がって身を滅ぼすんですよ? だから、誰もいない森の中で吐き出しましょうよ。ほら、ここには秘密を他言するような人間はいませんから。ね、サティちゃん?」
「え? ……あ、はい。もちろんです!」
ピシッと背筋を伸ばすサティ。
なんとも胡散臭さがハンパない。
サティはまだしも、モニカに話すのは危険すぎる。
だって──
(相手が知ってる女性だったら、口を滑らせてもいいですよね。だって、そのおかげでうまくいくかもしれないですし。ムフフ)
みたいなこと、心の中で言ってるからな。
こいつは聞いたそばから、カタリナに伝えに走りそうだ。
「ほら、早くしてくださいよピュイさん」
薄くて軽そうな口でそんなことをのたまうモニカ。
「いつ、他のメンバーがここに来るかわかりませんよぉ?」
「他のメンバー……あっ」
と、サティがびくりと肩をすくめた。
「どうした?」
「い、いえ。そういえば……もうひとり、声をかけた方がいたのを思い出しまして……」
「もうひとり?」
そこはかとなく、嫌な予感がした。
瞬間、俺の背後に誰かが立った。
「ふ〜ん」
「……っ!?」
その声に、俺はギギギとぎこちなく振り向く。
「深刻な悩みって聞いてたんだけど、なんだか楽しそうね?」
さげすむような目で俺を見ていたのは──悩みの元凶であるカタリナ嬢、そのひとだった。