変な病気(もしくは呪い)にかかって2日がたった。
この2日間、俺は様々な治療法を試した。
俺が習得している治療系魔術で該当しそうなもの、例えば覚醒させる「キュアウェイク」や混乱状態を回復させる「キュアコンフィ」、それに盲目状態を治す「キュアブラインド」も試してみたが、効果はなかった。
より専門的な治療を受けられる医者の元を尋ね、占星術で原因を探してもらったがこれまた効果がなく、知人のツテをたどって手に入れた「万病に効く霊薬」とやらを試してみたが──下腹部のアレが元気になっただけだった。
どんな治療を試しても、意味はなかった。
相変わらずひとりになったらカタリナのことを考えてしまうし、銀髪の女性がいたらドキッとしてしまうし、なんなら白いチュニックを着ている女性がいただけで目が行ってしまう。
カタリナと一緒になる依頼中はもっと酷い。
キュアヒールのイメージがカタリナの顔で上書きされて発動が失敗したり、発動できても対象がカタリナになってしまう。
あまりにも酷すぎるために、モニカから「依頼中に天然ボケかまさないでください!」とか言われてしまう始末だ。
お前に言われたくないわ! とツッコミたかったが、自分が酷い状態なのは自覚しているので強く言えない。
パーティの下支えをする回復魔術師がこんな状況では、パーティの全滅は必至だ。
これはマジで早くどうにかしないと、近いうちに大事故が起きてしまう。
「……え? 異性のことが頭からはなれなくなる病気、ですか?」
依頼がないオフ日の午後。
金熊亭で俺の話を聞いたサティが、小さく首をかしげた。
俺が藁にもすがる思いで相談を持ちかけたのは、サティだった。
彼女の故郷である東方の国には、こっちの医療とは概念から違う全く新しい医療術があると耳にしたことがあったからだ。
なので、何か治療法を知っているかもしれないと思い立ち、昨晩、「相談があるから明日金熊亭に来て欲しい」と頼んだのだ。
「ま、まさかピュイさん……変な病気にかかっちゃったんですか!?」
「い、いや、俺じゃなくて、知り合いにそんな病気になった間抜けなヤツがいてさ。医者に見てもらったけど治らないって言うから、東方出身のサティに相談してみたってわけ」
「な、なるほど……(し、知り合いの話だなんて、なんだか嘘くさいな……)」
サティの心の声にドキリとしてしまう俺。
「でも、お医者さまでも治せないのに、わたしがお力になれますかね?」
「東方医療……って言うんだっけ? あっちの医者はこっちとは違うアプローチで病気を治すって聞いたから、そういう事例を知ってるんじゃないかと思ってさ」
「そ、そういうことですか。でも、『異性のことが頭からはなれなくなる』って、なんだか冗談みたいな病気ですね」
「うん、俺もそう思う」
本当に。心の底から。
「う〜ん……『異性のことが頭からはなれなくなる』ですか……」
サティはしばし首を捻ってウンウンと記憶をたどっていたが、やがて申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、そんな病気の話は聞いたことがないですね」
「じゃあ、病気じゃなくてモンスターの呪いってことはないか? ほら、東方には珍しいモンスターがいる、みたいな話も聞くし」
「多分、ないと思います。というか……」
サティは体をそっと俺に近づけ、言いにくそうに小さな声で囁く。
「そ、それって、単純にその異性の方に恋をしているだけなのでは?」
「は?」
思わずマジ声を出してしまった。
サティは、驚いたようにびくっと身をすくめる。
「す、すみません……でも、え、ええと……その……なんていうか、寝ても覚めてもその異性の方のことを考えてしまうんですよね?」
「そうだ」
「そ、その異性の方のことを考えると、ぼーっとしてしまって」
「うん」
「なんだか恥ずかしくなって、目が合わせられなくなる?」
「そのとおり」
「ただの恋みたいな気がしますけど」
「いや、絶対に違う」
そこだけは即座に否定した。
「恋だなんてありえない。俺のこれは絶対に呪いだ。もしくは流行り病とか」
「ん……と、強いて言うなら、こ、こ、『恋の病』でしょうか……」
「……」
「……」
無言で見つめ合う俺たち。
恋の病。
そんなバカな話があるか。
じゃあ何か? 俺は単純に恋をしているから、注意散漫になってカタリナのことばっかり考えてしまっていたというのか?
……
…………なんだろう、強く否定ができない!
「ええと……」
やがてサティがぽつりと口を開く。
「……ピ、ピュイさん、恋、してるんですか? (さっき、『俺のこれは、絶対に呪いだ』なんて言ってましたし)」
「……っ!?」
しまった。誤魔化す余裕もなくなってた。
これじゃあ相談じゃなく、ただ暴露話に付き合ってもらってるだけじゃないか。
「よ、よし、とりあえず酒を飲もうぜ!」
俺はがっしりとサティの両肩を掴む。
サティは酔ったらガラ悪絡みしてくるけど、ベロベロに酔わせて全てを忘れさせるしかない。
今日は俺の奢りだ。サティの口から暴露されることを考えると、それくらいの出費、なんてことはない!
ひとまず酒をありったけ頼もう。
そう思って、給仕を呼ぼうとしたときだった。
「なんだか恋バナの匂いがしますっ!」
「……っ!?」
突然、隣から嬉々とした少女の声が放たれた。
ギョッとしてそっちを見ると、ここにいるはずがない三角帽をかぶった赤い瞳の少女が立っていた。
「な、な、な、なんでモニカがここにいるんだ!?」
それは、目をらんらんと輝かせているモニカだった。
「す、すみません、わ、わ、わ、わたしが呼んじゃったんです」
あわあわと慌てながら、サティが割って入る。
「ピュイさんに相談されたとき、なんだかすごく切羽詰まった感じでしたし、その……モニカさんの力もお借りしたほうがいいかなと」
「サ、サティ……」
なんだか嬉しくなってしまった。
相談内容はアレなのに、本気で俺のことを心配してくれていたんだな。
人選には超絶難ありだけど。
「サティちゃんに頼まれたときは、ガサツなピュイさんの悩みなんて一晩寝たらなくなるだろって思ってましたけど、ムフフ〜……これは深刻ですねぇ?」
ニヤケ顔で俺の隣の席に座るモニカ。
俺の悩みを解決してくれそう感がまったくないのは気のせいだろうか。
なんだか、新しいおもちゃを与えられた子供みたいな目をしてるし。
そんなモニカが辛抱たまらんと言いたげに尋ねてくる。
「それで、誰!? 誰ですか!? ピュイさんは誰に恋したんですか!?」
「お、お、俺じゃねぇよ! しっ、知り合いの冒険者の話だ!」
「知り合いぃ? あ〜……なるほどぉ……そういう感じですか(ピュイさんって相談音痴だったんですねぇ。『知り合いが〜』なんて切り出して、本当に知り合いの話だと受け取るひとがいると思ってるんですかぁ?)」
バレてる!?
なんだこいつ! もしかして実はメチャクチャ鋭いヤツだったのか!?
いままでの天然ボケキャラは、周囲を惑わすための演技!?
サティに続いてモニカにまでバレてしまい、動揺しまくった俺は必死に心を落ち着かせる。
落ち着けピュイ。逆に考えるんだ。「教えてもいいさ」と考えるんだ。
ひとことで俺の心理を見破ったということは、モニカはそういう相談に慣れているのかもしれない。
だとすると、俺の悩みを解決できる可能性がある。
「……ていうか、お前、そういうの得意なの?」
「ええ、もちろんですよ!」
食い気味に即答するモニカ。
「昔から女子友によく恋愛相談されるんですよ。あまりにも相談されまくるから、『フラグクラッシャー』って呼ばれてたくらいです」
「へぇ……」
それは凄いなと思って、妙な違和感を覚えた。
フラグクラッシャー。
モニカが呼ばれていたというその名前を心の中で反芻したとき、違和感が確信へと変わった。
いや、クラッシュしちゃだめだろ。
恋愛、終わらせてないか、それ?
この2日間、俺は様々な治療法を試した。
俺が習得している治療系魔術で該当しそうなもの、例えば覚醒させる「キュアウェイク」や混乱状態を回復させる「キュアコンフィ」、それに盲目状態を治す「キュアブラインド」も試してみたが、効果はなかった。
より専門的な治療を受けられる医者の元を尋ね、占星術で原因を探してもらったがこれまた効果がなく、知人のツテをたどって手に入れた「万病に効く霊薬」とやらを試してみたが──下腹部のアレが元気になっただけだった。
どんな治療を試しても、意味はなかった。
相変わらずひとりになったらカタリナのことを考えてしまうし、銀髪の女性がいたらドキッとしてしまうし、なんなら白いチュニックを着ている女性がいただけで目が行ってしまう。
カタリナと一緒になる依頼中はもっと酷い。
キュアヒールのイメージがカタリナの顔で上書きされて発動が失敗したり、発動できても対象がカタリナになってしまう。
あまりにも酷すぎるために、モニカから「依頼中に天然ボケかまさないでください!」とか言われてしまう始末だ。
お前に言われたくないわ! とツッコミたかったが、自分が酷い状態なのは自覚しているので強く言えない。
パーティの下支えをする回復魔術師がこんな状況では、パーティの全滅は必至だ。
これはマジで早くどうにかしないと、近いうちに大事故が起きてしまう。
「……え? 異性のことが頭からはなれなくなる病気、ですか?」
依頼がないオフ日の午後。
金熊亭で俺の話を聞いたサティが、小さく首をかしげた。
俺が藁にもすがる思いで相談を持ちかけたのは、サティだった。
彼女の故郷である東方の国には、こっちの医療とは概念から違う全く新しい医療術があると耳にしたことがあったからだ。
なので、何か治療法を知っているかもしれないと思い立ち、昨晩、「相談があるから明日金熊亭に来て欲しい」と頼んだのだ。
「ま、まさかピュイさん……変な病気にかかっちゃったんですか!?」
「い、いや、俺じゃなくて、知り合いにそんな病気になった間抜けなヤツがいてさ。医者に見てもらったけど治らないって言うから、東方出身のサティに相談してみたってわけ」
「な、なるほど……(し、知り合いの話だなんて、なんだか嘘くさいな……)」
サティの心の声にドキリとしてしまう俺。
「でも、お医者さまでも治せないのに、わたしがお力になれますかね?」
「東方医療……って言うんだっけ? あっちの医者はこっちとは違うアプローチで病気を治すって聞いたから、そういう事例を知ってるんじゃないかと思ってさ」
「そ、そういうことですか。でも、『異性のことが頭からはなれなくなる』って、なんだか冗談みたいな病気ですね」
「うん、俺もそう思う」
本当に。心の底から。
「う〜ん……『異性のことが頭からはなれなくなる』ですか……」
サティはしばし首を捻ってウンウンと記憶をたどっていたが、やがて申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、そんな病気の話は聞いたことがないですね」
「じゃあ、病気じゃなくてモンスターの呪いってことはないか? ほら、東方には珍しいモンスターがいる、みたいな話も聞くし」
「多分、ないと思います。というか……」
サティは体をそっと俺に近づけ、言いにくそうに小さな声で囁く。
「そ、それって、単純にその異性の方に恋をしているだけなのでは?」
「は?」
思わずマジ声を出してしまった。
サティは、驚いたようにびくっと身をすくめる。
「す、すみません……でも、え、ええと……その……なんていうか、寝ても覚めてもその異性の方のことを考えてしまうんですよね?」
「そうだ」
「そ、その異性の方のことを考えると、ぼーっとしてしまって」
「うん」
「なんだか恥ずかしくなって、目が合わせられなくなる?」
「そのとおり」
「ただの恋みたいな気がしますけど」
「いや、絶対に違う」
そこだけは即座に否定した。
「恋だなんてありえない。俺のこれは絶対に呪いだ。もしくは流行り病とか」
「ん……と、強いて言うなら、こ、こ、『恋の病』でしょうか……」
「……」
「……」
無言で見つめ合う俺たち。
恋の病。
そんなバカな話があるか。
じゃあ何か? 俺は単純に恋をしているから、注意散漫になってカタリナのことばっかり考えてしまっていたというのか?
……
…………なんだろう、強く否定ができない!
「ええと……」
やがてサティがぽつりと口を開く。
「……ピ、ピュイさん、恋、してるんですか? (さっき、『俺のこれは、絶対に呪いだ』なんて言ってましたし)」
「……っ!?」
しまった。誤魔化す余裕もなくなってた。
これじゃあ相談じゃなく、ただ暴露話に付き合ってもらってるだけじゃないか。
「よ、よし、とりあえず酒を飲もうぜ!」
俺はがっしりとサティの両肩を掴む。
サティは酔ったらガラ悪絡みしてくるけど、ベロベロに酔わせて全てを忘れさせるしかない。
今日は俺の奢りだ。サティの口から暴露されることを考えると、それくらいの出費、なんてことはない!
ひとまず酒をありったけ頼もう。
そう思って、給仕を呼ぼうとしたときだった。
「なんだか恋バナの匂いがしますっ!」
「……っ!?」
突然、隣から嬉々とした少女の声が放たれた。
ギョッとしてそっちを見ると、ここにいるはずがない三角帽をかぶった赤い瞳の少女が立っていた。
「な、な、な、なんでモニカがここにいるんだ!?」
それは、目をらんらんと輝かせているモニカだった。
「す、すみません、わ、わ、わ、わたしが呼んじゃったんです」
あわあわと慌てながら、サティが割って入る。
「ピュイさんに相談されたとき、なんだかすごく切羽詰まった感じでしたし、その……モニカさんの力もお借りしたほうがいいかなと」
「サ、サティ……」
なんだか嬉しくなってしまった。
相談内容はアレなのに、本気で俺のことを心配してくれていたんだな。
人選には超絶難ありだけど。
「サティちゃんに頼まれたときは、ガサツなピュイさんの悩みなんて一晩寝たらなくなるだろって思ってましたけど、ムフフ〜……これは深刻ですねぇ?」
ニヤケ顔で俺の隣の席に座るモニカ。
俺の悩みを解決してくれそう感がまったくないのは気のせいだろうか。
なんだか、新しいおもちゃを与えられた子供みたいな目をしてるし。
そんなモニカが辛抱たまらんと言いたげに尋ねてくる。
「それで、誰!? 誰ですか!? ピュイさんは誰に恋したんですか!?」
「お、お、俺じゃねぇよ! しっ、知り合いの冒険者の話だ!」
「知り合いぃ? あ〜……なるほどぉ……そういう感じですか(ピュイさんって相談音痴だったんですねぇ。『知り合いが〜』なんて切り出して、本当に知り合いの話だと受け取るひとがいると思ってるんですかぁ?)」
バレてる!?
なんだこいつ! もしかして実はメチャクチャ鋭いヤツだったのか!?
いままでの天然ボケキャラは、周囲を惑わすための演技!?
サティに続いてモニカにまでバレてしまい、動揺しまくった俺は必死に心を落ち着かせる。
落ち着けピュイ。逆に考えるんだ。「教えてもいいさ」と考えるんだ。
ひとことで俺の心理を見破ったということは、モニカはそういう相談に慣れているのかもしれない。
だとすると、俺の悩みを解決できる可能性がある。
「……ていうか、お前、そういうの得意なの?」
「ええ、もちろんですよ!」
食い気味に即答するモニカ。
「昔から女子友によく恋愛相談されるんですよ。あまりにも相談されまくるから、『フラグクラッシャー』って呼ばれてたくらいです」
「へぇ……」
それは凄いなと思って、妙な違和感を覚えた。
フラグクラッシャー。
モニカが呼ばれていたというその名前を心の中で反芻したとき、違和感が確信へと変わった。
いや、クラッシュしちゃだめだろ。
恋愛、終わらせてないか、それ?