モンターニュ城のモンスターを一掃した俺たちは、ヴィセミルに帰還することにした。
カタリナとリルーがバロンを瞬殺したあと、念の為、城の隅々まで調べてみたがスケルトンの姿はなかった。
カタリナたちが全滅させたのか、それともバロンがやられたことで逃げてしまったのかはわからないが、依頼は完了だ。
現地に依頼主がいない今回は、討伐の証拠としてバロンの首を持って帰ることになった。
モンスターとはいえ、頭蓋骨を持ち歩くのは薄気味が悪いけど。
ギルドに到着してリルーたちが依頼の報告に行っている間、俺たちはテーブルで待つことにした。
本当はさっさとオサラバしたいところだけど、報酬をもらうまで帰るわけにはいかないからな。
「……はぁ、ほんと無駄骨だったわ」
カタリナが頬杖をつきながら、重〜いため息をついた。
「あれだけやって……引き分けだなんて」
集計の結果、カタリナとリルーとの勝負は引き分けに終わった。
スケルトンを倒した数は完全に同じ。
リルーの仲間もカタリナが倒したスケルトンを数えていたので間違いない。
ゆえに、最後のバロンがふたりの勝負の明暗を分けることになったが、俺とリルーの仲間の厳正なる審査の結果──ふたりに1ポイントとなった。
ま、簡単に言えば、どちらの攻撃でバロンが絶命したのか判断ができなかっただけだけど。
脳天を狙ったリルーの斧の一撃なのか、鎧を穴だらけにしたカタリナの突きの連撃なのか、常人には判別不可能だった。
「しかし、あのバロンを倒せるなんて、お前ってすごいヤツだったんだな」
しみじみと言ったら、カタリナは不服そうに口を曲げた。
「なによそれ。あのくらいの立ち回り、いつも依頼で見せてるでしょ?」
「いや、それはそうだけど……この前の炭鉱のときとか、異様にポンコツだったじゃん?」
「……っ!? あれは、その……忘れなさい!」
俺を睨むカタリナだったが、その目にいつもの切れ味はなかった。
しかし、バロンをあれほど簡単に倒せるのは本当に驚きだ。
あの調子なら、カタリナがいればAクラスの依頼も受けられるんじゃないかと思ったが……そんな考えは忘れることにした。
そういう甘い考えが、パーティを全滅させる大事故に繋がるのだ。
俺たちは俺たちのやり方でいい。
「お待た〜♪」
そんなことを話していると、リルーが仲間たちを連れて戻ってきた。
彼女はテーブルの上に、そこそこ膨らんだ小さな麻袋を載せた。
「はい。これ、あんたたちの取り分」
「え? マジで? なんだか多くないか?」
「バロン討伐の特別報酬だって。ほんと助かったわ」
おお、バロン討伐がしっかり認められたのか。
戻ってくるのに時間がかかっていたのはそのせいか。
しかし、これはかなりの報酬額だ。
臨時収入にしてはデカすぎる。
「あんたたちのお陰よ。ありがとう、ピュイ……そして、カタリナも」
リルーがニヤケ顔をカタリナに近づける。
「残念ながら勝負は引き分けだったけど、あたしと互角に渡り合ったのは、あんたがはじめてだ。さすがは噂に聞く聖騎士さまだね」
「……ふん(ムカつく女だけど、わたしと引き分けた腕だけは認めてあげるわ)」
プイッとそっぽを向くカタリナ。
全くもうカタリナさんってば。素直じゃないんだから。
「ピュイ」
リルーが俺を呼んだ。
「勝負は引き分けだから、別にあたしの願いを聞く必要はないけど……一応、言おうと思ってたこと、伝えるね?」
「え?」
急に真面目な顔になったリルーに、ついドキッとしてしまった。
な、なんだ急に改まって。
まさか──旦那と娘がいるってのに、俺に背徳行為をお願いするつもりじゃないだろうな。
言っておくが、ガーランドは俺の大切な仲間だ。
あいつを裏切るようなことは、絶対にしないからな。
リルーはうつむいてすこしだけ黙り込む。
そして、意を決したかのように俺の顔を見て──
「……あんた、ウチに来る気はない?」
リルーの口から飛び出してきたのはそんな言葉だった。
その言葉が意味するところがよくわからなかった俺は首をひねってしまった。
「ええと、どういう意味?」
「笑うドラゴンを辞めて、ウチのパーティに来ないかって意味よ」
「……マジで?」
俺はしばらく固まってしまった。
妙な勘ぐりをしていたから、余計に。
「もちろん大マジよ。あんた、万年Dクラスで『プロの駆け出し』って言われてるけど、あたしは、ピュイ以上の回復魔術師なんて見たことがない。常人よりも魔力の総量が多いってとこだけでも優れてるのに、どんなピンチになっても涼しい顔でいられるくらい肝が座ってるしさ。あんたはパーティの土台を守る回復魔術師にとって必要不可欠な要素を持ってる。だから、ウチに欲しいってずっと思ってたんだ」
「……」
突然ベタ褒めされて、背中がムズムズしてきはじめた。
いつも「頼りない」とか「貧弱」とか言ってたくせに、そこまで俺のことを高く評価してくれていたなんて。
「笑うドラゴンであんたが貰ってる報酬の2倍出す。それに、あんたの冒険者試験の費用を出してやってもいいよ。どう?」
リルーが握手を求めてくる。
はっきり言って、良い申し出だと思った。
そう思ったのは俺の能力を高く評価してくれているだけではない。彼女は俺の読心スキルのことも知っているのだ。
読心スキルがバレることを恐れる必要もないし、リーダーを辞めれば、あの苦手なパーティ管理業務から解放される。
リルーの元で冒険者をやるのは、魅力的すぎる。
10人に聞けば、10人が首を縦にふる提案だろう。
だけど──
「……申し出はありがたいけど、遠慮しておくよ」
俺はリルーの手ではなく、テーブルの報酬金を手に取った。
俺の返答にリルーはそこまで驚いてはいない様子だったが、興味ありげに尋ねてくる。
「理由を聞いてもいいかい?」
「理由? まぁ……なんつーか、俺には今のパーティが合ってるんだよ」
なんだかカッコつけているような理由だけど、それが全てだ。
リルーは信頼できる冒険者だし報酬は魅力的だけど、笑うドラゴンのメンバーを捨ててでも欲しいとは思わない。
みんな、バカで少し抜けたやつらだけど、俺はあいつらと一緒に冒険者をやるのが好きなんだ。
「フフ」
リルーが呆れるように笑った。
「……あ〜あ。フラれちゃったかぁ。今まで男に振られたことなんてなかったのに。まったく、まさかピュイに初めてを奪われるなんて、屈辱ぅ〜」
「お、おま、言い方!」
と、ツッコミを入れた瞬間、リルーが俺の肩に手を回して強引に引き寄せてきた。
「それで? カタリナとはいつ結婚するのさ?」
「……っ!?」
そして、そんなことをボソッと耳打ちする。
カタリナの前でなんてことを言ってるんだ──と慌ててカタリナを見たが、未だにリルーに怒り心頭なのか、そっぽを向いて気づいていないようだった。
俺はカタリナに聞こえないようにささやく。
「……なんで俺とカタリナが結婚しなきゃいけないんだよ……っ!?」
「はいはい、とぼけなくても良いって。あたしには読心スキルはないけど、あんたたちの雰囲気を見てたら一発でわかるっての」
「お、俺たちはそんな関係じゃねぇから……っ!」
「へぇ、そう? だったら早くあんたから告白でもしないと、どっかのいい男に取られちゃうかもよ?」
「よ、余計なお世話だっ」
リルーの体を両手で押しのける。
だが、非力な俺の腕力ではリルーはびくとも動かず、逆に俺の体が押し負けてしまった。
ああ、啖呵を切っておきながら、なんて格好悪いんだ、俺。
「あはは、ホントに可愛いなぁ、ピュイは」
そんな俺を見て、リルーがケラケラと笑う。
「ま、フられるようなことになったら、あたしのところに来なよ? 夜通し慰めてやるからさ? 手取り足取り、ね?」
「い、いらねぇよ!」
「恥ずかしがっちゃって。じゃあね、ピュイ」
楽しそうに高笑いをしながら、リルーがギルドを出ていく。
彼女の後を追って、リルーのふたりの仲間たちも挨拶をして去っていった。
テーブルに残されたのは、俺とカタリナと、少し気まずい沈黙。
「と、とりあえず、出ようぜ?」
「……」
カタリナに声をかけると、彼女は顔をそむけたまま無言で席を立った。
俺はごくりと唾を飲みこむ。
無言なのが余計に怖い。
明らかに怒っている雰囲気なのだが、何に怒っているのかよくわからなかった。
リルーとの会話を聞かれていたからなのか、それとも別の理由からか。
聞こうにも聞けないジレンマ。
ギルドを出た俺たちは、どこに向かうでもなくヴィセミルの街を歩いた。
「ねぇ、ピュイくん。どうしてリルーの申し出を断ったの?」
ぽつりとカタリナがそんなことを尋ねてきた。
返答に迷っていると、彼女は言いにくそうにチラリと俺を見て続けた。
「なんていうか……すごく好待遇だったのに」
「そ、そりゃ断るだろ。あいつのパーティで働くなんて、想像しただけでも過労死しそうだからな」
「……そう」
なんとも納得していなさそうな返事をするカタリナ。
まさか、怒っているのはリルーに誘われたから……なのか? でも、きっぱりと断ったし、怒る要素はないと思うんだが。
どうにも気になった俺は、じっと彼女を見て心の声を聞いてみる。
(はぁ……ごめんねピュイくん。こんなことで不機嫌になるのは自分でも嫌なんだけど……すごく不安なの。ピュイくんが急にどこかに行っちゃいそうで)
その声を聞いて、俺ははっと息を飲んだ。
先日聞いた、カタリナの過去の話が頭によぎったからだ。
子供の頃に、両親を失ってひとりになってしまったカタリナ。
彼女は神を呪ってしまうくらいに、寂しくて辛い日々を送っていた。
だからこそ、カタリナはひとりになることを恐れているのではないだろうか。
俺やパーティメンバーたちを「家族のようなもの」だと思っているから、余計に。
また、突然自分ひとりになってしまわないかと。
「カタリナ」
だから俺は──彼女が抱いている疑問に本気で答えようと思った。
「リルーに話したことは聞いてただろ? 俺が断ったのは、笑うドラゴンが一番大切だからだよ。それ以外に理由はない」
そう答えると、カタリナは驚いたような、嬉しそうな顔で俺を見た。
しかし──その顔にすぐに影が落ちる。
俺はカタリナに尋ねた。
「信じてくれないか?」
「そ、そんなこと……ないけど(疑いたくはないけど、安心するために何か証拠を見せて欲しい……)」
証拠か。
俺はしばらく思案する。
カタリナを安心させるために、何を提示すればいいのだろう。
言葉以上の信用できる要素。
カタリナが信じてくれる、唯一無二のもの。
「冒険者ランクを上げてみるか」
「……えっ?」
「パーティのために俺の冒険者ランクをCに上げる。個人ランクに興味なくてずっと冒険者試験をパスしてきた万年Dクラスの俺がランクを上げるんだ。それって、少しは笑うドラゴンのことを大切に思っているって証拠にならないか?」
これまで頑なにランクを上げてこなかった俺だからこそ、普通の冒険者がランクを上げるよりも説得力が出る。
詭弁だと思われるかもしれないけど、これが今、俺にできる精一杯の証明だ。
カタリナは様子を伺うように上目遣いでこちらを見る。
「あ、あなたがそうしたいのなら、勝手にやればいいじゃない(そこまでしてくれるのなら、信じられるかも……)」
辛辣な言葉を吐き出すカタリナだったが、プイっとそっぽをむいた横顔がかすかに緩んでいた。
明後日の方向をみたまま、カタリナが続ける。
「でも、どうしたのよ? 急に証拠だなんて言い出して」
「実はお前とリルーとの勝負でスケルトンを一体数え忘れてた気がするんだよな。つまり勝負はカタリナが勝ってた。だから、俺は約束通りお前の願いを叶えてやらなければならないってわけだ」
俺はちらりとカタリナの顔を盗み見る。
「なんだかお前の顔を見てると、『パーティのことを大切に思ってるなら、証拠を見せて欲しい』って言いたげだったからさ」
「な……っ」
ぱっとこちらを見たカタリナは頬を紅潮させていた。
彼女は何かを言おうとして飲み込み……拗ねたような表情を作って、かすれた声で囁いた。
「……ありが、とう」
意表を突いた言葉に、ドキッとしてしまった。
心の声ならまだしも、肉声でお礼を言われるのは……なんていうか、まだ耐性ができてない。
なので、俺は努めて冷静に、聞こえていないふりをすることにした。
「……ん? なにか言ったか?」
「な、なにも言ってない! それよりも、臨時報酬が入ったんだから晩ご飯くらいおごりなさいよね!」
「へいへい、わかったよ。じゃあ、このまま金熊亭に行くか」
俺はいじけたフリをして、歩き出す。
ヴィセミルの街は、すっかり夕陽に染まっていた。
立ち並ぶ家屋も、軒を連ねている店々も、大通りを行き交う人々もキレイな茜色になっている。
だからきっと大丈夫だ、と俺は自分に言い聞かせた。
この夕陽のお陰で──恥ずかしすぎて俺の顔が赤くなっていることに、カタリナは気づかないはずだ、と。
カタリナとリルーがバロンを瞬殺したあと、念の為、城の隅々まで調べてみたがスケルトンの姿はなかった。
カタリナたちが全滅させたのか、それともバロンがやられたことで逃げてしまったのかはわからないが、依頼は完了だ。
現地に依頼主がいない今回は、討伐の証拠としてバロンの首を持って帰ることになった。
モンスターとはいえ、頭蓋骨を持ち歩くのは薄気味が悪いけど。
ギルドに到着してリルーたちが依頼の報告に行っている間、俺たちはテーブルで待つことにした。
本当はさっさとオサラバしたいところだけど、報酬をもらうまで帰るわけにはいかないからな。
「……はぁ、ほんと無駄骨だったわ」
カタリナが頬杖をつきながら、重〜いため息をついた。
「あれだけやって……引き分けだなんて」
集計の結果、カタリナとリルーとの勝負は引き分けに終わった。
スケルトンを倒した数は完全に同じ。
リルーの仲間もカタリナが倒したスケルトンを数えていたので間違いない。
ゆえに、最後のバロンがふたりの勝負の明暗を分けることになったが、俺とリルーの仲間の厳正なる審査の結果──ふたりに1ポイントとなった。
ま、簡単に言えば、どちらの攻撃でバロンが絶命したのか判断ができなかっただけだけど。
脳天を狙ったリルーの斧の一撃なのか、鎧を穴だらけにしたカタリナの突きの連撃なのか、常人には判別不可能だった。
「しかし、あのバロンを倒せるなんて、お前ってすごいヤツだったんだな」
しみじみと言ったら、カタリナは不服そうに口を曲げた。
「なによそれ。あのくらいの立ち回り、いつも依頼で見せてるでしょ?」
「いや、それはそうだけど……この前の炭鉱のときとか、異様にポンコツだったじゃん?」
「……っ!? あれは、その……忘れなさい!」
俺を睨むカタリナだったが、その目にいつもの切れ味はなかった。
しかし、バロンをあれほど簡単に倒せるのは本当に驚きだ。
あの調子なら、カタリナがいればAクラスの依頼も受けられるんじゃないかと思ったが……そんな考えは忘れることにした。
そういう甘い考えが、パーティを全滅させる大事故に繋がるのだ。
俺たちは俺たちのやり方でいい。
「お待た〜♪」
そんなことを話していると、リルーが仲間たちを連れて戻ってきた。
彼女はテーブルの上に、そこそこ膨らんだ小さな麻袋を載せた。
「はい。これ、あんたたちの取り分」
「え? マジで? なんだか多くないか?」
「バロン討伐の特別報酬だって。ほんと助かったわ」
おお、バロン討伐がしっかり認められたのか。
戻ってくるのに時間がかかっていたのはそのせいか。
しかし、これはかなりの報酬額だ。
臨時収入にしてはデカすぎる。
「あんたたちのお陰よ。ありがとう、ピュイ……そして、カタリナも」
リルーがニヤケ顔をカタリナに近づける。
「残念ながら勝負は引き分けだったけど、あたしと互角に渡り合ったのは、あんたがはじめてだ。さすがは噂に聞く聖騎士さまだね」
「……ふん(ムカつく女だけど、わたしと引き分けた腕だけは認めてあげるわ)」
プイッとそっぽを向くカタリナ。
全くもうカタリナさんってば。素直じゃないんだから。
「ピュイ」
リルーが俺を呼んだ。
「勝負は引き分けだから、別にあたしの願いを聞く必要はないけど……一応、言おうと思ってたこと、伝えるね?」
「え?」
急に真面目な顔になったリルーに、ついドキッとしてしまった。
な、なんだ急に改まって。
まさか──旦那と娘がいるってのに、俺に背徳行為をお願いするつもりじゃないだろうな。
言っておくが、ガーランドは俺の大切な仲間だ。
あいつを裏切るようなことは、絶対にしないからな。
リルーはうつむいてすこしだけ黙り込む。
そして、意を決したかのように俺の顔を見て──
「……あんた、ウチに来る気はない?」
リルーの口から飛び出してきたのはそんな言葉だった。
その言葉が意味するところがよくわからなかった俺は首をひねってしまった。
「ええと、どういう意味?」
「笑うドラゴンを辞めて、ウチのパーティに来ないかって意味よ」
「……マジで?」
俺はしばらく固まってしまった。
妙な勘ぐりをしていたから、余計に。
「もちろん大マジよ。あんた、万年Dクラスで『プロの駆け出し』って言われてるけど、あたしは、ピュイ以上の回復魔術師なんて見たことがない。常人よりも魔力の総量が多いってとこだけでも優れてるのに、どんなピンチになっても涼しい顔でいられるくらい肝が座ってるしさ。あんたはパーティの土台を守る回復魔術師にとって必要不可欠な要素を持ってる。だから、ウチに欲しいってずっと思ってたんだ」
「……」
突然ベタ褒めされて、背中がムズムズしてきはじめた。
いつも「頼りない」とか「貧弱」とか言ってたくせに、そこまで俺のことを高く評価してくれていたなんて。
「笑うドラゴンであんたが貰ってる報酬の2倍出す。それに、あんたの冒険者試験の費用を出してやってもいいよ。どう?」
リルーが握手を求めてくる。
はっきり言って、良い申し出だと思った。
そう思ったのは俺の能力を高く評価してくれているだけではない。彼女は俺の読心スキルのことも知っているのだ。
読心スキルがバレることを恐れる必要もないし、リーダーを辞めれば、あの苦手なパーティ管理業務から解放される。
リルーの元で冒険者をやるのは、魅力的すぎる。
10人に聞けば、10人が首を縦にふる提案だろう。
だけど──
「……申し出はありがたいけど、遠慮しておくよ」
俺はリルーの手ではなく、テーブルの報酬金を手に取った。
俺の返答にリルーはそこまで驚いてはいない様子だったが、興味ありげに尋ねてくる。
「理由を聞いてもいいかい?」
「理由? まぁ……なんつーか、俺には今のパーティが合ってるんだよ」
なんだかカッコつけているような理由だけど、それが全てだ。
リルーは信頼できる冒険者だし報酬は魅力的だけど、笑うドラゴンのメンバーを捨ててでも欲しいとは思わない。
みんな、バカで少し抜けたやつらだけど、俺はあいつらと一緒に冒険者をやるのが好きなんだ。
「フフ」
リルーが呆れるように笑った。
「……あ〜あ。フラれちゃったかぁ。今まで男に振られたことなんてなかったのに。まったく、まさかピュイに初めてを奪われるなんて、屈辱ぅ〜」
「お、おま、言い方!」
と、ツッコミを入れた瞬間、リルーが俺の肩に手を回して強引に引き寄せてきた。
「それで? カタリナとはいつ結婚するのさ?」
「……っ!?」
そして、そんなことをボソッと耳打ちする。
カタリナの前でなんてことを言ってるんだ──と慌ててカタリナを見たが、未だにリルーに怒り心頭なのか、そっぽを向いて気づいていないようだった。
俺はカタリナに聞こえないようにささやく。
「……なんで俺とカタリナが結婚しなきゃいけないんだよ……っ!?」
「はいはい、とぼけなくても良いって。あたしには読心スキルはないけど、あんたたちの雰囲気を見てたら一発でわかるっての」
「お、俺たちはそんな関係じゃねぇから……っ!」
「へぇ、そう? だったら早くあんたから告白でもしないと、どっかのいい男に取られちゃうかもよ?」
「よ、余計なお世話だっ」
リルーの体を両手で押しのける。
だが、非力な俺の腕力ではリルーはびくとも動かず、逆に俺の体が押し負けてしまった。
ああ、啖呵を切っておきながら、なんて格好悪いんだ、俺。
「あはは、ホントに可愛いなぁ、ピュイは」
そんな俺を見て、リルーがケラケラと笑う。
「ま、フられるようなことになったら、あたしのところに来なよ? 夜通し慰めてやるからさ? 手取り足取り、ね?」
「い、いらねぇよ!」
「恥ずかしがっちゃって。じゃあね、ピュイ」
楽しそうに高笑いをしながら、リルーがギルドを出ていく。
彼女の後を追って、リルーのふたりの仲間たちも挨拶をして去っていった。
テーブルに残されたのは、俺とカタリナと、少し気まずい沈黙。
「と、とりあえず、出ようぜ?」
「……」
カタリナに声をかけると、彼女は顔をそむけたまま無言で席を立った。
俺はごくりと唾を飲みこむ。
無言なのが余計に怖い。
明らかに怒っている雰囲気なのだが、何に怒っているのかよくわからなかった。
リルーとの会話を聞かれていたからなのか、それとも別の理由からか。
聞こうにも聞けないジレンマ。
ギルドを出た俺たちは、どこに向かうでもなくヴィセミルの街を歩いた。
「ねぇ、ピュイくん。どうしてリルーの申し出を断ったの?」
ぽつりとカタリナがそんなことを尋ねてきた。
返答に迷っていると、彼女は言いにくそうにチラリと俺を見て続けた。
「なんていうか……すごく好待遇だったのに」
「そ、そりゃ断るだろ。あいつのパーティで働くなんて、想像しただけでも過労死しそうだからな」
「……そう」
なんとも納得していなさそうな返事をするカタリナ。
まさか、怒っているのはリルーに誘われたから……なのか? でも、きっぱりと断ったし、怒る要素はないと思うんだが。
どうにも気になった俺は、じっと彼女を見て心の声を聞いてみる。
(はぁ……ごめんねピュイくん。こんなことで不機嫌になるのは自分でも嫌なんだけど……すごく不安なの。ピュイくんが急にどこかに行っちゃいそうで)
その声を聞いて、俺ははっと息を飲んだ。
先日聞いた、カタリナの過去の話が頭によぎったからだ。
子供の頃に、両親を失ってひとりになってしまったカタリナ。
彼女は神を呪ってしまうくらいに、寂しくて辛い日々を送っていた。
だからこそ、カタリナはひとりになることを恐れているのではないだろうか。
俺やパーティメンバーたちを「家族のようなもの」だと思っているから、余計に。
また、突然自分ひとりになってしまわないかと。
「カタリナ」
だから俺は──彼女が抱いている疑問に本気で答えようと思った。
「リルーに話したことは聞いてただろ? 俺が断ったのは、笑うドラゴンが一番大切だからだよ。それ以外に理由はない」
そう答えると、カタリナは驚いたような、嬉しそうな顔で俺を見た。
しかし──その顔にすぐに影が落ちる。
俺はカタリナに尋ねた。
「信じてくれないか?」
「そ、そんなこと……ないけど(疑いたくはないけど、安心するために何か証拠を見せて欲しい……)」
証拠か。
俺はしばらく思案する。
カタリナを安心させるために、何を提示すればいいのだろう。
言葉以上の信用できる要素。
カタリナが信じてくれる、唯一無二のもの。
「冒険者ランクを上げてみるか」
「……えっ?」
「パーティのために俺の冒険者ランクをCに上げる。個人ランクに興味なくてずっと冒険者試験をパスしてきた万年Dクラスの俺がランクを上げるんだ。それって、少しは笑うドラゴンのことを大切に思っているって証拠にならないか?」
これまで頑なにランクを上げてこなかった俺だからこそ、普通の冒険者がランクを上げるよりも説得力が出る。
詭弁だと思われるかもしれないけど、これが今、俺にできる精一杯の証明だ。
カタリナは様子を伺うように上目遣いでこちらを見る。
「あ、あなたがそうしたいのなら、勝手にやればいいじゃない(そこまでしてくれるのなら、信じられるかも……)」
辛辣な言葉を吐き出すカタリナだったが、プイっとそっぽをむいた横顔がかすかに緩んでいた。
明後日の方向をみたまま、カタリナが続ける。
「でも、どうしたのよ? 急に証拠だなんて言い出して」
「実はお前とリルーとの勝負でスケルトンを一体数え忘れてた気がするんだよな。つまり勝負はカタリナが勝ってた。だから、俺は約束通りお前の願いを叶えてやらなければならないってわけだ」
俺はちらりとカタリナの顔を盗み見る。
「なんだかお前の顔を見てると、『パーティのことを大切に思ってるなら、証拠を見せて欲しい』って言いたげだったからさ」
「な……っ」
ぱっとこちらを見たカタリナは頬を紅潮させていた。
彼女は何かを言おうとして飲み込み……拗ねたような表情を作って、かすれた声で囁いた。
「……ありが、とう」
意表を突いた言葉に、ドキッとしてしまった。
心の声ならまだしも、肉声でお礼を言われるのは……なんていうか、まだ耐性ができてない。
なので、俺は努めて冷静に、聞こえていないふりをすることにした。
「……ん? なにか言ったか?」
「な、なにも言ってない! それよりも、臨時報酬が入ったんだから晩ご飯くらいおごりなさいよね!」
「へいへい、わかったよ。じゃあ、このまま金熊亭に行くか」
俺はいじけたフリをして、歩き出す。
ヴィセミルの街は、すっかり夕陽に染まっていた。
立ち並ぶ家屋も、軒を連ねている店々も、大通りを行き交う人々もキレイな茜色になっている。
だからきっと大丈夫だ、と俺は自分に言い聞かせた。
この夕陽のお陰で──恥ずかしすぎて俺の顔が赤くなっていることに、カタリナは気づかないはずだ、と。