茜色に染まったヴィセミルの街は、ただならぬ熱気に包まれていた。
カタリナと待ち合わせたときにちらほら見かけたカップルは更に増え、子供を連れた家族の姿もある。
そして、その誰しもが頭に王冠のようなものをつけていた。
帽子のような布生地で作ったものや、草花でつくった花冠……中には本物の王冠と見間違うような立派なものをつけ、仮装している人もいる。
彼らは、これから始まる「王冠行進」に参加する人たちだろう。
俺は別にいらないけど、気分を盛り上げるためにカタリナの分くらいは用意したほうがいいか?
そう思って、カタリナを見たが──
(デート♪ デート♪ ピュイくんとお祭りデート♪)
うん、全然気にかける必要はなかったな。
しかし、カタリナの何がすごいって、頭の中はお花畑なのに表情は冷静そのものなのところだ。浮足立つ街の人々を見て、どこか呆れているような雰囲気すらある。
服装が「これから晩餐に行く予定ですけど何か?」みたいな格好だから、余計にそう見えるのか?
でも、こいつの場違いな服装が浮いているように感じないのは、仮装をしている人たちがいるからだろう。
心の中と一緒に存在も浮かなくて良かったね、カタリナさん。
「ピュイくん、あれって本物なのかしら?」
そんなカタリナが指差したのは、その王様に仮装している男性だった。
んなわけないだろ……とツッコミかけたが、ニセ王様を見ているカタリナの目がキラキラとしているのでやめることにした。
俺は空気を読む男なのだ。
「あ〜、そうだな〜。もしかすると、お忍びで街に来てるのかもしれないなぁ〜」
「……えっ!? ほ、ホントに!?」
冗談で言ってみたが、カタリナは真に受けたらしい。
見てるこっちが恥ずかしくなるくらいに、メチャクチャ興奮しはじめた。
「す、すごいっ! わたし、国王陛下を見たの、初めてかもっ!」
「ああ、ええと……俺も初めて見たわ」
「ちょっと挨拶に行ったほうがいいかしら!?」
「うん、やめとけ」
色んな意味で驚かれるから。
しかし、なんていうか純粋だなぁ。
普段もこんな感じならいいのに。
と、そんなことを話している間にも、周囲には王冠をかぶった人々がどんどん増えていく。
彼らの楽しそうな雰囲気につられてか、次第にカタリナの空気も柔らかくなっていった。
「なんだか街の人たちの雰囲気がいつもと違うわね。こんなヴィセミルを見るのは初めてかも」
「この日を楽しみにしている人も多いだろうからな」
「そうね。きっとみんな、この日を待っていて……あっ!」
カタリナが広場の一角を指差した。
「あれが、リーファさんが言ってた『屋台』ってやつ?」
「そうだな。でも、飯が買えるまでもう少しかかるんじゃないかな?」
屋台で出すのは作り置きをしたものなので、そこまで時間はかからないだろうけど。
「ねぇ、ピュイくん。もしかすると料理を出してる屋台があるかもしれないから、一緒に探してみない?」
「え? あ、うん……まぁ、いいけど」
「よし、それじゃあ早速行くわよっ!」
「う……おっ!?」
突然、凄まじい力で腕を引っ張られた。
やめてくれカタリナ。
お前の馬鹿力で引っ張られたら俺の腕がちぎれてしまう。
というか、今日はやけにグイグイくるじゃないか。いつもの「ゴミはわたしに近づかないでくれる?」みたいな辛辣オーラはどこに行った。
だが、そんな心の声が届くわけもなく、俺はカタリナに引っ張られながら広場を歩いて回ることになった。
いくつか準備中の屋台をまわって、ようやく良い匂いが放たれているパン屋の屋台を見つけた。
そこで売っていたのは、肉汁たっぷりの焼き豚肉とニンニクをパンで挟んだ、実に美味そうなサンドイッチ。
価格はスピネル銅貨1枚。
街のパン屋で売っているパンで銅貨1枚だから、破格といえば破格だ。
「なんだか美味しそうね」
「じゃあ、食ってみるか」
俺は店主に銅貨2枚を渡して、サンドイッチをふたつ貰った。
そのひとつをカタリナに渡す。
「……え? いいの?」
「はじめての王冠祭りだろ? これは祭りの先輩からのおごりだ」
「な、なによカッコつけちゃって。自分も数年ぶりのくせに(ありがとうピュイくん。すごく嬉しい……)」
カタリナの心の声に、俺の口元が軽く緩んでしまう。
なんだよ。サンドイッチひとつでそこまで喜ぶなんて。
あと3つくらい買ってやろうか?
「いただきます」
カタリナは感慨深げにサンドイッチをじっと見つめたあと、控え目にはむっと
かぶりついた。
危うく口から落ちかけた肉汁を薬指でそっと拭って、手のひらで口を隠しながらもくもくと咀嚼する。
なんだかすっごい上品な食べ方だな。
サンドイッチが高級料理に見えてきたぞ。
「……あ、おいしい」
驚いたようにカタリナが目を見張った。
俺もひとくち頬張る。
ジューシーな肉汁たっぷりと豚肉とニンニクの辛味が良い感じに混ざっていてメチャクチャ美味い。
「こりゃ美味いな。ま、貴族の晩餐に出る料理には勝てないだろうけど」
「そんなことないよ。そもそも、あっちは料理を味わう余裕なんてないし」
「え? 余裕がないって……もしかしてお前でも緊張してたりするのか?」
「……してない(……緊張してるわよ。だって、相手は上流階級の人たちだもん)」
じとり、と俺を睨みつけるカタリナ。
どうやら図星だったらしい。
てっきり辛辣オーラで男を近づけず、晩餐の料理を食べまくってるのかと思っていたけど、そうじゃなかったのか。
「でも、ホントおいしい。今度から依頼のときに持っていく携帯食、これにしようかしら」
「残念だけど、それは王冠祭り限定品だ」
「え」
カタリナは愕然とした表情で固まってしまった。
「そこはあなたのコミュ力でなんとかしなさいよ」
「できるわけねぇだろ」
俺は領主じゃねぇんだぞ。
「食べたいなら、また来年だ」
「……残念だけど、仕方ないわね」
そう言って、カタリナは記憶にこの味を刻みつけるように黙々と豚肉サンドイッチを口に運んだ。
俺たちがサンドイッチを食べ終わったころには、広場に多くの屋台が出来上がっていた。
リーファが言っていた「肉を串に刺して焼いたもの」や、ソーセージを焼いたもの。
果物の切り売りや、色鮮やかなお菓子。
中には酒ダルを持ってきて、エールを売っている屋台もある。
食べ物の他には、職人が作った王冠のレプリカや、仮装用の衣装、中には藁で作った人形なんかも並んでいる。
「んじゃ、そろそろメインディッシュを探しに行くか」
「え? メインディッシュ?」
カタリナが首を傾げた。
「忘れたのかよ。レモンのはちみつ漬けだよ」
「……あっ!」
カタリナの顔にぱっと花が咲く。
しかし、すぐにプイっとそっぽを向いてしまった。
「べ、別にそこまで食べたいってわけじゃないから(うぅ……食べたいけど、食い意地が張ってる女みたいにみられるのは嫌だよぅ……)」
今更かよ。と心の中でささやく。
本当に手が焼けるな、こいつは。
「何勘違いしてるのか知らねぇけど、俺がレモンのはちみつ漬けを食べたいんだよ。だから、ちょっと付き合ってくれないか?」
そう尋ねると、カタリナの表情が少しだけ柔らかくなった。
「仕方がないわね。本当に子供なんだから(もしかして、自分が食べたいことにして、わたしに気を使ってくれたの? 優しい……好き)」
「……」
あの、心の中で俺の行動をいちいち解説しながらデレるの、やめてもらえませんかね。黒歴史を暴露されているみたいでメチャクチャ恥ずかしいんで。
「取りあえず、行こうか」
凄まじい羞恥心に身悶えしながら、レモンのはちみつ漬けを探してカタリナと広場を再び歩きはじめる。
人混みの中で泣いている小さな子供を見つけたのは、そんなときだった。
カタリナと待ち合わせたときにちらほら見かけたカップルは更に増え、子供を連れた家族の姿もある。
そして、その誰しもが頭に王冠のようなものをつけていた。
帽子のような布生地で作ったものや、草花でつくった花冠……中には本物の王冠と見間違うような立派なものをつけ、仮装している人もいる。
彼らは、これから始まる「王冠行進」に参加する人たちだろう。
俺は別にいらないけど、気分を盛り上げるためにカタリナの分くらいは用意したほうがいいか?
そう思って、カタリナを見たが──
(デート♪ デート♪ ピュイくんとお祭りデート♪)
うん、全然気にかける必要はなかったな。
しかし、カタリナの何がすごいって、頭の中はお花畑なのに表情は冷静そのものなのところだ。浮足立つ街の人々を見て、どこか呆れているような雰囲気すらある。
服装が「これから晩餐に行く予定ですけど何か?」みたいな格好だから、余計にそう見えるのか?
でも、こいつの場違いな服装が浮いているように感じないのは、仮装をしている人たちがいるからだろう。
心の中と一緒に存在も浮かなくて良かったね、カタリナさん。
「ピュイくん、あれって本物なのかしら?」
そんなカタリナが指差したのは、その王様に仮装している男性だった。
んなわけないだろ……とツッコミかけたが、ニセ王様を見ているカタリナの目がキラキラとしているのでやめることにした。
俺は空気を読む男なのだ。
「あ〜、そうだな〜。もしかすると、お忍びで街に来てるのかもしれないなぁ〜」
「……えっ!? ほ、ホントに!?」
冗談で言ってみたが、カタリナは真に受けたらしい。
見てるこっちが恥ずかしくなるくらいに、メチャクチャ興奮しはじめた。
「す、すごいっ! わたし、国王陛下を見たの、初めてかもっ!」
「ああ、ええと……俺も初めて見たわ」
「ちょっと挨拶に行ったほうがいいかしら!?」
「うん、やめとけ」
色んな意味で驚かれるから。
しかし、なんていうか純粋だなぁ。
普段もこんな感じならいいのに。
と、そんなことを話している間にも、周囲には王冠をかぶった人々がどんどん増えていく。
彼らの楽しそうな雰囲気につられてか、次第にカタリナの空気も柔らかくなっていった。
「なんだか街の人たちの雰囲気がいつもと違うわね。こんなヴィセミルを見るのは初めてかも」
「この日を楽しみにしている人も多いだろうからな」
「そうね。きっとみんな、この日を待っていて……あっ!」
カタリナが広場の一角を指差した。
「あれが、リーファさんが言ってた『屋台』ってやつ?」
「そうだな。でも、飯が買えるまでもう少しかかるんじゃないかな?」
屋台で出すのは作り置きをしたものなので、そこまで時間はかからないだろうけど。
「ねぇ、ピュイくん。もしかすると料理を出してる屋台があるかもしれないから、一緒に探してみない?」
「え? あ、うん……まぁ、いいけど」
「よし、それじゃあ早速行くわよっ!」
「う……おっ!?」
突然、凄まじい力で腕を引っ張られた。
やめてくれカタリナ。
お前の馬鹿力で引っ張られたら俺の腕がちぎれてしまう。
というか、今日はやけにグイグイくるじゃないか。いつもの「ゴミはわたしに近づかないでくれる?」みたいな辛辣オーラはどこに行った。
だが、そんな心の声が届くわけもなく、俺はカタリナに引っ張られながら広場を歩いて回ることになった。
いくつか準備中の屋台をまわって、ようやく良い匂いが放たれているパン屋の屋台を見つけた。
そこで売っていたのは、肉汁たっぷりの焼き豚肉とニンニクをパンで挟んだ、実に美味そうなサンドイッチ。
価格はスピネル銅貨1枚。
街のパン屋で売っているパンで銅貨1枚だから、破格といえば破格だ。
「なんだか美味しそうね」
「じゃあ、食ってみるか」
俺は店主に銅貨2枚を渡して、サンドイッチをふたつ貰った。
そのひとつをカタリナに渡す。
「……え? いいの?」
「はじめての王冠祭りだろ? これは祭りの先輩からのおごりだ」
「な、なによカッコつけちゃって。自分も数年ぶりのくせに(ありがとうピュイくん。すごく嬉しい……)」
カタリナの心の声に、俺の口元が軽く緩んでしまう。
なんだよ。サンドイッチひとつでそこまで喜ぶなんて。
あと3つくらい買ってやろうか?
「いただきます」
カタリナは感慨深げにサンドイッチをじっと見つめたあと、控え目にはむっと
かぶりついた。
危うく口から落ちかけた肉汁を薬指でそっと拭って、手のひらで口を隠しながらもくもくと咀嚼する。
なんだかすっごい上品な食べ方だな。
サンドイッチが高級料理に見えてきたぞ。
「……あ、おいしい」
驚いたようにカタリナが目を見張った。
俺もひとくち頬張る。
ジューシーな肉汁たっぷりと豚肉とニンニクの辛味が良い感じに混ざっていてメチャクチャ美味い。
「こりゃ美味いな。ま、貴族の晩餐に出る料理には勝てないだろうけど」
「そんなことないよ。そもそも、あっちは料理を味わう余裕なんてないし」
「え? 余裕がないって……もしかしてお前でも緊張してたりするのか?」
「……してない(……緊張してるわよ。だって、相手は上流階級の人たちだもん)」
じとり、と俺を睨みつけるカタリナ。
どうやら図星だったらしい。
てっきり辛辣オーラで男を近づけず、晩餐の料理を食べまくってるのかと思っていたけど、そうじゃなかったのか。
「でも、ホントおいしい。今度から依頼のときに持っていく携帯食、これにしようかしら」
「残念だけど、それは王冠祭り限定品だ」
「え」
カタリナは愕然とした表情で固まってしまった。
「そこはあなたのコミュ力でなんとかしなさいよ」
「できるわけねぇだろ」
俺は領主じゃねぇんだぞ。
「食べたいなら、また来年だ」
「……残念だけど、仕方ないわね」
そう言って、カタリナは記憶にこの味を刻みつけるように黙々と豚肉サンドイッチを口に運んだ。
俺たちがサンドイッチを食べ終わったころには、広場に多くの屋台が出来上がっていた。
リーファが言っていた「肉を串に刺して焼いたもの」や、ソーセージを焼いたもの。
果物の切り売りや、色鮮やかなお菓子。
中には酒ダルを持ってきて、エールを売っている屋台もある。
食べ物の他には、職人が作った王冠のレプリカや、仮装用の衣装、中には藁で作った人形なんかも並んでいる。
「んじゃ、そろそろメインディッシュを探しに行くか」
「え? メインディッシュ?」
カタリナが首を傾げた。
「忘れたのかよ。レモンのはちみつ漬けだよ」
「……あっ!」
カタリナの顔にぱっと花が咲く。
しかし、すぐにプイっとそっぽを向いてしまった。
「べ、別にそこまで食べたいってわけじゃないから(うぅ……食べたいけど、食い意地が張ってる女みたいにみられるのは嫌だよぅ……)」
今更かよ。と心の中でささやく。
本当に手が焼けるな、こいつは。
「何勘違いしてるのか知らねぇけど、俺がレモンのはちみつ漬けを食べたいんだよ。だから、ちょっと付き合ってくれないか?」
そう尋ねると、カタリナの表情が少しだけ柔らかくなった。
「仕方がないわね。本当に子供なんだから(もしかして、自分が食べたいことにして、わたしに気を使ってくれたの? 優しい……好き)」
「……」
あの、心の中で俺の行動をいちいち解説しながらデレるの、やめてもらえませんかね。黒歴史を暴露されているみたいでメチャクチャ恥ずかしいんで。
「取りあえず、行こうか」
凄まじい羞恥心に身悶えしながら、レモンのはちみつ漬けを探してカタリナと広場を再び歩きはじめる。
人混みの中で泣いている小さな子供を見つけたのは、そんなときだった。