王冠祭り。



 「タールクローネ」とも呼ばれるその祭りは、ヴィセミルだけではなく王国全土で行われている、いわば国を代表する祭りだ。



 元々は初代国王の戴冠を祝ったものだったが、長い年月を経て形が変わり、国民の祝日になった。



 なので、祭りでは国王の戴冠にちなんだ催し物を行う。



 その最たるものが「王冠行進」と呼ばれるものだ。街の人々が各々自由に王冠を模したものを頭につけ、大通りを練り歩くのだ。



 そこで主役になるのが街の子供たち。



 初代国王は10歳で王の座についたため、王冠をつけた子供にはお菓子をプレゼントするというしきたりがある。



 普段はお菓子などあまり口にできない南地区の貧しい子どもたちも、この日は大量のお菓子を手にすることができるので、夢のような1日なのだ。



 王冠行進で街をひととおり練り歩いたあとは、吟遊詩人を先頭にりんごを咥えた豚の頭とソーセージをつなげた貢物を領主に献上しに行って祭りは終わる。



「へぇ……そんな祭りがあったのね。全然知らなかったわ」



 一通り俺から王冠祭りのことを聞いたカタリナが驚いたように目を丸くした。



「この街に来て数年が経つけど、見かけたことすらなかった」



「まぁ、仕方ないだろ。年に1回の祭りだし、依頼で街を離れていたらあったことすらわからずに終わるだろうし」



「ピュイくんは毎年参加してたの?」



「俺? いや全然。てか、存在自体忘れてた」



 俺はこの街に来て8年が経つが、参加したのは街に来たばかりで暇だったときの1回だけだ。



 それからは冒険者の仕事で街を離れることが多くなって、参加するどころか、すっかり祭りの存在すら忘れてしまっていた。



「……呆れた。由緒ある祭りなんだから、ちゃんと覚えときなさいよね(そんな祭りがあるなら、ピュイくんと一緒に行きたかった……)」



「……」



 心の声に悶絶してしまう。



 なんだお前。意中の相手をうまくデートに誘えない、ウブな乙女か。



 ……いや、正真正銘、ウブな乙女なんだけどさ。



「待たせたな」



 そんなことを話していると、リーファが胸当てを持ってやってきた。

 

 どうやら損傷箇所の確認が終わったらしい。



「まず手をつけるべきはここのデカい亀裂だが、その他にも細かいのがたくさん入っていて、全面的に修繕が必要だな。費用はとりあえず材料を仕入れてみてからだが……まぁ、大体スピネル銀貨10枚ってとこだ」



「銀貨10枚……」



 ぽつり、とカタリナがささやく。



 流石に鎧の修繕で銀貨10枚はカタリナにとってもデカい金額なのかもしれない。

 

 まぁ、全額パーティで負担するのでカタリナが気にする必要はないのだけど。



「ああ、安心してくださいよカタリナさん。今回は銀貨1枚にまけますから」



「……えっ? そ、そんなに!? だ、大丈夫なの!?」



 流石に驚いた様子のカタリナ。 



 銀貨1枚は銅貨10枚なので、銅貨90枚の値引き。



 俺たちがいつも受けているDランクの依頼報酬がひとりあたり銅貨5枚くらいなので、依頼18回分だ。



 うん、値引きってレベルじゃない。



 実際は値引きじゃなくて、リーファが俺にツケてるポーカーの賭け金の銀貨20枚から補填するんだけどな。



「大丈夫です。こいつのパーティにいる人間は特別価格なんです」



 リーファが俺のケツを叩く。



 その衝撃で、思わず前につんのめってしまった。



 お前、腕力はガーランド並にあるんだからマジやめろよ。俺は貧弱魔術師なんだぞ。殺す気かよ。



「そ、そう? じゃあ、お願いします。修繕にはどれくらい時間がかかるのかしら?」



「一週間くらいですね。必要でしたら、変わりの胸当てを用意しますが、どうしますか?」



 この店がいいのは、代わりの鎧を用意してくれるところだ。



 もちろん貸してくれるのは使い古された中古品や質が悪い鎧だが、それでも無いよりはマシだ。



「ありがとう。じゃあ、そちらもお願いするわ」



「わかりました。カタリナさんに合うサイズがあるか調べるのに少し時間がかかるので──その間に王冠祭りにでも行ってみたらどうです?」



「え?」



「参加したことないんですよね? 王冠祭り」



 リーファがニヤッと笑った。



 こいつ、聞き耳立ててやがったのか。



「そうですけど、子供の祭りなんですよね?」



「いやいや、大人も十分楽しめますよ。広場にはたくさん屋台も出るので。俺も仕事が終わったら行くつもりです」



「屋台……?」



「ええ。食べ物が買える移動式の店舗ですよ。去年は、鶏もも肉を串に刺して焼いたものとか、豚肉を焼いたものをパンに挟んだものとか……ちょっとめずらしいものだと、レモンのはちみつ漬けなんかも出ますよ」



「レッ……」



 カタリナが、ぱっとこちらを振り向いた。



 その顔はなんていうか……おやつを前にした子供っぽくて、とても愛嬌のある可愛らしいものだった。



「……あ〜、行ってみるか?」



「仕方ないわね」



 カタリナは即答した。



 それはもう、凄まじい反応速度で。



 流石はAAクラス冒険者だ。



「ピュイくんがどうしても行きたいって言うなら、付き合ってあげるわ(行きたいです、行きたいです、絶対行きたいです、できるならピュイくんとふたりでっ!)」



 うん。心の中が正直で、ホント助かりますよカタリナさん。



 ま、心の声を聞くまでもなく、顔を見れば一発でわかったんですけどね!




 というわけで、急遽王冠祭りに参加することになった俺は、リーファに「今週末、金熊亭でポーカーやるからな」と伝えて、店を後にした。



 この前のガーランドの修繕費と合わせて、ツケがだいぶ減ってしまったので補充しておかないとな。



 リーファの店は、ある意味俺のパーティの生命線でもあるのだ。