カタリナと装具店に行く約束をした日──



 俺が待ち合わせ場所に選んだのは、ヴィセミルの中央広場にある「領主ルイデ像」の前だった。



 領主ルイデの権威の象徴とも言えるこの像は、巨大な台座の上に立っていて目立つために、定番の待ち合わせスポットとして街の人々に親しまれている。



 つまり、簡潔に言えば、街のカップルどもが待ち合わせによく使う場所なのだ。



 そんなところを待ち合わせ場所に選んだのは、街の東地区にある「リーファ装具店」が近いからなのだが──ちょっと失敗だったかもしれない。



 今日は平日なのでクソカップルはいないだろうと高をくくっていたけど、至るところでカップルがイチャついてやがるのだ。



 これは一体どういうことだ? 



 もしかして、今日は教会の祝日なのか……と思ったけど、ここに来る前にガーランドたちの出発を見送ったのでそんなことはありえない。



 教会の祝日はギルドが休みになってしまうため、冒険者も強制的に休まざるを得なくなるのだ。



「ピュイくん」



 ルイデ像の下でクソカップルどもを睨みつけていると、俺の名を呼ぶ女性の声がした。



 颯爽と現れたのは、カタリナだった。



 周囲にいる男どもから、感嘆のため息が漏れる。



 俺も歩いてくるカタリナの姿に、つい見蕩れてしまった。



 なんというか……カタリナはいつもより、メチャクチャ華やかな格好だった。



「待たせちゃったかしら?」



「いや、俺もいま来たところ、だけど……」



「なによ?」



「いや、なんつーか……気合入ってんなぁって思ってさ」



 銀の髪は綺麗な装飾が施された髪留めでまとめられ、サイドにスリットが入ったボディラインがくっきり見える白いドレスを着ている。



 さらに、膝上まである白いブーツを履いていて、昨日とは違う意味でのフル装備といえる。



 はっきり言って、マジでどこぞの令嬢かと思うくらいに綺麗なのだが……こいつ、これから貴族の晩餐にでも行くつもりなのか?



「あなたが気合入ってなさすぎなのよ。何よその格好」



 カタリナが胡乱な目で俺を見る。



「何って、普通だろ」



「それが普通なら、あなたは街の南地区に住む貧しいひとたちよりも貧素な暮らしをしている『超絶極貧者』ということになるわね。なんなら、教会に相談してみたら? 手厚い施しを受けられるんじゃない?」



「手厳しいな!」



 これは俺の一張羅とも言える古着屋でまとめ買いしたチュニックとズボンだぞ。



 その総額、3着で銅貨3枚。



 多分、カタリナの髪飾りより安いと思う。



「というか、これから誰と何処にいくのかわかってるの? このわたしと、服飾店にいくのよ?」



「服飾店じゃなくて、装具店な」



「……っ! 似たようなものでしょ!」



 全然違うわ。



 これから行くのは鎧を修繕する店で、ドレスを買いに行くわけじゃないんだぞ。



「本当にもう……どうしてわたしがあなたと服飾……じゃなかった、装具店になんて行かなきゃいけないのよ(う〜、楽しみすぎて昨晩は全然寝れなかったけど、肌荒れとか大丈夫だよね? 服装も変じゃないわよね?)」



 なるほど。



 楽しみ過ぎて気合が入りすぎちゃったわけね。



 可愛いな、カタリナさん。



「ま、いいや。とりあえず店に行くか……てか、胸当てはどうした?」



「そこの荷馬車に積んでるわ」



 カタリナが視線を送った先にあったのは、行商人が使っていそうな荷馬車だった。



 一頭の馬で引く比較的小さいサイズの荷馬車だが、それでもこんなものを持っている冒険者なんて聞いたことがない。



 パーティメンバーの私生活には首を突っ込まないようにしてるけど、こいつ、相当金を持ってんだなぁ。



 まぁ、国王から「聖騎士」の称号を与えられるくらいの冒険者だし、貴族から晩餐に呼ばれるくらいだから、当たり前か。



「早く行くわよ。なぜだか注目を浴びてるみたいだし」



「そりゃ浴びるだろうよ」



 そんな格好して浴びないほうがおかしいわ。



 カタリナには荷馬車に乗ってもらい、俺は彼女の従者かのように馬を引きながら、街の東地区へと向かった。



 ヴィセミルは大きく4つの地区に分かれている。



 領主や貴族、聖職者たちが住む北地区。



 肉体労働者や貧困層が住む、南地区の旧市街。



 冒険者ギルドや酒場をはじめとした様々な店が軒を連ねている西地区。



 そして、職人や魔術師が住む東地区だ。



 街の東側を流れるクオン河の支流にかけられた橋を渡って、東地区に入る。



 東地区は、錬金術の生成に使う薬やハーブの匂いや、槌の音が充満していて独特の雰囲気がある。



 魔力の回復に使うポーションが売ってる錬金屋には昔からよく足を運んでいるが、この雰囲気は未だに好きになれない。



「……よし、ついたぞ」



 荷馬車を止めたのは、鎧と金槌のイラストが描かれた看板を掲げている店の前。



 ここが「リーファ装具店」だ。



 荷馬車から胸当てを持って店のドアを開ける。



 店内にはずらりと様々な鎧が飾られていた。



 カタリナがつけているような胸当てから、軍隊で使う全身を覆うフルプレートメイルのようなものまである。



 そういえばリーファは東地区にいる鍛冶職人とギルドを組んで、領主相手に商売をしているって言ってたっけ。



 この鎧は、そのときに作ったものなのかもしれないな。



「いらっしゃい」



 カウンターで鎧を分解している髭面の男が声をかけてきた。



 ガーランドほどじゃないけれど、冒険者をやっていたら前衛を任せられそうな筋骨隆々の大男。こいつがこの店の店主、リーファだ。



「……って、なんだよ。ジェラルドかよ」



 リーファは俺を見るなり、がっかりとした顔を作って作業に戻った。



「ツケの期限は来週のはずだろ。何しに来やがった」



「おいおい。今日は上客を連れてきたってのに、その言い草はないだろ」



「は? 上客?」



 胡乱な目でこちらを見るリーファ。



 俺の後ろにいるカタリナを見た瞬間、まんまるく目を見開いた。



「カッ、カカカ、カタリナ・フォン・クレール……さん!?」



 リーファは慌ててカウンターの向こうから走ってくると、俺を強引に押しのけてカタリナに恭しく頭を垂れた。



「ようこそおいでくださいました! あなたのお噂はかねがね……」



「こちらこそ。あなたのことはピュイくんから聞いています。なんでも、街一番の鎧職人だとか」



「ま、街一番!? ありがとうございます!(ああ、カタリナさんから褒められるなんて、俺は今日死ぬのかもしれんな……てか、綺麗すぎだろっ! いい匂いだしっ!)」



 リーファはカタリナからおだてられて、わかりやすく鼻の下を伸ばす。



 そんなリーファが、突然、俺の首を腕でガッチリ捕まえてきた。



「……お、おいジェラルド! ちょっとこっちに来い!」



「うおっ!?」



 俺はそのまま少し離れたところにズルズルと連行されてしまう。



 こいつ、相変わらずの馬鹿力だな。



「な、なんだよ。いきなり」



「なんだよ、じゃねぇよ! なんでお前みたいなクソ底辺冒険者がカタリナさんと一緒にいるんだよ!?」



「クソ底辺言うな」



 底辺なのは間違いないけどさ。



「リーファには話してなかったけど、俺とカタリナは同じパーティなんだよ」



「お、同じパーティだと!? お前、ガーランドと組んでたパーティはどうした!?」



「そのパーティだよ。そこにカタリナが加入したんだ」



「冗談だろ……。今年一番の衝撃事実だぞ」



 リーファが店内に飾られている鎧を眺めているカタリナを盗み見る。



 まぁ、そういう反応をして当然だ。カタリナの噂を知ってる人間からすれば、「国王の娘がパーティに加入しました」レベルの衝撃だろうからな。



 さらに、そのカタリナが俺に心の中でデレまくってるなんて知ったら、多分ショック死するだろうな、こいつ。



「お前、運が良いのはポーカーだけじゃなかったんだな」



「ポーカーは運じゃねぇ。実力だ」



 これだから素人は。



 ポーカーは戦略が物を言う頭脳戦なんだぞ。



「とにかく、カタリナが使ってる胸当てを修繕してほしいんだ。だいぶデカイ亀裂が入ってるけど、お前ならなんとかできるだろ?」



「まぁ、大抵のモンはなんとかできる。相応の金はかかるけどな」



「ツケの一部を修繕費に回すから安くしろ」



「……クソ、またそれかよ。この前ガーランドのプレートアーマーを破格で修繕してやったばっかじゃねぇか」



 リーファが頭をガジガジとかきむしる。



 なんだか脅迫してるみたいだが、ポーカーの賭け金をツケてやってるのは俺のほうなのだ。恨むなら、自分のポーカーの腕を恨んでくれ。



「わかったよ。とりあえずモノを確認するから、しばらく店内で待っててくれ」



「助かる。よろしく頼むぜ」



「あ〜、そういや、カタリナさんにピッタリのセクシーなキルトの下着が入ってるけど──」



「くだらねぇこと言ってないで、さっさと作業にかかれアホタレ」



 リーファのケツを蹴り飛ばす。



 装具店なのに、なんで女性向けの下着を仕入れてんだよ。「専門外の商品を扱うな」って服飾ギルドのヤツらから叱られるぞ。



 そのセクシーな下着はすご〜く気になるけどさ!



「……ねぇ、大丈夫そう?」



 カタリナが声をかけてきた。俺は小さく頷く。



「ああ。とりあえずモノを見てもらってる。修繕費がどれくらいかかるかは見てみないとわからんらしいが、安く抑えてくれるってさ」



「ホント? それは助かるわね」



 と、そんなことを話していると、店の外から子供の声が聞こえてきた。



 何気なく見た窓の外を、子供たちがはしゃぎながら走って行った。



 服装をみるに、南地区の子供だよな。

 

 この時間、南地区の子供は市場や職人のもとで働いているはずだけど、なんで遊んでるんだろう。



「……なぁ、リーファ。なんか今日って、妙に街に人が多くないか? ルイデ像の周りにもたくさんいたし」



「あん? そりゃそうだろ」



 何気なく尋ねてみると、「くだらない質問をするな」と言いたげに、リーファがめんどくさそうに答えた。



「今日は年に一度の『王冠祭り』の日だからな」