「あっ! おかえりなさい!」

 ギルド「誇り高き麦畑」に戻った俺たちを出迎えてくれたのは、嬉々とした表情の受付嬢だった。

 だが、彼女は俺の帰りを心待ちにしていたというわけではない。

(きゃー! カタリナ様! いつ見てもお美しいわっ!)

 目的はこっちなのである。

 俺は受付嬢の視線を遮るように前に出て、カウンターに依頼主のサインが入った依頼書を出した。

「あの、依頼終了の確認お願いします」

「……あ、は〜い(ちょっと、邪魔しないでよ。カタリナ様が見えないじゃない)」

 はいはい、すみませんね。

 しかし、心の中では暴言を吐く受付嬢だが、表情はニコニコと笑ったままだ。

 うん、これぞプロフェッショナル。

「依頼完了のサイン、確認しました。こちらが報酬の残りになります」

「ありがとうございます」

「それで、今回の依頼実績はどうします?」

「……え?」

 彼女が言う「実績」というのは、完了させた依頼の履歴みたいなものだ。

 実績はランクアップの指標にされるため、冒険者にとって報酬金と同じくらい価値があるもでもある。

「いつもみたいに、カタリナさんじゃなくて、笑うドラゴンに付けときます?」

 いつもみたいに、ってなんだ。

 パーティで受けたんだから、パーティの実績に決まってるだろ。

「……ん? ちょっとまてよ」

 すっかり忘れてたけど、今回は「笑うドラゴン」で受けたんじゃなくて、カタリナ個人が受けた依頼だった。

 だとしたら、実績はカタリナに付くはず。

 なのに、なんで笑うドラゴンの実績として処理されるんだ?

 どういうことだと思ってカタリナを見たら、なぜか顔を真っ赤にしていた。

 一瞬首をかしげてしまったが、すぐに合点がいった。

「まさか、お前……オフの日にひとりで依頼を受けていた理由って──」

「ち、ち、ち、ち、違うから! そういうんじゃないから!」

 カタリナが俺を押しのけて、ずんずんと受付嬢に詰め寄る。

「ちょっとあなた! な、何を言ってるの!? パ、パ、パーティに付けるってどういうことよ!?」

「えっ? だって前に、『ひとりで受けた依頼の実績は、笑うドラゴンのランクを上げるための実績として記録して』ってわたしに──」

「わぁぁぁぁああっ!(なんでバラすのよぉぉぉおっ!?)」

 やっぱりそういうことらしい。

 カタリナがオフの日に依頼を受けていたのは、パーティのランクを上げるためだったのか。

 そんなことをおくびにも出さなかったのは性格のせいだろうが、なんでそんなことを? 

「理由を聞いてもいいか?」

 いたずらが見つかった子供のようにしょぼくれているカタリナに尋ねた。

 彼女はうつむいたまま、消えてしまいそうな声で答える。

「……ま、前にピュイくんが『報酬がきつい』って言っていたから、その……す、少しでもパーティの助けになればなと……」

「……」

 予想外の返答に、キュンとしてしまった。

 おいおい、いいヤツすぎないか、カタリナさん。

 確かにそんなことをぼやいた記憶はある。

 低リスク低リターンをモットーにしてはいるものの、どうにかして報酬を上げられないかと今朝も悩んでいた。

 パーティランクをあげるにはメンバーのランクの底上げが必要だが、実績作りも必要になる。

 カタリナはそれをひとりで肩代わりしてくれていたってことか。

 パーティになんて興味ない……みたいな素振りを見せておきながら、こいつは本当に──

「ありがとうなカタリナ」

「……っ!?」

 ぎょっとカタリナが顔を上げた。

「お前がパーティのことを考えてくれていたことは、素直に嬉しいよ。……でも、オフの日に依頼を受けるのはもうやめてくれ。パーティのランクは皆で上げればいいし、それに、カタリナに万が一のことがあったらイヤだしさ」

「わ、わたしに心配なんて必要ないわ」

「わかってるよ。お前は他人に心配されるような並の冒険者じゃない。だけど、何事も絶対はありえない。お前だって今回、身をもって経験しただろ」

 亀裂が入ったカタリナの胸当てを指差す。

「……わかったわよ」

 彼女は言いかけていた言葉をぐっと飲み込み、代わりに重い溜息をついた。

「はぁ……パーティリーダーっていうのは、皆こんなにおせっかいなのかしらね」

「バカ野郎。心配しているのはリーダーの責任みたいな形式張ったモンじゃねえよ。俺の個人的な意見だ」

 リーダーじゃなくても、同じように心配していたはずだ。

 そこに立ち位置なんて関係ない。

 俺はそういう意味で言ったのだが──

「こ、こ、個人的な意見?(ま、まさか、個人的にわたしのことを心配してくれているってことなの?)」

 ああ、なるほど。

 どうやらいつもどおり、間違った方向に受け取ってしまったらしい。

「全然違う。個人的っていうのはそういう意味じゃなくて、仲間としてとか、そういう意味での個人的に、だ」

「……そ、そう、よね」 

 カタリナが残念そうに肩を落とす。

 それはもう、わかりやすく。

 あの、カタリナさん。

 辛辣対応してくるなら喧嘩腰でいけるけど、そんなふうにしとやかにされると、メチャクチャ罪悪感が出てくるんですけど。

「……でもまぁ、個人的に心配な部分は少なからずあるから、あながち間違ってなくもないけど」

 なので、そうフォローしておいた。

 その瞬間、カタリナは少しだけ喜色に溢れる笑顔を見せたかと思うと、プイッとそっぽを向いた。

「……ふん。そんなこと思われても、全然嬉しくないから」

 そして、そんな辛辣な言葉を吐き捨てる。

 しかし──

(……嬉しい)

 横を向いているカタリナの口元が、小さくプルプルと震えていた。

 まったく、強がっちゃって。炭鉱でこれでもかというくらいに失態を見せてきたんだから、素直になってもいいだろうに。

 でもまぁ、そういう意地っ張りなところも可愛いんだけどさ。

「まぁ、なんだ。とりあえず……飯でも食いにいくか?」

「……うん、いく」

 カタリナはツンと顔をそむけたまま、素直に答えてきた。

 なんだか、すこぶる萌えてしまった。 

 ……

 …………

 よし、今日は特別に晩飯をおごってやろうかな。

 言っておくが、これはパーティリーダーとしての責務なのだ。

 パーティメンバーのモチベーションを上げるために必要なことで、依頼の労いの意味合いがあるのだ。

 決して可愛い一面を見せてくれたカタリナにおごってやりたくなったとか、そういうんじゃないからな!

「な、何よ。鼻歌なんて歌って、気持ち悪いわね」

「う、うるせぇっ!」

 ボソッと辛辣な言葉を口にするカタリナと、上ずった声で罵倒し返す俺。

 なんだか言葉の切れ味が悪い俺たちは、気まずい空気を引きずりながらギルドを出て、夕暮れのヴィセミルの街を歩いていくのだった。