翌日になるとすでに信行の葬儀があった。


と言っても本人は死んだわけじゃないから、着ていくのはグレーのスーツだ。


隣の原田家の前で立ち止まり、玄関チャイムを鳴らすとすぐにご両親が出てきてくれた。


「この度は……」


後半をごにょごにゅと濁らせるのは通常の挨拶のときでもやるけれど、今回はやはり意味合いが少し違ってくる。


両親にとっては最愛の子供がいなくなってしまったショックが残るが、当人からしてみれば大好きな活字になれることを幸せに感じている場合もある。


だから語尾を濁らせるのだ。


活字化することは決して不幸だとは言い切れない。


4畳ほどの和室に通されるとそこには簡易的な祭壇が作られて信行の写真が飾られていた。


もちろん遺体など存在しないので、大掛かりなことはなにもしない。


信行の写真の周りに渦高く積まれている本は、どれも信行が人間だった頃読んでいたものだ。