一年前は時々幽霊が入ってきておっかなかった家の中は、榊に教わった方法で除霊したことで、だいぶ居心地のいい空間になった。とはいえ、今は霊こそいないけれど、弟と妹が騒がしい。


「お兄ちゃんの馬鹿! なんでチャンネル変えちゃうの!? 今夏樹(なつき)くんが出てるのに!」

「こんなくだらない番組いつまでも観てられねーよ! それよりスポーツニュースが観たい!」


 春に無事受験戦争に勝利し、高校生になった朔(さく)と中学生になった琴菜(ことな)がうるさい。二人とも家では喧嘩ばっかりで、それを仲裁(ちゅうさい)するのは長女であるわたしの役目だ。

 好きで一番先に生まれたわけじゃないのに、何かというと一番損な役割が回ってくる。


「琴菜、テレビが観たいなら録画したら? 今からでもできるでしょ?」

「そっか、録画かぁ。お姉ちゃん、ありがと!」

「朔も、人が観ている番組勝手に変えないの。スポーツニュースが観たいなら、ひとこと言わなきゃ」


 ふん、と反抗期真っ盛りの朔が頬をふくらませる。朔は中学からやっているサッカーを高校生になってからも続けていて、琴菜は文芸部に入った。文芸部というからには小説とか詩とかを書いてるんだろうけれど、琴菜は自分が書いたものを一切家族に見せてくれない。

 二人とも、難しい年頃だ。

 キッチンで遅い晩ご飯を食べる。お母さんがわたしの分だけとっておいてくれた豚の生姜焼きをレンジでチンして、鍋に入っているお味噌汁を温めた。食べていると、お風呂から上がったお母さんがパジャマ姿で現れた。長風呂だったのか、白い頬がほんのり上気している。


「今日も朋菜ちゃんたちと遊んでたの?」

「うん」


 霊感修行のことはもちろんお母さんには言えないので、朋菜たちと遊んでいて遅くなった、ということにしてある。本当は朋菜は去年の夏までわたしと一緒に働いていたマックのバイトを辞め、今は週四でコンビニでバイトしているので、放課後を共にすることはぐっと少なくなったんだけど。


「遊ぶのもいいけれど、もっと勉強を頑張ってちょうだい。朔も琴菜も私立でお金がかかるんだから、頼むから高校も公立だったように、国立に行ってよね。理系って、大学院まで進まないといけないんだから、私立だったらうち、破産しちゃうわ」

「わかってるよ……」


 そう、理系はお金がかかる。そのことをわたしとお母さんが知ったのは理系クラスを選んだ春からで、私立大学の費用を調べたお母さんが真っ青になって「お願いだから国立に行って!!」と言ってきた。

とはいえ、国立理系はかなりハードルが高い。県立ナンバーワンの桜ケ丘の生徒である以上、国立理系を進路として選択する生徒は少なくないけれど、センター試験を突破しても二次試験があるし、今から本気で勉強を頑張らないとかなり厳しい。


 夕食を五分で食べ終わり、二階にある自分の部屋に行って教科書とノートを取り出す。今日も宿題、やらないと。そして今日の復習と、明日の予習。勉強は二年生になってから、一年生の時よりも格段に難しくなった。

英語も数学も化学も、授業を真面目に聞いているだけではついていけない。家で自習しないと、テストの時に大変なことになってしまう。


 数学の宿題に手をつけるけど、あまり集中できない。ついシャープペンを置いて、物思いに耽(ふけ)ってしまう。わたしが理系に進んだのは、システムエンジニアになるため。

一年生の頃に漠然と抱いた夢だけど、一年生の夏休み明け、二学期からパソコン部に入ったわたしは、そこで簡単なプログラミングを学んだ。自分が編んだプログラミング通りにパソコンが動くのは、楽しかった。

HTMLもjava scriptも面白い。でもこれを一生やり続けるのか、って考えると、なんか違う、って思ってしまう。


 真面目に進路を意識し始めなきゃいけない夏休み頃から、自分なりにシステムエンジニアの仕事についていろいろ調べた。それによればシステムエンジニアの寿命は短く、三十五歳程度なんだそうだ。

その後は営業に回されるし、キーボードを叩き続けるより、クライアントや同僚とのコミュニケーション能力が必要とされる仕事らしい。進路指導の先生からも、同じことを言われた。

システムエンジニアは、ただパソコンが得意なだけで務まる仕事じゃない、って。わたしにそんな、コミュニケーション能力なんてあるかって言われると、正直、自信がない。


 そんなことを考えていると食後の眠気が襲ってきたので、両手で頬をぱちんと三回叩いた。痛みで少し、目が冴える。とにかく、宿題だけは絶対に終わらせないと。

 余計な考えを振り払うように、数学の問題を解き続けた。