翌日は雨だった。
 森に行くのは諦めて、ゲルダは図書室に行って絵本を読んだ。紙の本は元々少なかったし、ずっと同じ場所で暮らしているから、図書室の本はみんな読んでしまった。けれど、別にそれでも構わなかった。
 閲覧コーナーに端末があり、3Dディスプレイで映画やニュース配信をいつでも視聴できる。娯楽に困ることはない。ゲルダたちには、それ以上の高い教養や専門知識が求められることもなかった。
 何かを深く考える必要も。
 ゲルダたちにとって大切なのは、心身ともに健やかであること。
それだけだ。
 紙の本は小さな子ども向けの絵本がほとんどだった。何度も繰り返し読んだ中から、ゲルダはオスカー・ワイルドの『幸福な王子』を選んだ。
 閲覧コーナーの隅のベンチに座り、窓の外を眺める。銀色の雨が光を放ちながら落下して、コンクリートの中庭を黒く濡らしていた。
 表紙に描かれた王子の絵に視線を戻す。この王子様はカイに似ているなと思った。
 サファイアの瞳と金色の長い髪。そして、慈愛と悲しみに満ちた横顔。
「ゲルダ、ここにいたの?」
 本物のカイが現れてゲルダの隣に座り、いつものように微笑んだ。
 ゲルダの肩に頭を寄せるように首を傾け、カイが手元の本を覗きこむ。
「また、この本」
そう言って少し笑い、一枚一枚、一緒にページを捲っていった。
「美しい話だね」
 打ち捨てられた王子の姿を見つめて、カイが囁く。
 サファイアの瞳も体を覆う金もルビーも、全て貧しい人たちに与えてしまった王子。
 無残な姿と魂の美しさについて、ゲルダは考えた。
 みすぼらしい姿になってゴミとして廃棄された王子は、燕《つばめ》とともに天使に選ばれ、最後は神様のところへ行った。
 けれど、そんな『救い』がなかったとしても、王子は幸福だったのかもしれない。
 気づかれることのない善意。
 見返りを求めない献身。
 困っている人のために、ひっそりと役に立つこと。
 それらは、とても尊いことだから。
 尊く、大切で、幸福なこと。
 3Dディスプレイの中でアンドロイドの『先生』が、いつもゲルダたちにそう教えた。

『人の役に立つことは、とても幸せなことです』