桜が満開に近づく季節、私と令悧は毎日のように逢引きをした。
いろんなことを、しゃべった。翡翠郷のこと、私の故郷のこと。天狗のこと、令悧自身のこと。
いっしょに花々の手入れをした。花が好きという令悧の言葉は、ほんとうだった。
令悧は、十六歳の私とほとんど同じか少し上に見えるが、もっと長く生きているようだった。やはり黒天狗には、死ぬということが、ないようだった。変化のない日々で無駄に年を重ねているだけ――と、彼は笑っていたけれど。
令悧は笑うと爽やかで、真剣な顔をするとすごく大人びて格好いい。
優しくて、あたたかくて、ときには切ないほど色気を見せる彼のとなりが、私のもっとも望む理想郷になるまで――桜が散るまでの時間も、かからなかった。
満開となった桜の下で。
肩を寄せ合って、青空のもと、話をした。
「……令悧はどうして、私のことが好きなの?」
「いくらでも言えてしまうぞ。いいのか? 花を育てる白く美しい両手、白銀に輝く髪、碧く深い瞳、桜の咲いたような唇と頬、思慮深い表情、賢く聡いところ、努力家であるところ、花を愛でる心、まれにしか見せてくれない幾万の花より可憐な尊い尊い笑顔、そして笑うとあどけないところ……」
「や、やっぱりもういい」
照れてしまう、喜びでどうにかなってしまう……こんなに褒められたことなんて、いままでの人生、なかったから。
「なんだ、まだまだ序の口なのに。つまりは、すべてだ――氷乃華のすべてに、俺は惹かれている」
「……私も」
理由なんて、説明できない。
ただ、いくらでも好きなところを挙げられて、言い換えればすなわちすべてが大好きな、このひとこそが――私の、運命のひとだったんだと思う。
「……どうして、令悧と先に出会わなかったんだろう。令悧が、私のほんとうの運命のひとだったはずなのに」
言葉にすると。
令悧に、抱き締められた。
……彼のあたたかい体温と、古木を思わせる良い香りが、すぐそばに。
「いまからでも、遅くない。運命に、してやろう。俺たちの手で」
「……え?」
「雷帝のもとを離れ、俺とともに往こう。俺も、黒天王さまにお話をして、使いの任を解いてもらおうと思う。受け入れてもらえるかはわからないが、全力を尽くす。どんなかたちであれ、ぜったいに、かならず……氷乃華とともに、生きる」
「令悧……」
「結婚式は、氷乃華の故郷で挙げないか?」
「でも、私の村は、もう廃墟に」
「もう一度、俺たちで氷乃華の村をやりなおすんだ。氷乃華が村長となり……だとすると、俺は副村長となるのか? 生き残った者がいないか全力で探し、見つけ、呼び戻そう。ゆかりのある人びとを、村に呼ぼう。氷乃華の育った、愛した故郷を……俺と氷乃華で、よみがえらせよう。氷乃華が、その美しい手で、花々を育てているように」
私は、胸がいっぱいで。
感謝の言葉も、愛してるって言葉も、何万回言っても足りない気がして。
令悧、とその美しい響きの名前を呼んで――懐に入り、そっと、……口づけを、した。
抗えなかった。これが、世界でいちばん――自然なことのような気さえ、した。
令悧は、私の背中にそれはそれは愛おしそうに両手を回して、口づけに応えてくれて――。
その瞬間、世界はどこまでも透き通って静かで、完璧だった。
……夢ものがたりであるかもしれないとは、思っていた。
でも、信じたかった。
せめて、いまだけでも――夢ものがたりをほんとうのこととして、感じていたかった。
いろんなことを、しゃべった。翡翠郷のこと、私の故郷のこと。天狗のこと、令悧自身のこと。
いっしょに花々の手入れをした。花が好きという令悧の言葉は、ほんとうだった。
令悧は、十六歳の私とほとんど同じか少し上に見えるが、もっと長く生きているようだった。やはり黒天狗には、死ぬということが、ないようだった。変化のない日々で無駄に年を重ねているだけ――と、彼は笑っていたけれど。
令悧は笑うと爽やかで、真剣な顔をするとすごく大人びて格好いい。
優しくて、あたたかくて、ときには切ないほど色気を見せる彼のとなりが、私のもっとも望む理想郷になるまで――桜が散るまでの時間も、かからなかった。
満開となった桜の下で。
肩を寄せ合って、青空のもと、話をした。
「……令悧はどうして、私のことが好きなの?」
「いくらでも言えてしまうぞ。いいのか? 花を育てる白く美しい両手、白銀に輝く髪、碧く深い瞳、桜の咲いたような唇と頬、思慮深い表情、賢く聡いところ、努力家であるところ、花を愛でる心、まれにしか見せてくれない幾万の花より可憐な尊い尊い笑顔、そして笑うとあどけないところ……」
「や、やっぱりもういい」
照れてしまう、喜びでどうにかなってしまう……こんなに褒められたことなんて、いままでの人生、なかったから。
「なんだ、まだまだ序の口なのに。つまりは、すべてだ――氷乃華のすべてに、俺は惹かれている」
「……私も」
理由なんて、説明できない。
ただ、いくらでも好きなところを挙げられて、言い換えればすなわちすべてが大好きな、このひとこそが――私の、運命のひとだったんだと思う。
「……どうして、令悧と先に出会わなかったんだろう。令悧が、私のほんとうの運命のひとだったはずなのに」
言葉にすると。
令悧に、抱き締められた。
……彼のあたたかい体温と、古木を思わせる良い香りが、すぐそばに。
「いまからでも、遅くない。運命に、してやろう。俺たちの手で」
「……え?」
「雷帝のもとを離れ、俺とともに往こう。俺も、黒天王さまにお話をして、使いの任を解いてもらおうと思う。受け入れてもらえるかはわからないが、全力を尽くす。どんなかたちであれ、ぜったいに、かならず……氷乃華とともに、生きる」
「令悧……」
「結婚式は、氷乃華の故郷で挙げないか?」
「でも、私の村は、もう廃墟に」
「もう一度、俺たちで氷乃華の村をやりなおすんだ。氷乃華が村長となり……だとすると、俺は副村長となるのか? 生き残った者がいないか全力で探し、見つけ、呼び戻そう。ゆかりのある人びとを、村に呼ぼう。氷乃華の育った、愛した故郷を……俺と氷乃華で、よみがえらせよう。氷乃華が、その美しい手で、花々を育てているように」
私は、胸がいっぱいで。
感謝の言葉も、愛してるって言葉も、何万回言っても足りない気がして。
令悧、とその美しい響きの名前を呼んで――懐に入り、そっと、……口づけを、した。
抗えなかった。これが、世界でいちばん――自然なことのような気さえ、した。
令悧は、私の背中にそれはそれは愛おしそうに両手を回して、口づけに応えてくれて――。
その瞬間、世界はどこまでも透き通って静かで、完璧だった。
……夢ものがたりであるかもしれないとは、思っていた。
でも、信じたかった。
せめて、いまだけでも――夢ものがたりをほんとうのこととして、感じていたかった。