結局二人が付き合っているかどうか、朝陽が京都へ修学旅行に出発する日までに分かることはなかった。
朝陽の姿がない玄関先の階段に、私は一人座っていた。
そして、授業中にルーズリーフに書き込んだ関係図を見返す。
朝陽は彼女のことが「好き」
朝陽とあいつは「友達」
あいつは彼女のことが「好き」
彼女もあいつのことが「好き」
三人の間には、矢印が行き交っている。

朝陽、あいつ、彼女……。

どこに「凪咲」と言う名前を入れようか。
どこにも入れる場所がない。
あれ? これって私が主人公のお話だよね?
「幼馴染みの恋」のヒロイン、私だよね?
それなのに、私の居場所はどこにもない。

朝陽と私は、「幼馴染み」
だから、何だって言うのだろう。
ここに描かれているのは三角形で、私の方に伸びる辺が足りないから、四角関係にもなれない。
私はこの三角に手を加えることも、変形させることもできない。
そう思うと、切なくなった。

私と朝陽は幼馴染み。
友達でもない、恋人でもない、特別で大切な存在。

「友達でもない、恋人でもない。特別な関係」

私は自ら描いてきた理想の幼馴染み像を何度か繰り返し唱えた。
幼馴染みの私たちは、特別な関係のはずだった。
だけど今、朝陽の「とくべつ」は、彼女だ。
だったら私は、朝陽の何なんだろう?
私と朝陽の間で「幼馴染み」として繋がれていた矢印を、私は消した。
そして、朝陽から私に向けられる矢印に「?」を書き込む。

私はどうなんだろう。
私は、朝陽のことをどう思っているのだろう。

私から朝陽に伸びる矢印が、シャープペンでじりじりとゆっくり引きたされる。

幼馴染みだから好き。
それって、合ってる?
それを「恋」と呼んでいいのだろうか。
「好き」って、何だろう。

幼馴染みイコール恋愛対象と思い込んでいたけど、「好き」という感情がそこにあったかどうかと言えば、それは自分でもわからなかった。
幼馴染みでなければ、正直朝陽なんてタイプでもないし、恋愛対象になんて絶対ならない。
イケメンでもないし、地味でネガティブで全然男らしくないし、私の理想と真反対の性格なんだから。
そんなことならもういっそ、幼馴染みなんかにこだわる必要はない。
私と付き合いたいと言ってくれる男子はたくさんいる。
「幼馴染みの恋への憧れ」なんて執着心、捨ててしまえば、もっと世界は広がるはずだ。
だけど、シャープペンを握った私の手が止まることはなかった。
「朝陽」という名前に向かって、少しずつ矢印が伸びていく。

__朝陽は私の……

「友達?」

夜空に向かって唱えてみた。
漆黒の闇に放たれた私の声は、そのままどこかに連れ去られたかのように消えてしまった。
どこを探しても、もうその声も、その言葉も見つからない。
夜空から地上に視線を戻した。
そこにいつもいるはずの人がいない。
聞こえてくるはずのため息が聞こえない。
地面に落とす声も、夜空に向ける自信なげな眼差しも、今では恋しい。
二泊三日の修学旅行。

__今、何してるんだろう。

「ため息、ついてないかなあ」

頼りない背中に思いを馳せて、星がひとつだけきらりと光る夜空に、私はそう放った。
フェンスを挟んだ先の階段に、頬杖をつきながら夜空をぼんやりと見上げる頼りない姿を思い浮かべると、いつもは聞こえるはずのため息が、真っ暗な空から降りてくるような気がした。