自分の好きな人と同じ人を友達が好きになるって、どんな感じなんだろう。
朝陽とあいつは、一体どんな学校生活を送っているんだろう。
あいつは朝陽が好きなことを知らないとして、朝陽としては苦しい学校生活を送っていることだろう。
積極的にアプローチしたり、相手よりも先に告白してしまおうとか、絶対無理だし絶対考えないような男だ。
それでもあいつとは同じクラスで、同じ部活で、朝から放課後までずっと一緒にいる。
彼女も同じクラスにいる。
同じクラスの中に出来上がる、目に見えない微妙な三角形。
その中に1日放り込まれたら、そりゃため息もつきたくなる。
悶々として頭がおかしくなって、授業どころではない。
その証拠に、最近の朝陽の成績はすこぶる良くないらしい。
勝手に聞こえてきた母親同士の会話の中に、朝陽の深刻な憂いを感じずにはいられなかった。

あの後、聞いてもいないのに、朝陽は彼女とあいつのことを話してくれた。

「僕にはわからないんだ」

朝陽はくぐもった声でそう言った。

「僕には何が何だかわからないんだ。何が起こっているのかもわからないんだ」

頭を抱えて本気で混乱しているような朝陽の声を、私はただ顔をしかめて聞いていた。
また口が半開きになる。
少し顔を上げた朝陽の顔は、月明かりで青白く見えた。

「部活中にさ、あいつ、シュート打ったんだよ」
「ん? うん、サッカー部なんだから、それは当たり前じゃない?」
「違うんだよ。あいつは違うんだよ。あいつは絶対シュートを打ったりなんかしない。目立つことが嫌いだし。あいつは自分の役割をちゃんとわかってるし、わきまえてる。あいつはいろんな意味で、シュートを打つポジションじゃないんだよ」 

それは前も聞いたような気がした。
私にはサッカーのことはよくわからない。
あいつのこともよくわからない。
そんな私は、朝陽の話を黙って聞くしかなかった。
朝陽は独り言をつぶやくように、まるで記憶をひとつひとつ取り出すように話し続けた。

「それなのにさ、あいつ、シュート打ったんだよ。すっごいスピードで走って、すっごい真剣な顔して、ボール、蹴り上げたんだよ。そしたらさ、すっごい気持ちいい音立てて、ボールがゴールネットに入ったんだよ。アニメで見るような効果音が出たんだよ」

興奮気味に話したかと思うと、朝陽は次の瞬間には萎んでいた。

「そんなあいつは、かっこよかったよ」

__「僕と似ている。だけど、どこか違う。しかも、全然違う」


ふと朝陽の言葉を思い出した。

「そのあとすぐに、あいつ、いなくなったんだ。まだ部活中なのに。あいつがいないことに気づいて、気づいたら僕も走りだしてた。教室に向かって。なんで教室かはわかんない。なんて言うか、直感。嫌な予感ってやつ。今まで出したことないスピードで走ったんだ。誰もいない廊下をさあ、「かつみー」って、大声で叫びながら。ガラでもないのに」

朝陽の口元が、不気味に歪んで見えた。

「やっと教室に着いたところで、あいつが出てきたんだ。薄暗くて顔がよく見えなかったけど。いつも感じるあいつの空気じゃなかった。「顔洗ってくる」って、あいつはいなくなった。なんで教室に来て顔洗うようなことがあるんだよ。それで教室の中をのぞいたら、僕の予想通り、彼女がいたんだ。たった一人で。こうやって……」

そう言いながら、朝陽は自分の両手をじっと見つめる仕草をした。

「教室に男女二人きり。二人の様子を見れば、恋愛経験のない僕にだって、何が起こったのか何となくわかるよ」

思わずごくりとのどが鳴る。
いつもならここで、「もう諦めなよ。朝陽なんてはじめから眼中にないんだから」なんて、軽口のひとつやふたつ叩けるんだけど、こんな話を、こんな表情で話すのを見聞きしてしまったら、その時の朝陽の表情や気持ちを想像してしまったら、いくら私でも、そんなこと言う気にはなれなかった。
だって、それは、つまり……

「彼女も、あいつのことが、好きなんだよ」

私が心の中だけで確信して、決して口には出さないと決めた言葉を、朝陽は淡々と言った。
だけどその声は、まるでその言葉を自分に言い聞かせているようで、噛み締めているようだった。
朝陽の表情も、息遣いも、緊張感も、全部私に伝播する。
そのどれもが、苦しい。
だけど、話を聞いている中で感じた違和感に、思わず上ずった声が出た。

「え? でも、待って。彼女は、ずっと本田君のことが好きだったんでしょ? 早々にあいつに乗り換えたってこと? 二人はもう付き合ってるの? 展開早すぎない?」

もう少し、朝陽の心中に配慮した声かけをするべき場面なのだろう。
私の頭は、本来ならこんなに優しい気遣いができるはずなのに、私の頭を置き去りにして、口元ばかりが勝手に混乱を口走る。

「だから、わからないんだ」
「え?」
「彼女は本田のことが好きだった。だけどフラれた。その直後に、あいつと彼女の間に何かが起きたんだ。そして、すでに何かが生まれてるんだよ。僕の知らないところで」
「何かって、何よ?」
「だから、わからないって言ってるじゃん。いつどこで、どうやって二人が接点を持ったのか、距離を縮めていったのか。何が起こったのか、何が起こっているのか。僕には、ひとつもわからないんだ。どうして気づかなかったんだろう。こんなにも近くにいたのに。ずっと彼女のことを見ていたのに。あいつと彼女だって、教室では話したり、話しかけたりも全然なかったのに。そんな素振りなかったのに。どうしてそんなことになるんだよ」

そう言う朝陽の様子は、まるで野獣が吠えているようだった。
いや、実際は吠えるなんてこと、朝陽は絶対しないんだけど、こんなに自分の感情をむき出しにしている朝陽は、今までいなかった。

「ごめん」

そう言いながら、朝陽はよろよろと立ち上がって玄関のドアに手をかけた。
その寂し気な背中を見送るのは、いつも私の役目だ。
だけどドアを開けようとして、朝陽はぴたりと動きを止めた。

「ああ、そうだ。心当たりがあるとしたら、出席番号順かな」
「出席番号? なんで? 今年も朝陽は彼女と前後なんでしょ?」
「うん、だけど、あいつと彼女も前後なんだよ。あいつ、彼女、僕の順番」

私は急いで、頭の中に座席表を描く。

「去年と今年の違いは、並び列。彼女は一列目の一番後ろ。僕はその隣の列の一番前。あいつは……」

頭の中に描く座席表の中に、私はあいつの席を見つける。

「彼女の、前の席」

朝陽がそう言ったのと同じタイミングで、私は顔を上げた。

「それだけでさ、グループとかペアって変わっちゃうんだよ。彼女の今のペアは、あいつ。4人グループを作るときも、彼女とあいつは同じグループ。僕から、違うグループ」

私は描いた座席表の中で、グループやペアを作っていく。
頭の中の座席表が完成したのと同時に、「はあ」と朝陽の大きなため息が聞こえた。

「あっ、でも、修学旅行のグループは6人で1グループだから、彼女と同じなんだよね」

そう言った朝陽の顔は、少しだけ明るく見えた。
でもやっぱりすぐに陰る。

「あいつとも、同じなんだけど」

複雑な表情の変化を、私は唇を引き締めて見つめた。