「どういう意味だ……?」

 僕が打ち込んだメモを読み終えた先生が顔をあげると、ある違和感に気付いて車内を見渡した。

 乗客は誰もこちらを見る様子もなく、窓の外は夕日が沈んで、薄っすらと光が差し込んでいる。
 電車の速度が落ちているわけでもない。ただ、一向に音が聞こえてこないのだ。
 時間が流れているにも関わらず、誰かの話し声も、寝息も、走行中の音も全部、防音室に閉じ込められたように何も聞こえない。先生と僕だけが、時間に取り残されているようだった。

「君、一体何をし――!?」

 瞬きをした、ほんの一瞬だった。

 先生の前に立っていたのは僕ではなく、東条かさねだった。
 十八年前と同じセーラー服で、ストレートの黒髪と少し日に焼けた肌。生前の頃の彼女そのものがここにあった。先程まで泣きじゃくっていたせいか、目元が真っ赤に染まっている。

「な、んで……?」
「……ま、さおみ、くん」

 彼女を前にした先生は目を見開いて驚いた。言葉が出てこないのか、固まったままだ。

 それはかさねも同じようで、じわりとまた涙が溢れてくる。唇が震えているのは、言い出すのが怖いのだと、ひしひしと伝わってくる。言葉が出てこない。突然の対面に、言葉を選ぶ時間がない。

「――かさね」

 十五秒が経過したところで、先生が口を開いた。

「待っていてくれてありがとう」

 とても優しい声色だった。それに誘われるように、かさねの頬に涙が伝う。
 残り十秒を切った。かさねは袖で目をごしごしと涙を拭うと、先生を真っ直ぐ見据えた。

「幸せになってね、雅臣くん」

 ――ありがとう。

 三十秒が経過する。
 かさねの身体は光に包まれると、瞬きをする間もなくスッと消えてしまった。周囲の音が戻ってくる頃には、彼女はどこにもいなかった。

「……ずるいよ、かさね」

 頬を濡らした先生は、先程までかさねがいた場所に立つ僕を見て言う。

「泣くのを我慢してまで、笑顔で言わなくたっていいじゃないか」

 先生の手の甲には、涙の痕が乾いて残っている。確かに彼女がここにいた証だった。