昼休みの終わりを告げるチャイムの音が響く。

教室に戻らなくてはならない。

あたしはやっぱりいっちーの後を追いかけて教室に戻った。

よく分からない色んなモノが詰め込まれたロッカーに、彼女の突っ込んだこん棒が突き刺さったままだった。

それをまた落っこちないように、もう一度押し込む。

彼女はそんなあたしを見て、フンと鼻で笑った。

そんな挑発的な態度に、あたしはますます確信する。

放課後になるのを待って、振り上げたこん棒の先をいっちーに向けた。

「あたしに教えてほしい」

「は? なに?」

「空手」

「こん棒じゃん」

「うん」

「こん棒だよね」

 もう一度うなずく。

いっちーはガタンと立ち上がった。

「こん棒って鬼退治の見習いクラスだし、空手でもないし」

「そうなの?」

 いっちーはあたしを見下ろす。

「ま、なんでもいいから、一緒にやろ」

 彼女の眉間のしわは、より一層深くなった。

「バカにしてんの? それともあんたが本気のバカ?」

「あー、もしかしたらそうなのかも」

 いっちーは無言で通学用のリュックを背負った。

わざとらしく肩をぶつけてくる。

そうやってあたしを押しのけると、廊下へ出て行ってしまった。

「だって、鬼退治用の刀くれそうな人、知らないんだもん。いっちーなら知ってるんじゃないかと思って」

 その声が彼女に届いたのかどうかは分からない。

鬼退治協会はその役目を終えたとして、公式には活動を停止している。

新たな刀が鬼退治用として認定されることはない。

残された刀を受け継いだものだけが、鬼退治をする者として認められる。

「私だって、そんな人知らないから」

 それだけを言い残して、いっちーは姿を消してしまった。

一人取り残されたあたしは、ざわつく放課後の教室でついため息をつく。

「なにあの態度」

「もも。いっちーなんか誘うのやめなよ」

 はーちゃんとしーちゃんは呆れたような表情を見せた。

「ううん。あたしはいっちーがいいの。きっといっちーなら最後まであたしに付き合って、やってくれる」

 いっちーの頑なな行動に、あたしはますますそれを確信する。

「なんでいっちー? どうして?」

「ん?」

 そう尋ねた2人をあたしはみつめた。

「いっちーはさ……。なんか、あたしに似てる気がするんだよね」

「全然違うよ」

「いっちーはああ見えて真面目だしちゃんとしてるし優等生だよ」

「ももは違うじゃん」

 あぁ、うん。まぁね。

いっちーがオカタイ優等生なのは知ってる。

「ねぇ、ももにとって鬼退治ってさ……」

 あたしは二人の心配に、首を横に振った。 

「ううん、信じて。大丈夫よ。つーかマジで護身術みたいなのも習いたいし」

 こん棒を肩に担ぎ直す。

「それに、いっちーを説得出来ないようじゃ、どっちにしろこの先ムリだって思ってるから」

 あたしは教室を出る。

速攻でフラれたのは、ちょっとショックだったけど、きっと彼女には届く。

必ず来てくれる。

作戦は考えた。

校庭の隅のこん棒振っても大丈夫そうな場所を見つけると、そこにリュックを置いた。

 ネットの動画で見つけた素振りをマネしてみる。

縦に振って、横に振って、斜めに構えて気合いを入れる。

遠くで野球部の集団がランニングをしている。

吹奏楽部の楽器の音と、絶え間ないかけ声が聞こえてくる。

ちょっとこん棒を振り回しただけで、もう腕がだるい。

この軽やかな笑い声は、どこから聞こえてくるんだろう。

お日さまはいつまでも暖かくて、あたしは芝生の上に寝転がった。

やっぱ基礎体力からだな。

それもスマホで検索。

「やっぱやる気ないじゃん」

 校舎の陰から顔を半分だけのぞかせていたのは、いっちーだ。

「なに? なんか用?」

 返事はない。

「だって疲れたんだもん」

「そういうとこ!」

 あたしはニッと微笑む。

やっぱり来た。

何だかんだで、気にはなってるんだよね。

面倒見はいいんだから。

「心配して見に来てくれたんだ」

「……。忘れ物を取りに来ただけ」

 いっちーの顔は真っ赤になっている。

あたしは笑いそうになるのを我慢しているのが辛い。

照れているのを隠すために向けた彼女の背は、校舎の陰に消えた。

すぐに後を追いかける。

放課後の誰もいない廊下に、あたしたちの足音だけが響いている。

「あたしね、鬼を見たことがあるの!」

 どこまでも続く長い廊下の真ん中で叫んだ。

いっちーの足が止まる。

彼女の背を見つめながら、あたしは疼きはじめた腕を押さえた。