俺はスキー板を外してやって、彼女をもたれかからせたままゆっくりと立ち上がった。

「おい、大丈夫か。どこかひねったのか?」

 たずねても返事がない。

 肩で大きく息をしているような感じがして、体を支えてやりながら向きを変えた。

 顔色が悪い。

「おい、どうした?」

「ごめん、なんか気持ちが悪い」

「なんだよ、しっかりしろよ」

 ふざけている様子ではなかったので、俺は彼女を宿舎まで背負っていくことにした。

 でも、背中にもたれかかる彼女の軽さに俺は驚いた。

 まるで本当に幽霊みたいだった。

 ただ、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 肩越しに言葉をかけてやっても、返事をする余裕もなくなっているようだった。

 俺は上下に揺らさないように彼女をしっかりと支えながら雪の上を宿舎へ急いだ。

「あれ、斉藤君、どうしたの?」

「あ、鞍ヶ瀬さん、ちょっと頼む」

 宿舎に入ったところで、ちょうど昼間会話をしたばかりの委員長と出会ったので、事情を説明して先生を呼んでもらった。

 いったん彼女を宿舎のロビーのソファに寝かせて、駆けつけた保健の先生にもう一度いきさつを話す。

「一緒に下りてきたんですけど、急に具合が悪くなったみたいで」

 他の先生方が毛布を持ってきたり、カイロで体を温めたり、いろいろ手を尽くしているうちに、少しだけ顔色が戻ってきたようだった。

「すみません。なんか疲れちゃったのかな」

 彼女は無理に笑顔を作ろうとしているけど、まだ全然大丈夫そうじゃなかった。

 昼間の練習の疲れとかで、もともと体調が悪かったんだろうか。

 俺としゃべっているうちに体が冷えてしまったのかもしれない。

 自由行動時間が終わって他の生徒達もどんどん帰ってきて、宿舎のロビーが混雑し始めていた。

 話を聞きつけた一年十二組の担任の先生もやってきた。

 十二組といえば体育の香坂先生だ。

 他の先生方から事情を聞いた体育教師が俺の正面に立った。

 背は俺とあまり変わらないけど、横幅があるから視界がふさがれて、先生の顔以外前が見えない。

 さっき彼女と月の話をしていて顔が近かったときのことを思い出してにやけそうになってしまった。

 だけど、今目の前にあるのはむさ苦しい中年男性教師の顔だ。

 これこそ月とスッポンというものだろう。

「大変だったな。お疲れさん。ま、あとは先生方に任せればいい。ゆっくり風呂入ってあったまって寝ろ」

 その言葉で少しほっとした。

 責任から解放されたというわけでもないけど、正直なところ、俺も少し落ち着きたい。

 体調の心配事をおいといても、女子と話をするだけでこんなに疲れるとは思ってもみなかった。