ああ、そうそうと微笑みながら彼女が話を続ける。

「だから微妙に距離が変わるから、近いときと遠いときで見え方が違うんだって。ほら、離れると顔が小さくて……」

 彼女がストックを雪に刺してよいしょと一歩下がる。

 確かに、顔どころか全体が見える。

 ウエア越しでも細身なのが分かる。

 ただ、なんとなく、スタイルが良いというよりは華奢という印象だった。

「それで、近づくと……」

 彼女が今度はストックを引き寄せるように前に出た。

 ちょっと勢いがついて、いきなり鼻がくっつきそうなくらいの距離になる。

 俺は思わずのけぞってしまった。

「なるほどね。地球に近づいてるときは同じ月なのに大きく見えるわけか」

 平静を装ってみせたけど、こめかみの血管が破裂しそうなほどに脈打つ。

 顔が火事になりそうだ。

 鼻の頭に汗がにじみ出てくる。

 俺が理解したことに満足したのか、彼女は満面の笑みを浮かべていた。

「そう、それが今夜なんだって」

「ふうん」

「何よ、つまんない反応」

 笑顔から一転、ため息をつかれてしまった。

「いや、つまらないことが気になってさ。スーパームーンの反対はなんて言うんだろうな。小さく見えるときだってあるんだろ」

 もちろん、俺だってそんなの知りたいわけじゃない。

 動揺を誤魔化すためのでまかせだ。

 ウエアの中が汗だくだ。

「……そんなの知らない。ほんと、つまんない。あのね、私はスーパームーンの話をしてるの」

 急にふてくされて、ようやく一歩下がってくれた。

 と思ったら、今度は腕をまっすぐ伸ばして俺のウエアの袖をしっかりとつかんだまま離さない。

 なんだよ。

 どうしたんだよ。

「ねえ、私を下まで連れていってよ」

「なんでよ」

「こわいから」

 もうここは初心者コースだぞ。

 たいした傾斜じゃない。

「べつにこれくらい平気だろ」

「高さはそんなでもないんだけど、坂道を滑っていく感覚がこわいの。落っこちるみたいだし、止まれなかったらどうしようって不安」

 からかっているのかと思ったけど、どうやらそうでもないらしい。

 寒さも半分くらいはあるんだろうけど、俺の袖をつかむ彼女の手から震えが伝わってくる。