――ナーオ。

 ん?

 まさか。

 目を開けてまわりを見ても暗く沈んだ部屋には何の気配もない。

 なんだよ。

 空耳か、幻か……。

 また目を閉じた瞬間、俺は空を飛んでいるような、雲に座っているような奇妙な感覚にとらわれた。

 はっとして目を開けると、俺は青い光に包まれていた。

 それは不思議な光景だった。

 まわりには何もなく、俺の体は青い光の中にふわふわと浮いている。

 奥ゆかしい微笑みのような十六夜の月が俺を照らしていた。

「ユウヤ」

 懐かしい声が聞こえる。

 月を見上げる俺の隣にはいつのまにか奈緒がいた。

「『月がきれいですね』と彼は言いました」

 決められた台本をなぞるように俺が耳元でささやくと、奈緒がくすりと笑った。

「『ええ、ほんとうに』と彼女は言いました」

 そうつぶやくと奈緒が背中を丸めながら俺の胸におでこを押しつける。

 まるで猫のようだ。

「ねえ、この私たちのストーリーに名前をつけるとしたら、どんな題名にする?」

 すぐには答えが思い浮かばなかった。

 赤ん坊を寝かしつけるように彼女の背中をなでているうちに、俺の背中もだんだん丸くなっていく。

 ――夢か幻か現実か。

 俺達は猫である。

 この二人のストーリーに名前はまだない。

 漱石のせいかおかげなのか。

「月がきれいですね」

「ええ、ほんとうに」

 寄り添う二人を十六夜の月だけが見ていた。