◇
夏休み。
俺は自室にこもってだらだらと過ごしていた。
何もする気になんかならない。
ベッドに寝転がって目を閉じれば奈緒の笑顔が浮かんでくる。
それはとても寂しげな笑顔だった。
振り払おうと飛び起きれば頭が重くて立っていられない。
『みんなと同じ学校生活を楽しんで、いろんな行事にも参加して、素敵な思い出を作るの』
奈緒の言葉を思い出す。
思い出の宝箱があったって、いっしょに開ける人がいなかったら意味なんかないだろ。
もう日付も曜日も昼も夜も分からなくなっていた。
あるとき、目を開けると闇に沈んだ部屋に青白い光が一筋さしていた。
見上げるとカーテンの隙間から少しだけ欠けた満月が俺を見下ろしていた。
十六夜の月か。
ささやかな光が机の上に置いてあった形見の首輪を照らしていた。
何かに呼ばれたような気がした俺は起き上がってそれを手に取った。
首輪の内側に差し込んであった手書きのネームプレートをそっと外す。
ふと見ると、裏側に何か書いてあった。
窓辺に歩み寄って月の光に当ててみる。
それはごま粒みたいに小さく几帳面な字で詰め込まれた奈緒のメッセージだった。
『幸せになって下さい。それが私の最後のわがままです』
奈緒……。
俺はその紙切れを握りしめた。
――無理だよ。
無理に決まってんだろ。
おまえみたいにわがままで、気まぐれで、素敵な女なんているわけないじゃないかよ。
こんなにいい月が出てるのに、俺は誰に向かって『月がきれいですね』と語りかければいいんだよ。
月がきれいなのはおまえと一緒に見上げたからだろ。
願えばいいのか。
奈緒と同じように、月に願えばかなえられるのか?
叫べば届くのかよ。
なら、月のウサギが尻餅つくくらいに大声だしてやるぜ。
でも、嗚咽ばかりで声なんか出てこなかった。
俺はまたベッドの上で横になって目を閉じた。