十六夜の月が見ていた

 ふうと小さくため息をついた瞬間、頭の中で思い出が爆発した。

 奈緒と出会ってからの記憶すべてが一度によみがえってきたのだ。

 穴だらけのパズルが手品みたいに一瞬で組み上がったかのような感覚だった。

 ――奈緒。

 スキー場、教室、放課後、二人で一つの傘……。

 その瞬間のどれもが奈緒の笑顔に満ちていた。

 ――ナーオ。

「ねえ」

 ――ん?

 ふと我に返ると、委員長が不思議そうに俺の顔をのぞき込んでいた。

「どうしたのよ?」

「あ、ごめん。なんかぼんやりしちゃって」

 首をかしげながら、鞍ヶ瀬がつぶやいた。

「下志津さんはなんで斉藤君のことが好きだったのかな」

 え?

 突然の質問に、俺はまた語彙力を失っていた。

 好きって……。

「さあな。都合のいい男子だって言ってたかな」

「そっか」と鞍ヶ瀬が笑う。「そういうところか」

 なんだよ。

「私もそう思うよ」

 どういうことだよ。

 鞍ヶ瀬がケージの中に手をのばして何かやっている。

「これは斉藤君が持ってなよ」

 差し出されたのはバジルの首輪だった。

 奈緒に頼まれてつけてやったやつだ。

 形見、ということか。

 奈緒の……形見。

 と、その瞬間、たたきつけたようにパズルが一瞬で崩れ落ちた。

 ピースがこぼれ落ちるように、俺の目から涙が流れ出す。

 止まらない。

 涙が止まらない。

 俺は涙を止めることができなかった。

 砂時計を涙で満たして倒しても時を戻すことはできない。

 ――ナーオ。

 ケージの中でバジルが俺を呼ぶ。

 泣くこと以外、俺にできることなんて何もない。

「ほんと、そういうところだよ」

 首輪を握りしめた俺の隣で鞍ヶ瀬も一緒に泣いていた。