俺が黙り込んでいるからか、彼女も少し真面目な顔になって同じ満月の方へ視線を向けた。

「教師をしていた夏目漱石がね、英語の『アイラブユー』を『私はあなたを愛しています』と訳した生徒に、日本語ではそういう直接的な表現はしないものだってたしなめたんだって」

 へえ、そうなのか。

 まあ、たしかに、『私はあなたを愛してます』なんて、俺も言ったことがないし、この先もそんなチャンスが来るとは思えない。

 ただそれは、俺が彼女いない歴イコール年齢の非モテ男子だからであって、文豪とは関係がないけどな。

「それでね、そんなとき日本では、『月がきれいですね』って言うものだって教えたんだって」

 はあ?

 なんだそれ。

「全然違うじゃん。月がきれいなのとコクるのになんの関係があるんだよ」

「さあ、それが文学っていうものなんじゃないの」

「べつに俺は文学なんて関係ないし」

 彼女が俺の顔を見て微笑みを浮かべている。

「本当は知ってたんじゃないの?」

 いや、知らなかったし。

 ていうか、俺、いつのまにかコクったことになってるのか?

「ち、ちげえから」と、俺はあわてて否定した。

「なんでよ?」と、彼女が口をとがらせる。

 なんでよって、なんでよ?

「俺はただクラスの男子連中がいると思ってたからつぶやいただけだよ」

「でも、聞いてたのは私だったでしょ?」

「だから、それはただの間違いで……」

 と、彼女が人差し指を立てて言葉をさえぎった。

「私じゃだめなの?」

 はあ?

「偶然だったかもしれないけど、こんないい月が出てるのに、一人が好きなの?」

「だから、べつに……」

 彼女が人差し指を振る。

「今のは尾崎放哉って言ってくれなくちゃ」

 誰、それ?

 俺は完全に言葉を失っていた。

 次から次へと話題が変わってついていけない。

 女子慣れしていないせいで、会話の容量が昭和のゲーム機並みなのだ。

 頭の中に『GAMEOVER』のドット文字が点滅している。