十六夜の月が見ていた

 すると、教室の前の方で誰かが立ち上がった。

「ちがいます、先生」

 鞍ヶ瀬柚だった。

「生物飼育部を作るので私が連れてきました」

 は?

 何言ってんだよ、委員長。

 担任が体の向きを変えて苛立ちと困惑の混ざった声で怒鳴りつけた。

「おまえ、ソフトボール部だろうが!」

 鞍ヶ瀬は身じろぎもせずまっすぐ担任を見返している。

「掛け持ちは禁止されていませんから」

「でまかせを言うな。おまえ一人で部活なんかできるわけないだろうが!」

 担任が鞍ヶ瀬をにらみつけていると、陸上部の渡辺が手を挙げて立ち上がった。

「あ、オレ、陸上部と掛け持ちっすけど、朝練の時に餌やり当番とかできるんで入部希望です」

 すると、みんなが次々に立ち上がり始めた。

「オレも野球部で、以下同文っす」

「オレも入部希望です」

「あたしも検討してます」

「うちらも入ろうかってさっきみんなで話してましたぁ」

「ぼ、僕も、じゅ、受験で生物あるんで……」

 気がつくと俺以外全員が立ち上がっていた。

 担任が拳で教卓をたたきつける。

「なんだ、おまえら、適当に勝手なことばかり言ってるんじゃねえぞ! 鞍ヶ瀬、おまえ、後で生徒指導室に来い。その猫もつれてこいよ」

「待ってください」と委員長が食いさがる。「生徒会にもすでに創部届けは提出してあります」

 おいおい、さすがにそれは嘘だろ。

 もういいよ。

 やめとけって。

「クラス全員署名したって言うのか?」

「いいえ。まだ創立メンバー五人のリストだけです。部員の追加については別の書類になりますから」

 委員長の堂々とした態度に担任がたじろいでいる。

「しかし、そんないいかげんな作り話、信じられるわけないだろうが……」

 鞍ヶ瀬が鞄のポケットから生徒手帳を取り出して開いた。

「生徒心得第六条二項に記載があります。『本校における部活動は学業同等の生徒の自発的意欲による活動であり、生徒の自主性は最大限に尊重される』と」

 いくら委員長でもすごすぎるだろ。

 そんな文章全部読んでたのかよ。

 ていうか……。

 ――ようするに、それってどういうことなんだ?

 俺以外のクラスの連中もみな首をひねっている。

「そうか、分かった」と、担任だけがうなずいていた。

 なんだよ。

 分かるのかよ。

「ただし、次から教室に入れるな。いいな」

「はい。すみませんでした」

 頭を下げて席に座った鞍ヶ瀬柚が猫を呼んだ。

「バジル、おいで」

 ――ナーオ。

 奈緒の椅子から身軽に飛び降りたかと思うと、尻尾を上げながら優雅に鞍ヶ瀬のところへ歩み寄り、ひょいっと膝の上に飛び乗った。

 かわいい、と声があがるのを担任がにらみまわして、教室が静かになった。