「月は願いを聞いてくれたのかな」
俺のつぶやきに奈緒がうなずく。
「ちゃんと、お願い事は通じてると思うよ」
「なんで分かる?」
「二年生になって、ユウヤと同じクラスになれたでしょ」
は?
思わず変な声が漏れてしまった。
「私ね、病院の窓から見える十六夜の月に、スキー教室で知り合った人と同じクラスにしてくださいってお願いしたんだよ」
「そうなのか」
「私の言うこと何でも聞いてくれそうな都合のいい男子だと思ったから」
「なんだよそれ」
まあ、その通りだけどな。
怒る気になるどころか、笑ってしまった。
そんな俺を見て彼女も吹き出して笑う。
朗らかにうなずきながら笑っているうちに、最後は咳き込んでしまった。
「大丈夫よ、大丈夫」と、呼吸を落ち着かせながら、なおも彼女は笑顔を絶やさなかった。
ほんの一瞬だけ、幸せを分かち合えたような気がした。
そんな気持ちになったのは初めてだった。
「ねえ、そこ開けてみて」と、奈緒がベッド脇の戸棚を指さした。
戸棚の中には通販の緩衝材封筒が入っていた。
封は開いている。
中身は猫用の緑の首輪だった。
「それ、バジルにつけてあげて。通販で買ってもらったの」
「分かった」
「ちゃんと名前も書いておいたから」
首輪の内側に透明なプラスチックのポケットがあって、几帳面な字で『バジル』と書かれた紙の札が入れてあった。
俺はスマホの写真を見せてやった。
「ずいぶん大きくなったね」
「ああ、このままじゃまずいだろうから、退院したら、ちゃんと飼い主探してやろうよ」
そうだね、と彼女は寂しそうにうなずいた。
なんだよ。
そんな顔するなよ。
なあ、奈緒、おまえ……。
――まさか。
もう会えないと思ってるんじゃないのか。
――そうなのか?
俺は聞けなかった。
どうしても聞けなかった。
泣くのをこらえるのも精一杯で、容量の少ない俺の目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
俺の頬にそっと手が伸びてくる。
「あたたかいね」
奈緒は優しい。
こんな俺の涙を愛おしんでくれる。
なのに俺はなんにもできない。
涙を止めることすらできない。
一生懸命涙をぬぐっているうちに、検温の看護師さんがやってきてしまった。
「じゃあ、また」
「ありがとう」
もっと大事なことを言うべきなんじゃないかと思ったけど、奈緒が体温計を脇に挟もうと無防備にパジャマをはだけるものだから、つい目をそらして俺は逃げ出してしまった。
病院を出ると、ようやく傾いた七月の日差しがまぶしかった。
表通りに出たら、ちょうどバスが通り過ぎたところだった。
蝉の鳴き声をかき分けるように、俺は駅へ向かって歩いた。
俺のつぶやきに奈緒がうなずく。
「ちゃんと、お願い事は通じてると思うよ」
「なんで分かる?」
「二年生になって、ユウヤと同じクラスになれたでしょ」
は?
思わず変な声が漏れてしまった。
「私ね、病院の窓から見える十六夜の月に、スキー教室で知り合った人と同じクラスにしてくださいってお願いしたんだよ」
「そうなのか」
「私の言うこと何でも聞いてくれそうな都合のいい男子だと思ったから」
「なんだよそれ」
まあ、その通りだけどな。
怒る気になるどころか、笑ってしまった。
そんな俺を見て彼女も吹き出して笑う。
朗らかにうなずきながら笑っているうちに、最後は咳き込んでしまった。
「大丈夫よ、大丈夫」と、呼吸を落ち着かせながら、なおも彼女は笑顔を絶やさなかった。
ほんの一瞬だけ、幸せを分かち合えたような気がした。
そんな気持ちになったのは初めてだった。
「ねえ、そこ開けてみて」と、奈緒がベッド脇の戸棚を指さした。
戸棚の中には通販の緩衝材封筒が入っていた。
封は開いている。
中身は猫用の緑の首輪だった。
「それ、バジルにつけてあげて。通販で買ってもらったの」
「分かった」
「ちゃんと名前も書いておいたから」
首輪の内側に透明なプラスチックのポケットがあって、几帳面な字で『バジル』と書かれた紙の札が入れてあった。
俺はスマホの写真を見せてやった。
「ずいぶん大きくなったね」
「ああ、このままじゃまずいだろうから、退院したら、ちゃんと飼い主探してやろうよ」
そうだね、と彼女は寂しそうにうなずいた。
なんだよ。
そんな顔するなよ。
なあ、奈緒、おまえ……。
――まさか。
もう会えないと思ってるんじゃないのか。
――そうなのか?
俺は聞けなかった。
どうしても聞けなかった。
泣くのをこらえるのも精一杯で、容量の少ない俺の目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
俺の頬にそっと手が伸びてくる。
「あたたかいね」
奈緒は優しい。
こんな俺の涙を愛おしんでくれる。
なのに俺はなんにもできない。
涙を止めることすらできない。
一生懸命涙をぬぐっているうちに、検温の看護師さんがやってきてしまった。
「じゃあ、また」
「ありがとう」
もっと大事なことを言うべきなんじゃないかと思ったけど、奈緒が体温計を脇に挟もうと無防備にパジャマをはだけるものだから、つい目をそらして俺は逃げ出してしまった。
病院を出ると、ようやく傾いた七月の日差しがまぶしかった。
表通りに出たら、ちょうどバスが通り過ぎたところだった。
蝉の鳴き声をかき分けるように、俺は駅へ向かって歩いた。