「で、このままだとどうなるんだよ」
「あまり先は長くないって」
――さきはながくない。
――サキハナガクナイ。
――さきハナがくナい。
奈緒の言葉が急に分からなくなってしまった。
意味を理解しようとすればするほど言葉がぐにゃぐにゃに崩れていく。
励ましの言葉、慰めの言葉。
何かを言わなくちゃいけないと思えば思うほど、頭の中が真っ白になっていく。
「ふだんはふつうに生活できるんだけど、あんまり心臓に負担のかかることはできないから、今までなるべく運動も恋もしないようにしてたんだ」
「恋愛禁止って、アイドルみたいだな」
そんなつまらない冗談しか出てこない。
「恋をするとドキドキしちゃうじゃない。だから私ね、恋をしちゃいけないの。人を好きになると死んじゃうの」
俺のつまらない冗談に乗っかって、奈緒は無理に笑ってくれる。
揺らめく蝋燭の炎のように唇をゆがめて俺に笑顔を見せてくれていた。
握りあった手に視線を落としながら奈緒がつぶやいた。
「私ね、お月様にお願いしたの」
ん?
「月?」
奈緒が小さくうなずく。
「先が長くないのはそういう運命なんだからしょうがないと思うけど、いつなのかが分からないのはこわいじゃない? 今日なのかな、明日なのかなってずっと心配してたのに十年たってもまだ生きてたりして安心したと思ったら、その瞬間ものすごい苦しみに襲われて、後悔しながら死んでいくとか、そういうのは嫌でしょ」
それはそうだ。
俺だって人間だからいつかは死ぬってことくらいは漠然と分かっている。
でも、それはまだ何十年も先のことだろうし、いろいろなことをやって楽しいことや辛いこと悲喜こもごもあった後のことで、年を取ってそれなりにあきらめのような覚悟が出来てからのことだろう。
自分がいつ死ぬかなんて考えたことはほとんどなかったし、少なくとも、『あ、死ぬのは今日じゃなかったんだ』と毎日カウントダウンをやりなおしながらおびえて生きているわけじゃない。
いつか急に来ると予告されていて、でもそれがいつなのかが分からないというのが一番こわい不安の元なのだという気持ちは俺にも分かる。
「だからね。命は短くなってもいいから、それと引き替えに、はっきりといつまでなのかを教えてくださいってお月様にお願いしたの」
俺は奈緒の言葉を一言も聞き漏らすまいと必死に受け止めていた。
にわかには信じられない話だと理性がささやくけど、彼女が嘘や冗談を言っているようには思えなかった。
何よりも、その表情がそれを物語っていた。
「あまり先は長くないって」
――さきはながくない。
――サキハナガクナイ。
――さきハナがくナい。
奈緒の言葉が急に分からなくなってしまった。
意味を理解しようとすればするほど言葉がぐにゃぐにゃに崩れていく。
励ましの言葉、慰めの言葉。
何かを言わなくちゃいけないと思えば思うほど、頭の中が真っ白になっていく。
「ふだんはふつうに生活できるんだけど、あんまり心臓に負担のかかることはできないから、今までなるべく運動も恋もしないようにしてたんだ」
「恋愛禁止って、アイドルみたいだな」
そんなつまらない冗談しか出てこない。
「恋をするとドキドキしちゃうじゃない。だから私ね、恋をしちゃいけないの。人を好きになると死んじゃうの」
俺のつまらない冗談に乗っかって、奈緒は無理に笑ってくれる。
揺らめく蝋燭の炎のように唇をゆがめて俺に笑顔を見せてくれていた。
握りあった手に視線を落としながら奈緒がつぶやいた。
「私ね、お月様にお願いしたの」
ん?
「月?」
奈緒が小さくうなずく。
「先が長くないのはそういう運命なんだからしょうがないと思うけど、いつなのかが分からないのはこわいじゃない? 今日なのかな、明日なのかなってずっと心配してたのに十年たってもまだ生きてたりして安心したと思ったら、その瞬間ものすごい苦しみに襲われて、後悔しながら死んでいくとか、そういうのは嫌でしょ」
それはそうだ。
俺だって人間だからいつかは死ぬってことくらいは漠然と分かっている。
でも、それはまだ何十年も先のことだろうし、いろいろなことをやって楽しいことや辛いこと悲喜こもごもあった後のことで、年を取ってそれなりにあきらめのような覚悟が出来てからのことだろう。
自分がいつ死ぬかなんて考えたことはほとんどなかったし、少なくとも、『あ、死ぬのは今日じゃなかったんだ』と毎日カウントダウンをやりなおしながらおびえて生きているわけじゃない。
いつか急に来ると予告されていて、でもそれがいつなのかが分からないというのが一番こわい不安の元なのだという気持ちは俺にも分かる。
「だからね。命は短くなってもいいから、それと引き替えに、はっきりといつまでなのかを教えてくださいってお月様にお願いしたの」
俺は奈緒の言葉を一言も聞き漏らすまいと必死に受け止めていた。
にわかには信じられない話だと理性がささやくけど、彼女が嘘や冗談を言っているようには思えなかった。
何よりも、その表情がそれを物語っていた。