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電車とバスを乗り継いで病院に着いたのは夕食前の時間帯だった。
病室の奈緒は明らかにやつれた顔をしていた。
女子の病室をいきなり訪問したのはまずかったかと思ったけど、彼女はベッドの上で体を起こして喜んでくれた。
四人部屋なのに他のベッドは空で彼女は一人だった。
「この前までもう一人いたんだけど、退院しちゃって、今は他に若い女性患者さんがいないんだって」
「静かでいいね」
そうでもないよ、と彼女がつぶやく。
「誰もいない部屋で一日中過ごしてると、生きてるのか、それとも……」と、軽く言葉を切ってから続けた。「夢なのか分からなくなるんだよね」
俺は息をのんだ。
『夢』というのは『死』という言葉を言い換えたんじゃないだろうか。
脈拍が急加速するのに体が冷えていくような気がした。
彼女は何でもないことのように続けた。
「それに夜なんかは、まわりの部屋からいろんな音が聞こえてきたりするよ。うなってたり、うめいてたり。この前は叫んでるおじさんもいたな」
「それはこわいな」
「でも、ちょっと安心するの。みんな生きてるんだなって」
俺はまた言葉を失っていた。
苦しみが生きている証。
奈緒がそんな場所にいたなんて、俺は全然想像もしなかったよ。
ごめんな。
何も分かってなくて。
「そんなに気をつかってくれなくても大丈夫だよ」
よけいな気をつかわせているのは俺の方じゃないか。
――隠し事のできない男でごめんな。
奈緒が俺に右手を伸ばす。
俺は両手でその手を包み込んだ。
骨張って細く薄く冷たい手だった。
「幽霊みたいでしょ」
俺は首を振るのが精一杯だった。
なんの言葉も出てこない。
どんな言葉をかけてやればいいのか、まるで分からない。
俺はただ奈緒のやせ細った手を握ってやることしかできなかった。
そんな俺の手に点滴のチューブがつながった左手を重ねながら奈緒が微笑みを浮かべた。
「私ね。心臓に穴が開いてるの」
それはまるでおいしいドーナッツ屋さんを見つけた女子みたいなしゃべり方だった。
「穴?」
「心臓って四つの部屋に分かれているって中学の時に習ったでしょ」
俺は必死に記憶のページをめくった。
「心房とか心室っていうやつか。上にあるのが心房で、下にあるのが心室。それが左右二つずつあるんだっけ」
「そう。その心臓の左右を隔てている壁に穴が開いているの。それで、血の巡りがおかしくて、肺とかいろいろなところに負担がかかっちゃうのよ」
「手術はできないのか?」
「ふつうはできるんだけど、私の場合、心房にも心室にも穴が開いていて、しかも、弁とか動脈に近い入り組んだところだから、手術が難しいんだって。成功確率が低いし、仮に成功しても、その処置した部分にかえって圧力がかかって再手術が必要になるかもしれないんだって」