「だから、下志津さんも信頼してるんだろうね」

 そう言いながら、鞍ヶ瀬が俺に茶封筒を突き出した。

「試験向けのプリントを下志津さんに届けてあげてほしいのよ」

「俺が?」

「はい、これ、病院の場所」と、スマホの画面を俺に見せる。「マップの位置情報転送するから」

「あ、ああ……」

 俺はあわてて鞄から自分のスマホを出した。

 猫の餌袋が一緒に転がり落ちるのを見て委員長が苦笑している。

 ホントに隠し事が下手だな、俺。

「感謝してよね」と鞍ヶ瀬が思いがけないことを言い出した。

 どういうこと?

「本当はこのプリント、先生が下志津さんの家に郵送するはずだったんだけど、私がクラス代表でお見舞いのついでに届けに行きますってもらってきたんだからね」

「え、そうなの?」

「行きたかったんでしょ、お見舞い」

「いや、その……」

「バレバレだよ。こっちが照れちゃうくらい顔真っ赤だよ」

 隠し事のできない男っていうのはすぐに追い詰められるんだな。

「下志津さんがうらやましいよ」

 はあ、なんでよ?

「こんなにからかいがいのある相手がいて」

 なんだよ、それ。

 鞍ヶ瀬はくるりと俺に背を向けた。

「猫のことは黙っててあげるからね」

「ありがとう」と、俺は彼女の背中にお礼を言った。

「時々さ」と、鞍ヶ瀬がまたくるりとこちらを向いた。「私も見に来ていい?」

「お、おう、もちろん」

「名前は?」

 思わず自分の名前を言いそうになる。

「斉藤君の名前じゃないから」

 彼女まで耳を赤くしながら笑う。

 また心を見抜かれてしまったらしい。

「バジルだよ」

「へえ、いい名前だね。じゃあ私、練習行くね」

 手を振ってユニフォーム姿の委員長が去っていく。

 俺はほっと一息ついた。

 ――ナーオ。

 おや?

 ふと、見ると、俺の足下にバジルがいた。

「なんだよ、いたなら出てくれば良かったのに」

 奈緒と最初に見つけたときに比べてだいぶ成長してきている。

 このままここで世話をし続けるわけにもいかないんだろうな。

 予防注射とか、飼い主としての義務もあるんだろうし。

 俺は手にしていたスマホで写真を撮った。

 シャッター音に驚いて、バジルが土台の穴に逃げてしまった。

「ごめんごめん。大丈夫だよ」

 そっと呼びかけるとひょいっと顔を出す。

「じゃあ、奈緒のところに行ってくるからな」

 ――ナーオ。

 いちおう通じたらしい。

 バジルが顔を引っ込めた。