十六夜の月が見ていた

 校門から彼女が利用している駅までは商店街もあって人目がある。

 俺は傘の位置を少し低くしてまわりから顔が隠れるようにした。

 奈緒は何もしゃべらない。

 なんだよ、いつもおしゃべりなくせに。

 その配慮に助けられているくせに、勝手な自分を反省する余裕などなかった。

 俺の方は沈黙に耐えられなくてどんどん頭の中が真っ白になっていく。

 そのせいか、自分でも思いがけないことを口にしていた。

「月がきれいだな」

 ――な、何言ってんだ、俺!?

 非モテ男子の容量不足でエラーが起きたらしい。

「雨なのに?」と、ようやく奈緒が笑う。

 俺は覚悟を決めた。

「ああ、きれいだよ」

 ありがと、とつぶやきながら奈緒が俺の顔を見上げた。

「今夜はね、十六夜の月なんだよ」

「イザヨイ?」

「満月の次の日で、少しだけ欠けた月が奥ゆかしいの。私みたいでしょ」

 いつもならツッコミを入れるところだけど、俺は静かにうなずいていた。

「そうだな」

 スキー教室の二日目に見た月を思い出す。

 少し欠けた満月。

 あれも十六夜の月だったのか。

 あの日、月に奈緒の笑顔が重なったことを思い出した。

 あの月もきれいだったっけ……。

 俺たちはしばらく傘に当たる雨の音を聞きながら歩いた。

 駅に着いて傘を持たせてやろうとしたら、奈緒が首を振った。

「親が車で迎えに来てくれるから大丈夫」

 去り際に、傘を持つ俺の手を彼女が両手で包み込んだ。

「今日はありがとう」

「ああ」

 奈緒が俺の手をつかんだままグイッと傘を下げた。

 傘に押さえ込まれて思わず頭を下げる。

 その瞬間、俺の頬に柔らかなものが触れた。

 ――お、おい……。

「じゃあね」と、手を振って彼女が去っていく。

 取り残された俺は火を噴きそうな顔を傘で隠しながら家に向かって歩き出した。

 十六夜の月か……。

 残念ながら、その夜は雨はやまなかった。