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五月下旬の試験が終わって間もない頃だった。
放課後、いつものようにバジルに餌をやってかわいがっていたら、雨が降り始めた。
濡れるのが嫌いなのか猫はあっさり去っていった。
「つまんないの」と、恨めしそうに奈緒が空を見上げる。
倉庫裏から出たところで、雨脚が強くなった。
俺は鞄から折りたたみ傘を出して広げた。
奈緒は傘も差さずに歩き出す。
「傘は?」
「持ってない」
しょうがねえな。
奈緒に並んで傘に入れてやると、ちょっとニヤけ顔で俺を見る。
「なに、女子とこういうことしたいわけ」
「ちげえよ。奈緒は体弱いから、雨に濡れない方がいいだろ」
「へえ、優しいんだ」
俺の肩にぶつかるように奈緒がぴったりと体を寄せてきた。
いい匂いがする。
つい深く息を吸い込んでしまう。
「顔、真っ赤だよ」と、わざと奈緒がコツンと俺の肩に頭をぶつけてくる。
いや、でもこれ、冷静でいろっていう方が無理だろ。
「おい、くっつきすぎじゃねえの」
「だって、濡れないために入るんでしょ」
「こういうのってよ、ほら、お互い半分ずつ濡れちゃってさ、それからもっとくっつけよみたいに言うもんだろ」
「なんなの、その妄想。乙女だね」
校門を出たところで、腕まで絡めてきた。
「な、何してんだよ」
「こうした方が歩きやすいでしょ」
いやいや、こんな姿、同級生に見られたらどうするんだよ。
「まずいって」
「ごめん」と、意外にも素直に謝って腕を放す。「じゃあ、もうわがまま言わないからさ。だから……」
奈緒がもう一度俺の肩に頭をくっつけた。
「ここまでは許してよ」
うつむいてしまった奈緒の表情が見えない。
気まずさを抱えたまま俺たちは歩いた。