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翌日、俺は香坂先生に中級者クラスに移され、みっちりしごかれた。
下ってきてリフトに乗るとき、初心者クラスに下志津奈緒がいないか気になったけど、ウエアとゴーグルでみな外見が同じだったからよく分からなかった。
だが、彼女は元からその中にいなかったらしい。
夕方宿舎に戻ったときに、委員長から彼女が病院に運ばれたことを聞いた。
「昼ぐらいに救急車が来てたんだよ」
「そんなに悪かったのか?」
「元々持病があったんだって。他のクラスだし、私も見てただけだから詳しくは知らないけど」
持病って何なんだろうか。
詳細が分からないと不安になる。
俺は仲間たちと一緒に楽しむ気になれなくて、夕食後は一人でナイトスキーに出た。
その夜は薄曇りでぼんやりとした光は透けていたけど、月は姿を見せていなかった。
中級コースを下りてきて、下志津奈緒と出会った場所に立ったとき、ちょうど雲間から月が顔をのぞかせていた。
ほんの少しだけ欠けた満月だ。
下志津奈緒の笑顔が重なる。
「月がきれいだな」
まわりに誰もいないゲレンデで、俺は声に出してつぶやいていた。
月を見て切なくなったのは初めてだ。
これもすべて漱石のせいだ。
月に意味なんか持たせやがって。