昔の人に文句を言いたくなることがある。

 何気なく言った一言によけいな意味が付け加わってしまうのだ。

 二月のその日、俺たち私立啓明館学園高校の一年生はスキー教室で群馬の山奥に来ていた。

 昼間はそれぞれの経験度に応じてインストラクターの指導を受けながら滑り、夕食後はナイトスキーを自由に楽しむことになっていた。

 俺は小学生の時に親に連れられて習ったことがあったから一応中級者程度には滑れたけど、そのことは黙っていた。

 ブランクがあって覚えているか不安だったし、できれば楽をしたかった。

「まずは立つところから始めましょう」という初心者向けの講習を受けながら、「なんだ斉藤君って、意外とセンスあるじゃん」と点数稼ぎをする魂胆だったのだ。

 実際、計画通りで順調だった。

 ギャル女子軍団に囲まれて「ウエーイ! うちらできるじゃん!」とハイタッチで盛り上がったし、俺に突っ込んできた委員長が立ち上がるのに手を貸してやったら、耳を赤く染めて「ありがと」なんて言われたり、ドキドキイベントもあって楽しかった。

 ふだん女子と接点のない俺でもこうなんだからゲレンデマジックってやつはすげえよな。

 ただ、ちょっと調子に乗りすぎていたのかもしれない。

 夕食後の自由時間にナイトスキーに出て行く連中に俺も混ざって中級コースを颯爽と滑り降りてきたところで、空なんか見上げたのが間違いだった。

 照明がゲレンデをくまなく照らしていたせいで星は見えにくかったけど、開けた正面の夜空に大きな満月が浮かんでいた。

 正月なんかとっくに過ぎているのに、餅つきに精を出すウサギの姿が大きい。

 青い光が闇に沈んだ白い稜線をくっきりと際立たせている。

 こんなとき、人はなんて言う?

「月がきれいだな」

 その通りだ。

 俺は間違っていない。

 そしたら、すぐ横から、思いがけないことを言われてしまったのだ。

「何、ソーセキ?」

 はあ?

 ていうか、誰?

 まわりを見回すと、さっきまで誰かしら仲間がいたはずなのに、みんないなくなっていた。

 その代わり、一人ぼっちの俺の横には見知らぬ女子がこれまた一人で立っていたのだ。

 ゴーグルを上げているので表情は分かる。

 まつげの濃い目で俺をじっと見つめている。

 つんと尖った鼻の先が真っ赤だ。