エルフリーデが城内に戻ると、冷たい廊下で待ち構えている人がいた。

「リーデ、あなた大丈夫?」

 ヨハンの妻に仕える侍女のイザベラだった。エルフリーデが外に出たことに気付いて追いかけてきてくれたのだろうか。それともこれもヨハンの気遣いか。

 イザベラはエルフリーデより少し年長で、ふっくらとした頬が魅力的な、少々おせっかいな友人だった。

 エルフリーデはユリアンの隊商に付き従うことが多かったが、彼が領地に留まっている時には城にいる。城内の暮らしに慣れない彼女を、イザベラは何かと助けてくれるのだった。

 エルフリーデの手を握り、イザベラは彼女の顔をのぞきこむ。

「いやだこんなに体を冷たくして。温かいお茶でも淹れる?」

「別に大丈夫です。すぐ魔法であたたまりますから」

「リーデはおバカねぇ。こういう夜は、自分ではない誰かの熱で温めてもらわないとダメなのよ!」

 エルフリーデにはよく分からない理屈を言って、イザベラはぐいぐい廊下を進んでいく。エルフリーデの手を握ったまま。

「ねぇ、大丈夫なの、リーデ? つらい時まで澄ました顔してなくていいのよ?」

「……別に……つらいことなんてありませんけど」

「だ、か、ら! そういうのが澄ました顔っていうのよ」

 振り返ったイザベラはえいっとエルフリーデの額を弾いた。

「ずっとお慕いしていた殿方が去ってしまうんだもの。もっと取り乱して泣いたりしたっていいんだから」

「……ユリアン様のことですか? 主の大国への婿入りをどうして悲しまねばならないのです? おめでたいことじゃないですか」

 口に出せばそれだけのことだ。仕えていた主が婿入りする。本当に、それだけ。

「もう、あなたって人は」

 イザベラはぎゅっとエルフリーデを抱きしめた。

「しようがないわね、今日はあなたと一緒に寝てあげる。さぁ、私の部屋にいらっしゃい、女同士で夜を明かしましょう!」

「えぇ? 別にけっこうです……」

「ダメダメ、こんな夜に一人でいるなんて絶対ダメなの!」

 手を引かれたまま、結局エルフリーデはイザベラの部屋に引きずりこまれてしまった。