カースィム国境近くの砂漠に立ち、エルフリーデは夜空を見上げていた。その瞳から、静かに涙がこぼれていく。
彼女が調合した幾百もの星が魔法の力で天を翔け、見事に昇華していく。
黄金色の光の奔流を見守っていると、その色に込めた想いが胸に疼くけど――泣けてくるのはそのせいじゃない。
花火があまりに綺麗で。
毎年、女神祭の日にフェルゼンシュタインの夜を彩る花火。最初に見たのは、彼女が親に売られた年だった。
『花火のことも、美しいもの全て、なんでも教えてあげるから』
絶望した彼女に差し伸べられた手の、奇跡みたいなぬくもり。
あの夜、ユリアンは光の花を背負って輝いていた。
宵闇に弾ける花々はあまりに美しく、この世のものとは思えなかった。それで、こんなにもきらきらと胸に迫るのは、彼が優しく微笑んでくれるからなのだと、そう思った。
どぉん、どぉんと花雷が胸を打つ。夜に浮かぶ花束は、やがて一途な真紅になった。
彼がいなければ、世界は闇に包まれるのだと、エルフリーデは信じていた。
それなのに、と彼女は瞳を拭う。
――花火は今日も美しい。もう隣にあなたはいないのに。
ユリアンは本当にたくさんのことを教えてくれた。学ぶことの楽しさも、友人と冗談を交わす喜びも、人を愛するということも。
――そして何より、世界が、生きていくことが、どうしようもなく美しいのだということを。
また涙があふれた。夜に赤薔薇がにじむ。銀朱の発色は、彼女が意図した通り。激情を伝える、鮮烈な朱。
でも、彼に本当に届けなければならないのは――。
乙女薔薇。
どうしても彼にこの花束を届けたかった。苦心の末に色を重ねた。
「“あなたの幸せを、祈っています“」
――あなたは、たとえあなたと離れても生きていけるように、私を心から愛してくれたのだ。
その真実の気持ちに応えたい。
「ちゃんと生きていく」
決意する。自棄になったりしない。
親に売られて奴隷に堕ちたあの時とは違うのだ。
あぁ、でも、とエルフリーデは唇を噛んだ。
――やっぱり悔しい、本当に悔しい。この世に私よりもユリアン様を愛してる女なんていないのに。
ずずっと鼻をすすった――やっぱり最後に一発、黄金の薔薇を派手に打ち上げてやれば良かったと後悔しながら。