「いよいよ新年祭ですね」

 沐浴後にユリアンの髪を整えながら、故国から連れてきた侍従が言った。日が没した後の館に、どこからか楽の音が聴こえてくる。

 ユリアンが後宮に入って四ヶ月ほどがたった。常夏の国カースィムで最も過ごしやすい春が訪れ、新たな一年が始まった。

 新年祭はカースィム最大の祝祭で、五日続く。

 初日である今日は犠牲祭が行われ、女王が神に供物を捧げた。捧げられた穀物や家畜の肉は、儀式の後、都の人々に施されるのだそうだ。明日からは祝宴が四日続き、富める者も貧しき者も、みな一様に肉を食べ、新年の訪れを祝う。

 宮廷では後宮で宴を開く。後宮の男たちがそれぞれの館に女王を招き、新年の祝賀を述べるのだ。

 ユリアンにとっては、これが女王に拝謁する最初の機会だった。

「準備大変だったなぁ……」

 寝台に腰掛けてぼんやりとユリアンが漏らすと、侍従は彼の顔をのぞきこんだ。

「緊張されていないのですか?」

「分からない」

 いよいよ大国の君主に(まみ)えるのだと思えば、気が引き締まるような気もする。

 だが、気負って膝が震え出すほどではない。女王の寵を得ようという大望を抱いていないせいだろう。

 愛していない女性の愛を、どうしてこの身に受けたいなどと思えるだろうか。

 二度と赤い薔薇を束ねることはないとユリアンは心に決めていた。真紅に身を焦がすあの花を贈る相手は、彼にとって生涯ただ一人だ。

 ――返事をもらっておくべきだった。

 赤薔薇にこめて送った、一生に一度の告白の。

 文のやり取りすらままならない彼には、もう彼女の想いが届くことはない。

「……まったく俺は、なんのためにここにいるんだろうな」

 途方にくれたようにぼふりと寝台にひっくり返ると、侍従は苦笑いをした。

 隊商を率いていた際にもユリアンの身の回りの世話をしていた若い彼は、主人の体たらくに呆れているのかもしれない。

「日が没して、半刻……そろそろでしょうか」

 侍従はつぶやくと、ユリアンを促した。

「少し夜風にあたりませんか?」

 唐突な提案に首を傾げながらも、彼は侍従に従った。てっきり中庭に出るのかと思いきや、侍従はユリアンを館の外に誘い出したのだった。