宮廷での暮らしに、ユリアンはすぐに根を上げた。

 彼に与えられたのは広大な宮殿内の一角で、大きな館と幾何学模様のタイルが張り詰められた庭が用意されていた。各部屋には丁寧に織られた絨毯が敷かれ、その繊細であたたかな意匠は、彼と故郷のフェルゼンシュタインが決して蔑ろにされていないことを教えてくれた。

 ただ、館にただよう独特の香りに鼻が馴染まない。どうにも辛気臭く感じられて気が滅入る。

 そして何より一月たっても女王の顔を見ることはなかった。その事実がいっそう彼を鬱屈とさせる。

「まさに体のいい人質だな……」

 食事の合間に庭で剣を振って汗を流し、彼はひとりごちた。

 天を仰ぐと、空には瑕疵(かし)のない青がのぞいている。美しくて文句のつけようもないのだが、館や石壁に四方を切り取られて、どうしようなく小さな空だった。

 ――窮屈だなぁ、ねぇエルフリーデ。

 そう隣に呼びかけそうになって、ユリアンの胸がうずいた。

 ――あぁ、俺は、やっぱり彼女が愛おしい。

 最後の別れの時、意固地な彼女が流した涙を思い出す。

 赤い薔薇を束ねて贈った。愛していると伝えた。

 そんなことをするべきではなかっただろうか。兄にも彼女に接する態度が軽薄だと叱責された。

 けれど、彼はエルフリーデに伝えておかねばならないと思ったのだ。

 あなたは、愛された存在なのだ、と。

 生まれた時に与えられた名さえ失った、何も持たない奴隷の女の子。出会った時に彼女が瞳に宿していたのは、底のない闇だった。

 もう二度とその醜い汚泥には捉えられてほしくない。だから知っていてほしかった。

 ――エルフリーデ、俺は離れていても君を尊く思う。君は、俺に――世界に祝福された存在なんだ。

 ユリアンだけではない。彼女を愛する人はちゃんといる。ヨハン、イザベラ、そしてユリアンの知らぬところにも、きっと。

 ――正直、悔しいけどね。

 四角い空の下、エルフリーデを想う。

 ――俺だけが二度と君に会えないなんて。

 これからずっと、ユリアンはこうして空を見上げるのだろう。