◇◇
美緒は老松神社の下まで来くると腰に手をやって石段を見上げた。
――美緒。
僕の呼びかけには答えず、彼女は石段に足をのせる。
――危ないよ。
妊婦なんだから……。
手を差し出そうとしたけど、僕はためらってしまった。
ゆっくり、ゆっくりと。
一段ずつしっかりと足を踏みしめながら彼女は階段を上っていく。
あの頃と違って今は振り返って景色を眺める余裕がある。
――まだ子供だったんだよな。
本土へ戻る連絡船から汽笛が聞こえてきた。
翼を広げた鳶が輪を描く。
島は何も変わらない。
変わったのは……。
「何も変わらないよ」
――え?
気がつくと彼女はもうだいぶ上の方までいって、せまい石段に腰を下ろして休んでいた。
――大丈夫?
そう尋ねた僕に見せる彼女の微笑みも昔と変わらない。
「おかえり、爽太」
――ただいま、美緒。
よいしょ、と大きなおなかを抱えながら、彼女が立ち上がる。
僕はまた手を差し出すのをためらってしまった。
「大丈夫、一人で登れるから」
そうつぶやくと、彼女はまた石段を登り始めた。